さとう動物病院
 長野県 千曲市
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童  話
黒猫デンと三毛猫スズ

 黒猫デンはノラネコです。でも最初からノラネコだったわけではありません。生まれて三カ月を過ぎたころ、妹の三毛猫、スズと一緒に捨てられてしまったのです。
「お兄ちゃん、寒いよう。お兄ちゃん、お腹が空いたよう」
 ほかに頼る相手のいないスズは、デンに甘えます。住宅地からさほど遠くない田んぼに捨てられた二匹は、物置小屋の軒下で、お互いに身を寄せ合いながら暮らしていました。そしてバッタやカエルを捕ったり、キュウリやトマトを食べたり、残飯をあさったりして、何とか飢えをしのいでいたのです。
 生まれて半年ほどたった秋口のことです。
「お兄ちゃん、お腹が痛い」
 スズはそういいながら、お腹をなめました。カエルが好きでデンよりたくさん食べていたはずなのに、スズはすっかり痩せこけていました。骨と皮がくっつきそうなくらい、あわれな姿です。
「お母さん、どこにいるの? スズが病気だよ。ねえ、お願い。助けてよ!」
 病気で苦しんでいるスズのかたわらで、デンが祈るようにいいました。そのデンも、あばら骨が見えるほど痩せこけて、それはそれはみじめな姿をしていたのです。

 木の葉が舞い始めた朝のことです。病気のスズはもうほとんど動くことができません。目を開くことさえできなかったのです。昨日までハアハアしていた息は、消えゆくロウソクのようにかぼそくなりました。
「スズ、スズ、起きてよ。朝だよ、起きてよ!」
 デンは冷たくなり始めたスズの身体をなめながら、必死で起こそうとします。しかしいくらデンがなめても、スズは二度と目を開けることはありませんでした。
「スズ、スズ、死なないでよ。僕をひとりぽっちにしないで」
 デンは冷たくなったスズのかたわらで、じっと動かずいました。目頭からは涙がこぼれています。泣き疲れたデンは、いつのまにか眠ってしまいました。
 デンは夢を見ていました。まだお母さんのオッパイを飲んでいたころの夢です。スズとじゃれあいながら、楽しく遊んだころのことがなつかしくてたまりません。

 その日の昼過ぎのことです。
「お母さん、猫よ。こんなところに猫が二匹、死んでいるわ」
 稲刈りのお手伝いに来ていた真美が、軒下のワラの上に横たわっていたデンとスズを見つけました。小学五年生の真美は、動物が大好きです。家では犬とウサギを飼っています。
「まあかわいそう、こんなにやせこけちゃって。きっと捨て猫ね。だれかしら、こんなところに捨てるなんて」
 真美のお母さんが、顔をしかめながらいいました。
「畑のすみにでも埋めてあげましょう」
 お母さんはそういいながら、デンに手をやりました。とそのときです。
「にゃー・・・・・・」
 夢からさめたデンが、目をうっすら開きながら、かぼそい声でなきました。
「お母さん、お母さん、黒猫、まだ生きているわ」
 真美が叫びました。
「あら本当、でも三毛猫はやっぱり死んでいるわね」
 お母さんは、デンを真美にわたすと、冷たくなったスズを新聞紙に包みました。そして物置小屋の隣にある畑の、柿の木の下に埋めてあげたのです。
「ねえお母さん、この黒猫、家で飼ってもいいでしょう?」
 真美はデンの頭をなぜながらいいました。
「飼ってもいいけど、こんなに弱っていて助かるかどうかわからないわよ」
 デンはいつ死んでもおかしくないほど衰弱していたのです。
「やったー! 私、猫が飼いたかったの。本当にいいのねお母さん」
 黒猫を飼ってもいいといわれ、真美は大喜びです。
「早く家へ帰ろうよ。この子にご飯をあげなくちゃかわいそうよ」
 そういいながら、真美は田んぼからそれほど遠くない家へ急いで帰りました。
「まあよく食べるわね、お腹こわさないでよ」
 真美が用意したお魚入りのご飯を、デンはむさぼるように食べました。デンにとっては、久しぶりにおいしいご飯です。お腹がいっぱいになると、暖かい座布団の上で、丸くなってすやすやと眠りました。

 黒猫は田んぼにいたので、デン(田)と名付けられました。死にかけていたデンは、真美のかいがいしい世話で元気を取り戻しました。でもどんなにおいしいご飯をあげても、体重が思ったほど増えず、いまひとつ元気がありませんでした。
 デンを飼い始めてから一カ月ほど過ぎた土曜日の朝のことです。ご飯を食べたばかりのデンが、突然ゲーゲーし始めました。
「デン、どうしたの? お腹のぐあいが悪いの?」
 真美は心配になりました。
「ゲッポ、ゲッポ、ゲゲゲー」
 デンは食べたばかりの朝ご飯を、泡の混じった黄色い胃液と一緒に吐き出してしまいました。 
「お母さん、デンが吐いたわ」
 真美は叫ぶようにいいました。
「あら、かなりぐあいが悪そうね。すぐに獣医さんに診てもらいましょう」
 二人はぐったりしたデンをバスケットに入れると、近くの動物病院へ連れて行きました。

「体温は三八度でだいじょうぶですね。猫の平熱は三八度なので、熱はありません。いま寄生虫の検査をしますから・・・・・・」
 そういいながら眼鏡をかけた獣医さんは、体温計の先についていたデンのウンチを顕微鏡で調べ始めました。
「これはたいへんだ。マンソン裂頭条虫の卵がたくさんいます」
 顕微鏡をのぞいて三秒もたたないうちに、獣医さんは大声でいいました。それでも二分ほどは、しっかりと顕微鏡で検査をしてから、獣医さんは真美とお母さんに病気の説明を始めました。
「この子のお腹には、マンソン裂頭条虫というサナダムシがたくさんいます。元気がなかったり痩せたりしているのは、マンソン裂頭条虫が原因だと思います。この寄生虫は、カエルを食べることにより感染しますので、デンちゃんはカエルをたくさん食べたんだと思いますよ。そうそう、これがマンソン裂頭条虫です」
 獣医さんは検査室から、ガラスビンに入った寄生虫の標本を持って来ました。
「わあ、気持ち悪い!」
 ウドンを平たくしたような白いサナダムシが、ビンの中にたくさんつまっていました。大きいものは一メートル以上もあります。それを見た真美は、一瞬背中がゾクゾクしてしまいました。そしてデンにいくらおいしいご飯をあげても、いまひとつ元気になれなかった理由が、わかった気がしたのです。
「こんな虫がお腹にいたんじゃ、大きくなれっこないわね」
 真美のお母さんも、なかばあきれるようにいいました。

 獣医さんに診てもらったデンは、その後、見違えるように元気になりました。雄猫らしく身体が大きくなり、たくましくもなりました。ワクチンも注射してもらったので、恐ろしい伝染病にかかる心配もありません。

 雪がちらつき始めた夜のことです。デンは真美の膝の上で丸くなって、幸せそうな顔をして眠っています。暖かい真美の膝の上で眠ると、デンはときどきスズの夢を見ます。まだお互いに元気だったころの、じゃれあったり、身体をなめあったりした楽しいことばかりです。そして夢に出てくるスズは、デンと同じように成長し、毛並みのきれいな三毛猫になっていたのです。さきに死んでしまった妹のスズは、いまでもデンの心の中に美しい姿のまま、生き続けているのでした。
 
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