さとう動物病院
 長野県 千曲市
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童  話
イ ル カ の 詩(うた)

 ウビルとザウラは仲のいい兄妹です。兄のウビルは十歳、妹のザウラは七歳。二人はアマゾン川の川辺にある、インディオの小さな村に住んでいました。
 ある日のことです。二人はいつものようにジャングルの中へ狩りに出かけました。しかしその日は獲物がまったく見つからず、ウビルは森の奥へ奥へと進んで行きました。ザウラは兄に遅れないように必死でついて行きます。ウビルが茂みをかき分けたときです。葉の裏にとまっていた大きなクモが、バサッとウビルの肩に落ちてきました。
「お兄ちゃん、あぶない!」
 ザウラはそう叫ぶやいなや、さっと右手を伸ばし、ウビルの肩にとまっていたクモを、思い切り地面にたたき落としました。その瞬間、指先にチクリと鋭い痛みが走ったのでした。
「ああっ・・・」
 ザウラは小さな声でうめくようにいいながら、右手に目をやりました。どうやら中指を咬まれてしまったようです。
「だいじょうぶか?」
 ウビルは心配そうに妹の手をとりました。毒グモならすぐに腫れてくるはずです。二人は急いで村へ引き返しましたが、幸いザウラの手は腫れてきませんでした。

 それから三日目のことです。
「お母さん、わたし、頭が痛いの」
 畑で芋掘りのお手伝いをしていたザウラが、母親にいいました。額には汗が浮かび、顔はいくぶん赤らんでいます。
「あらまあ、ずいぶんと熱があるじゃないの!」
 ザウラの額に手をやった母親は、びっくりしていいました。すぐに家へ連れて帰り薬を飲ませましたが、ザウラの熱はなかなかさがりませんでした。
 あくる日も、その次の日も両親が手を尽くして看病しましたが、ザウラの熱はさがりません。そして食事もほとんど食べられないため、ザウラは日増しにやせ衰えてゆくのでした。
「このままでは死んでしまう。長老にお願いして、治してもらおう」
 一週間たっても熱がさがらなかったため、父親は村の長老を連れてきてザウラをみてもらいました。これまで何人もの病気を治したことのある長老は、ザウラの枕元で枯れ草をいぶしながら、長い長いお祈りを唱えました。お祈りを終えた長老は、目を閉じながら、
「ザウラはウビルと一緒に森へ出かけたとき、クモに咬まれたという。森の精霊さまがおっしゃるには、そのクモには悪霊がとりついておったのじゃ。ならばウビルよ、おまえは一人でアマゾン川へ蓮の花を採りに行くのだ。兄が採ってきた蓮の花を煎じて飲ませれば、ザウラの病はいやされるであろう」
 と、ウビルに告げました。

「お父さん、お母さん。僕、蓮の花を採りに行ってきます」
 長老が帰った後、ウビルはきっぱりとそういいました。
「ウビル、おまえも知っておるだろう。今年は大雨が降って、蓮はあらかた流されてしまったのだ。だからこのあたりでは手に入らない。この広いアマゾン川の、どこかには必ずあるはずだが・・・・・・。しかしおまえ一人で遠くへ行くのは、危険が多すぎるからのお」
 父親は沈んだ声でいいました。ザウラの枕元で看病していた母親も、複雑な顔をしています。両親は川が危険なことは良く知っています。ウビルを一人で遠くへはやりたくありません。けれども蓮の花がなければ、ザウラの病気を治すこともできないのです。
「僕は絶対に行く」
 ウビルは目を潤ませていいました。ウビルの澄んだ瞳に促されるように、父親は静かにうなずいたのです。


 アマゾン川には水がとうとうと流れています。ウビルは小さなカヌーに乗り、危険を覚悟で蓮の花を採りに出かけました。朝早くに出かけたウビルは、蓮の花をなかなか見つけられず、一夜を川辺のジャングルで過ごすことにしました。家から遠く離れた場所で、たった一人で寝るのは初めてのことです。遠くからボッホホホー、ボッホホホーと、ホエザルのけたたましい鳴き声が聞こえてきます。空には大きな満月が輝いていました。
 翌朝、ウビルがカヌーを出したとたんに、浅瀬から大蛇が襲ってきました。丸太ほどもあるアナコンダです。ウビルは櫂を振りながら必死の思いでアナコンダを追い払います。
「ガツン!」
思い切り振り下ろした櫂の一撃が、アナコンダの眉間を直撃しました。
 頭を叩かれた大蛇は岸へ逃げて行きましたが、ウビルは手を滑らせて櫂を流してしまいました。櫂がなければ進めません。ウビルは川の中に突き出た木の枝にカヌーをしばり、途方に暮れてしまいました。


 しばらくすると、どこからともなく、
「ウビル、元気を出しなさい」
 そう語りかけるような声が聞こえてきました。
「ザウラが待っているわよ。早く蓮の花を採りに行きなさい」
 優しい声が、心の中に響いてきます。そして川面に目をやると、ピンクのカワイルカが櫂をくわえて現れたのでした。優しいイルカが、ウビルを助けてくれたのです。
「どうもありがとう」
 ウビルはイルカにお礼をいって、再びカヌーを出しました。
 
 空には灼熱の太陽が輝いています。ウビルは汗をぬぐうひまもなく、カヌーをこぎ続けました。そして半日ほど進んだところで、ようやくたくさんの蓮を見つけました。丸いテーブルほどもあるオオオニバスが所狭しと浮かび、そのかたわらに、あたかも合掌していた手のひらを広げたような、美しい白い花がたくさん咲いていたのです。
「あった、蓮の花があったぞ」
 ウビルは大喜びです。川面に手を伸ばして蓮の花を採り始めました。夢中で採っていると、
「バッシャーン!」
 突然大きな水しぶきとともに、水中からワニが現れウビルを襲ってきました。ウビルは櫂を武器に、必死になって巨大なワニと戦いました。しかしワニはウビルの乗っていたカヌーをひっくり返してしまったのです。
「バシャ、バシャ、バシャ!」
 大きな口を開けたワニは、水しぶきをあげながらウビルに襲いかかってきます。
(もうだめだ)と思い、目を閉じてしまったときです。
「ウビル、あきらめてはだめよ。早く蓮の上に逃げなさい」
 再び不思議な声が心の中に響いてきました。ウビルは目をパチッと開き、かたわらの蓮の葉の上に素早く飛び乗りました。と同時に、横から黒いイルカが現れ、ワニに突進してきたのです。
「バチャーン!」
 大きな水しぶきがあがりました。泳ぎのうまいイルカは、ワニをじらすように体当たりを繰り返します。そしてワニを遠くへ追いやってしまいました。
 しばらくすると、ピンクのイルカが流された櫂をくわえて、ウビルの元にやってきました。そして黒いイルカが、近くを漂っていたカヌーを押してきてくれたのです。
 ウビルは二匹のイルカに見守られながら、たくさんの花を摘みました。
「本当にありがとう」
 ウビルはイルカの頭を優しくなぜながら丁寧にお礼をいうと、急いで村へ帰りました。

 両親はウビルが無事に戻ってきたので大喜びです。そしてさっそくウビルの持ってきた蓮の花を煎じて、ザウラに飲ませました。すると、ザウラの熱はすぐにさがり始めたのです。蓮の花のおかげで、ザウラの病気は治り元気になりました。 
 ウビルは蓮の花を採りに行ったとき、二匹のイルカに助けてもらったことを、くわしく両親に話しました。すると父親は、
「アマゾン川にいるイルカはのお、昔からみな人間の生まれ変わりといわれておる。だからウビルを救ってくれたイルカは、きっとおじいさんとおばあさんの生まれ変わりに違いない。二人でウビルとザウラを優しく見守ってくれておるのじゃ」
 と話してくれたのでした。
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