さとう動物病院
 長野県 千曲市
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ブラジル紀行(1999年)
家族で行く大河アマゾンの旅

 妻の両親はブラジルのサンパウロ州に住んでいる。今回(1999年8月)、五年ぶりに四回目の里帰りをすることになった。これまでの里帰りと同様に、私は三週間の休暇を取得し同行することにした。
 ブラジルは広大な国である。雄大な自然と多様な文化に恵まれ、アマゾンやイグアスの滝、リオのカーニバルに代表されるように旅する場所には事欠かない。しかしながら、これまでの里帰りでは子供たちがまだ小さすぎて、家族で思い切った旅行はできなかった。ようやく長男が小学四年生、長女が二年生、次男が一年生になり、せっかくだからアマゾンまで足を伸ばすことにした。
 アマゾン川は本流の長さが約六三〇〇キロ、流域面積は日本の約一八倍に匹敵する六五〇万平方キロもあり、世界最大の大河である。ブラジル育ちの妻でさえも、まだ一度も行ったことがない。手始めにアマゾン観光の玄関口、マナウスへ行くことにした。
 小雨模様の肌寒いサンパウロを後に、マナウス行きのボーイング七六七はサンパウロ空港を飛び立った。最近の飛行機は、機内のスクリーンに巡航速度や高度、気温などがカーナビゲーションのような地図と共に表示される。マナウスまでは二六六〇キロ、速度は時速七六〇キロ、三時間半のフライトである。
 私たちがアマゾンを訪れた八月は、ブラジルでは乾期のさなかである。高度一万メートルの上空からは乾燥した大地が延々と続く。二時間ほど飛ぶと、広大なアマゾン川の流域に入ったのか、緑のジャングルが現れ始めた。そのジャングルの中を一直線の道路が何本も走り、道路に沿って褐色の大地が剥き出しになっている。気象衛星からも確認できるアマゾン開発の爪痕である。今でも大規模な開発が続けられているのか、そこかしこに大きな煙が立ちもぼっていた。 
 
 マナウスの空港には昼過ぎに到着した。赤道直下のマナウスは太陽がギラギラと輝き、さすがに日差しが強い。焼けるような暑さである。港にほど近い街の中心部に宿を取ったが、ホテルの室内はエアコンの音がうるさいほど鳴り響いていた。
 マナウスは一九世紀から二〇世紀の初頭にかけて、天然ゴムの採取地としてジャングルの中に栄えた街である。一八九六年に街の中心部に建てられた格調高いアマゾナス劇場(オペラハウス)は、大理石や内装品などの建設資材をすべてヨーロッパから運び込んで作られ、当時の繁栄を物語っている。劇場内部の柱や壁には緻密な彫刻が施され、緞帳やアーチ型の天井には見事な宗教画が描かれていた。贅を尽くして建てられたこの劇場には、内外からの見物客が多いだけでなく、今でも劇場として利用されている。 
 アマゾナス劇場を見学後、マナウスの港へ出かけた。桟橋には大小さまざまな船が所狭しと停泊し、船の中にはハンモックが吊されている。ラジカセから明るい音楽がボリュームいっぱい鳴り響き、同じブルジルでも、他とは一味違う異国情緒に溢れていた。桟橋に立つと、目の前を黒々とした水をたたえたアマゾン川が流れている。河口から一四五〇キロ上流のマナウスは、標高がわずか三〇メートルにもかかわらず、水深は五〇メートル以上もあるという。したがってその流れは信じられないほどゆったりとしている。
「わあ、すごい!」
 子供たちは、我が家の近くを流れる千曲川とは比べようもないほど大きい川を初めて目にして、感嘆の声をあげている。川幅は八キロもあり、誰しもその大きさには圧倒される。
「アマゾンは思ったよりいいところなのね。ここなら一週間位にすればよかったわ」
 私はできるだけ長く滞在したかったのだが、子供の健康を心配して三泊にこだわった妻も、アマゾン川の雄大な景観を目の当たりにして、早々とその魅力に魅せられたようである。
 夕刻、ホテルに戻ると長男が身体の不調を訴えた。額に手をやるとかなり熱い。日頃は健康優良児の長男も、さすがにアマゾンの暑さにまいったのか、まったく元気がない。熱が下がらなければ、次の日から予定しているアマゾンクルーズには出かけられない。一抹の不安はあったが、長男は食べ過ぎが原因で体調をくずすことも度々あったので、夕食を控えめにし、一晩様子を見ることにした。
 翌朝、長男の額に手をやると、幸いなことに平熱に戻っていた。好き嫌いがなく、親にとってはありがたい性格をしている長男だが、今回もどうやら食べ過ぎが原因であった。アマゾンクルーズには予定通り出かけることにしたが、妻が心配していたように小さい子供を伴っての旅行は、やはり健康上の不安がつきものである。 
 港からは、私たちを乗せた二階建ての木造船が無事に出航。乗客は私たち家族と妻の姉妹も含め、七名だけの豪華な貸し切りである。といっても一人数千円ほどで決して高くはない。一応トイレ付きで、昼食も調理してくれるとのこと。どんな料理が出るか楽しみである。ただしトイレは完全水洗式とでも表現したらよいのか、便器の中を覗くとアマゾン川が流れていた。
 船はさっそうと水を切りながらネグロ川を下流に向かう。日除けのついた二階には椅子が用意され、その椅子に腰掛けると目の前に大河が広がり、さわやかな風が頬をなぜながら流れてゆく。気分は最高である。
 マナウスから上流はネグロ川と呼ばれ、その名の通り水の色は黒い。ジャングルに堆積した枯れ葉の成分を含んでいるためである。ネグロ川の南側を流れるアマゾン川の本流、ソリモンエス川は、赤土を含んでいるので赤茶色をしている。この両者はマナウスの近くで合流するが、水温や比重が微妙に異なるため、お互いに混じり合うことなく二色のまま、十数キロ下流まで続く。この合流域は格好の観光名所となっている。
「あっ、イルカだ!」
 長男が叫んだ。水面をかすめるようにイルカが跳ねたのである。アマゾン川にだけ生息しているピンクのカワイルカであった。
 船は上流に向きを変え、ネグロ川をさかのぼる。左に進路を取り、熱帯のジャングルの中に突入していく。ネグロ川とソリモンエス川に挟まれた流域には、深いジャングルが広がり、両者はその中を流れる幾重もの水路で結ばれている。八月は乾期のさなかとはいえ、アンデス山脈からの雪解け水が多量に流れ出ていたせいか、水量は驚くほど多い。ジャングルはさながら半分水没したような景観を呈していた。水量の最も少ない時期には、水位が一〇メートルほど下降し、ジャングルの地表が現れるとのことなので、時期によって景観がずいぶんと変化する。水浸しになったジャングルの中を、いつしか歩けるときがくるのかと想像するだけで、何か不思議な感じがする。そう思ってジャングルの木々に目を凝らすと、かなり高い枝の部分に泥でできた大きな蟻の巣が作られていた。確かに地表が現れる証拠である。
 比較的大きな水路に船を止め、昼食をとることになった。船頭の奥さんと一六歳の息子さんが、腕によりをかけた料理である。一階のテーブルに並べられたメニューは魚の煮付け、牛肉の角煮、炒めご飯、スパゲティ、野菜サラダ、それにデザートの果物であった。自然の中にひたりながら、ビールを片手に食べる料理は最高である。なかでもアマゾン川に生息する世界最大の淡水魚、ピラルクの煮付けは香辛料がほどよくきいて、本当に美味しかった。
 昼食後、船は赤茶色をしたソリモンエス川に入った。軽快なエンジン音を響かせながら、船は上流へと進んで行く。ジャングルの中には色とりどりの鳥が飛び交い、大きな木の枝ではナマケモノがゆっくりと動いていた。
 一時間ほど進むと、浮き桟橋で作られた船着き場に着いた。そこから私たちは船外機付きの小型ボートに乗り換え、ジャングル探索ツアーに出かけた。途中で行き交う他のボート客は皆黄色いライフジャケットを身につけていたが、私たちの船には装備されておらず、一抹の不安を覚える。流木にでもぶつかり船が転覆しようものなら、命の保証はない。ピラニアの餌食になるのが関の山である。
 鉈で木の枝を払いながら、ボートはジャングルの中を進んで行く。しばらくすると、ぽっかりと開いた沼地のようなところに出た。そこには直径が一メートル以上もあるオオオニバスが花を咲かせていた。人が乗れそうなほどの巨大なオオオニバスを眺めていると、なにかお伽の国に来たような気分になってくるから不思議である。
 
 ボートはジャングルの中をさらに進んで行く。いよいよ楽しみにしていた釣り場へ向かっているのである。ジャングルが少し開けた、小枝の多い所で停泊した。私が期待していたような大物釣りのポイントではない。ガイドは簡単な仕掛けのついた二メートルほどの竹竿を皆に手渡し、餌となる牛肉を小さく切り始めた。そして木の枝でおもむろに水面を叩き始めた。水面を叩くことにより、獲物がいると勘違いしてピラニアが寄って来るという。
 子供たちは喜んで竿を垂れ始めた。妻の妹が最初に一〇センチほどのピラニアを釣り上げた。そして長男と長女もそれに続いた。子供たちにとっては一〇センチのピラニアといえども、日本では決して釣り上げることのできない貴重な大物≠ナある。二人は、
「ピラニアが釣れた、ピラニアが釣れた」
 と大喜び。目を輝かせて本当にうれしそうな顔をしている。そして魚に手を伸ばそうとした。
「あっ、危ない! 手を出しちゃいけないぞ!」
 私は針をはずそうとした子供たちに大声で注意した。ピラニアはたとえ小さくとも、その鋭い歯はとても危険である。動きが機敏で不用心につかもうとすると、ぱくっと噛まれてしまい大怪我をする。ガイドが慣れた手つきでピラニアをつかみ、針からはずしてくれた。
 私は船尾に立ち、この日のために日本から準備してきたルアーを投げ始めた。我が家の近くを流れる千曲川でさえも、五〇センチクラスのナマズが釣れるのである。大河、アマゾン川であれば巨大なピラニアかナマズ、あるいは黄金の魚、ドラードを期待したいところだが、余りにも場所が悪い。手元が狂うと枝に絡まりそうで投げにくいうえに、ジャングルの中なので水中にも枝が張りだしている。私なりにポイントを定め、細心の注意を払いながら竿を降る。
「シュルシュルシュル、ポチャン」
 ルアーは私の期待した場所に着水する。
「カチャカチャカチャ」
 リールを巻き上げる軽快な音が心地よい。がしかし、手ごたえはまったくない。
「また釣れたわ」
 長女が二匹目のピラニアを釣り上げた。
「僕も釣れたぞ」
 長男が歓声を上げる。彼らの声を後目に、私はひたすらルアーを投げる。しかし何度投げても、まったくあたりがない。その日は一時間ほど投げたが、大物どころか小物さえも釣れなかった。残念無念。
 陽は西に大きく傾き始めた。ボートは釣り場を離れ、ジャングルの中の近道を通って、船着き場に戻った。船着き場にはインディオの人たちの売店が二軒、軒を並べていた。アマゾンの大蛇・アナコンダと、珍獣・ナマケモノが、観光客用に展示されていたので一緒に記念写真を撮った。三メートルほどもあるアナコンダを首に巻いて、男の子たちは大喜びである。しかし長女は最後まで大蛇に触ることができなかった。
 私たちは再び船に乗り、マナウスの港に戻った。時計は夕刻の七時を指していた。
 
 翌日の朝、二日目のアマゾンクルーズに出発である。途中、給油に立ち寄ったが、川の中に浮かぶスタンドはアマゾンならではの光景である。燃料を充分に入れた船は、風を切りながらネグロ川をひたすらのぼって行く。その日は上流のジャングルを、徒歩で探索するとのことであった。
 上流に行くにしたがい川幅は益々広くなり、行く手には水平線が見え始めた。まるで海の上を走っているようである。さらに進むと、樹冠の枝だけが顔を出している場所が、島のように点在して見えた。おそらく水没した中州の森林なのであろう。水量が多いことを如実に物語っている。このような場所では、よほど注意して船を操作しないと、水没した木にぶつかってしまう。そう思い階下の操縦席を覗くと、何と誰もいないのである。船頭は舵を紐で固定し、船縁に腰掛けてガイドと話しに夢中になっていた。彼らは余ほどこの辺りの地形を熟知しているに違いない。
「お父さん、操縦席に誰もいないよ」
 長男も不安な声をあげるが、彼らを信用するしかないのである。
 三時間後、船は深い入り江の中の船着き場に停泊した。ここから徒歩でジャングル探索ツアーに出かけるのかと思いきや、手漕ぎの小さなカヌーに乗り換えた。私たちとガイド、それに地元の案内人を乗せたカヌーは、一人でも身体を傾けようものなら、水がジャブジャブと流れ込んでくるほど、水面ぎりぎりの所で辛うじて浮かんでいた。船尾に座った案内人が櫂を漕ぐと、カヌーは水面を滑るように進み始めた。黒褐色の水面は驚くほど静かである。
 ようやくジャングルの中の入り江に着いた。ここからが本当のジャングル探索ツアーである。頭上には太陽がギラギラと輝き容赦なく照りつけている。汗がたらたらと流れ出てくるほど暑い。案内人は鉈を振りながら何度か藪の中に足を踏み入れた。そして目当ての水の蔓≠探し当てた。腕の太さほどもある蔓を抱えてきたが、輪切りにして傾けると水がほとばしり出てくる。
「これが天然のミネラルウォーターだ」
 と、案内人は得意げである。
 喉が渇ききった子供たちは、美味しそうにその天然水を飲んでいる。私も飲ませてもらったが、まったく癖がなく確かにミネラルウォーターのようである。
 再びカヌーに乗り、船に戻ったのは二時半をまわっていた。昼食後、再び釣りにでかけた。今度は魚の釣りやすい、川底が砂地の場所に船を止めてもらった。入り江の一角で、乾期には砂浜になるらしい。はるばる日本から持参してきた釣り竿三本にリールをセットし、底釣りをすることにした。
 親指ほどの肉片を針につけて投げ込むと、すぐに大きなあたりが来た。ばらさないように慎重に引き上げると、獲物は三〇センチほどのナマズであった。前日は一匹も釣れなかった次男も、一五センチほどのナマズを釣り上げた。出だしは好調である。長男も一五センチほどのナマズを釣り上げた。長男に代わって、長女がリールを投げ込んだが、やはりナマズが釣れた。それに気をよくして妻も挑戦したが、ナマズが釣れたのである。これで我が家は全員、アマゾンで魚を釣り上げたことになった。めでたし、めでたし。
 船の反対側では、妻の妹が川に入り泳ぎ始めた。獰猛なピラニアといえども、無闇に人を襲うわけではないが、やはり心配である。そんな心配をよそに、大学生の彼女は気持ちよさそうに泳いでいる。
 しばらくすると、私たちが釣りをしている目と鼻の先に、イルカが二頭現れた。鏡のように静かな水面を、時折、淑やかにジャンプする姿は、なかなか優雅である。おそらく餌となる魚を入り江に追い込んでいるのであろう。その魚でも釣れないかと期待するが、かかってくるのは小物のナマズだけである。
 二時間ほど釣りを楽しんで、私たちは引き上げることにした。ネグロ川に出た船は、一路、マナウスを目指して進んで行く。西に大きく傾いた太陽が、水面に鮮やかな残照を映して沈んでゆく姿は、何ともいえないほど美しかった。太陽が沈むと、周囲は刻々と闇の深さを増し、空には南十字星が輝き始めた。完全に暗くなった川面に目を向けると、何かがチカチカと光りながら通り過ぎて行く。
「あっ、蛍だ! ほら、蛍が飛んでいる!」
 私は思わず叫んでしまった。アマゾン川に蛍が飛んでいたのである。岸からかなり離れているにもかかわらず、よくぞここまで飛んでこられたものと不思議にすら思う。
 暗闇の中を、船はひたすら進んで行く。船の照明は六〇ワットの裸電球だけ。至る所に水没した森があり、裸電球だけでは何とも心もとない。しばらくして、遠くにマナウスの街明かりが見え始め、内心ほっとする。八時頃、ようやく船は港に着いた。スリリングなアマゾンクルーズは、無事に終了した。
   
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