2001年7月9日(億劫)
サンサンでも、例えばヤフーゲームでも通信対局なのだが、ヤフーゲームでは気軽に打
てるのに、サンサンでは構えてしまって緊張し気が重くなってしまうことがある。何故
であるか、考えて見た。
ヤフーゲームでは対局者の名前はアルファベットと数字の組み合わせによニックネーム
となっている。だから、そのニックネームはおぼえずらいし、また覚えようとも思わな
い。そんな関係か、相手とはいつも初手合わせのような感じがするし、相手の力量も分
からないから、勝っても負けてもどうでもいいや、つまり、準備運動をするようなつも
りで(だから面白くないと言えば面白くはないが)打つのに対し、サンサンでは点数の
増減があるから、負けたくないという気持ちが先に立つ。それに相手の名前も覚え、力
量も分かってくるから、この人には「いじめられる」と思うと、どうも気が重くなって
くるのだ。
私だって、上り坂の頃は、強い人と打って、その人を負かせるようになるのが楽しみだ
ったのに、何時の頃からか、強い人と打つのがだんだんと億劫になってきてしまった。
そういう気持ちが出るということは、もう上り坂は終わったという一つの証左だろう。
もっと気楽に碁を楽しんだらよいという事は、頭では理解しているのだが、心情がそう
ならない。「いじめられる」のは、自分が弱いからなので、それは分かってはいるのだ
が、面白くないという感情はなんともならぬ。そして負ければ口惜しいし、勝てば心が
和むのである。口惜しいという感情から脱却し、囲碁の楽しさ面白さだけを味わうには、
自分の天狗心を捨て、自分に於ける囲碁の価値観を変えるべきなのだろう。
50年大事にしてきた囲碁の価値観を変えるのは容易なことではないとは思うが。
その点「なかよし棋院」は気楽でいい。惜しむらくは参加者がホントに少ないという事だ。
併し、「なかよし棋院」ばかりやっていると、点の昇降という「はげみ」がないから多分
面白くなくなってくるだろうな。言うことが矛盾しているけれど。