アメリカから来た人形
昭和2年にアメリカの万国児童親善協会から、青い目の人形が県下各小学校に贈られてきました。この人形は、会地・伍和・小野川(智里東)・本谷(智里西)の各小学校へ一体ずつ贈られたはずですが、第二次大戦中の排米運動の犠牲となって現在は一体も残っていません。ツミもない人形までいためつけた当時の心理状態は、消えることのない痛恨事です。
昭和2年は、私が小学校へ入学した年です。その一年生が、青い目の人形をとりかこむようにして、学校の裁縫室で歓迎の行事でもしたのでしょうか、その記念写真を駒場「みますや」の佐藤英子さんが持っていました。
この写真の撮影は浅岡という写真屋さんです。中央で人形を抱いているのは今井光雄さん、お隣の白い前掛が佐藤英子さん。そのほか20名ほどは名前がわかりますが、私自身は所在が不明。入学の翌5月ですがみんなお行儀よく正座しています。 (H4・1)