甘い物が苦手なオレが、唯一食べられるものが善哉だと知ったら、あいつは何ていうだろうか。
いつのまにか、モクバの反応ばかり気にするオレがいる。 馬鹿みたいに。
あいつの好きなチョコレートパフェにはつきあってはやれないけれど、善哉なら食えるんだぞ。オレでも。
でも、お前は、きっと善哉なんて食わないだろうから、(餡子が嫌いだと以前、言っていたわけだし)永遠にオレは、お前と甘い物は食えないわけだな。 できないことはある。
オレにも。
すべて、お前の思い通りにしてやりたいと思う気持ちはあるのに、それが叶わない時だってあるんだ。
だがオレは、それが納得いかない。 完璧主義は、こんな時は邪魔物以外の何物でもない。 できないことはある。たとえオレでも。
そんなことはわかってる。 誰に言われるまでもなく。 オレだって馬鹿じゃない。
・・・ちょっと待て、誰が馬鹿だ。
一瞬、ムッとしかけて我に返る。
違うだろう?
自分に喧嘩を売っても仕方ないだろう? 本題に戻る。
つまりは、モクバが善哉を食べられるようになるか、それかオレが五百歩くらいゆずって、チョコレートパフェを食べられるようになるか、だ。 そうすれば、こんな想いはしなくてもすむ。
読みたくもない本を手に持ったまま、誰もいない書庫で鬱々としている必要はなくなる、わけで・・・。
楽しそうにパフェなんぞを食べているモクバの顔が浮かぶ。
いつもなら微笑さえ浮かぶところだが、今は苦い想いしかわいてこない。
お前は酷いヤツだ。 何ひとつ、オレの気持ちを知ろうとしないで。
椅子ではなく、壁にもたれたまま直接床に座っているオレは、嫌でも惨めに見えるだけで。ずりおちかけた眼鏡を中指で押し上げて溜息をつく。
たかが、チョコレートパフェだろうが。
依存症じゃあるまいし、食べなくても死ぬわけでもあるまいに。 お前は酷いヤツだ。
オレにだってできないことはあるとわかったら最後、あっさりと他のヤツに乗り換えるのか。
「ただいま、兄サマ!」
満面の笑みを浮かべて帰ってきたモクバはいつになく口数が多かった。
「何でこんな書庫にいるのさ?こんなじめっとした部屋にいたらなめくじになっちまうぜ?兄サマ」 「・・・・・うまかったか」
低い声しかでてこなかった。だがオレの微妙な変化にさえモクバは気づこうともしないで、へらへら笑ってみせる。
「うん!!もうっすっごく!!城之内のオススメだからイマイチ信用できなかったんだけどさ、意外と上手くてびっくりした」
「ほう・・・」
「やっぱ男2人でチョコレートパフェって、すっげえ格好悪いからもう行かないと思うよ」
さらりと言うモクバを、オレは軽くにらんだ。 嘘をつけ。
次は、和菓子を食べにいこうかと、さっきあいつと屋敷の外で話してただろうが。 「モクバ・・・」 低い声で言って、オレは立ち上がっていた。
もう夕方になっていたらしく、窓からは赤い光が差し込んでくる。夕陽に照らされたモクバの横顔はまるで別人みたいにも見えた。
「和菓子は、オレと食いにいけ」 「え?」 「といっても善哉のみだ。いいな」
返事も聞かずに、オレは歩きだす。 モクバ一人を置き去りにして、書庫を後にする。
非道と言われる男の弟は、やはり酷いヤツで、 それでもオレは、 未だにその手を放せずにいる。
過去からずっと、つないだままの手を放せずにいるのは、 きっとオレの方なのだ。 モクバじゃない。
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