お題(行方不明)
寒空雪乃様



束の間の休息




「――――あれ?兄サマ‥‥?」


部屋には、暖かい陽光が注がれていただけだった。



学校から帰って来ると、メイドから兄サマが家にいると聞かされた。
正直言って、驚いた。
兄サマが俺の下校時刻に帰っているなど、半年に1回あるかないかだ。
具合が悪いのかと思い、聞くけれど、メイドは俺の心配を払拭する様に笑って言った。
「今日入っていた大事な会議が延長されたと仰っていました。瀬人様の事ですから、きっと長引いた時の為に時間を空けておかれたのでしょう。だから、急にその会議がなくなって、時間が余ってしまわれたのではないでしょうか」
(――――兄サマらしいぜぃ。)
笑って、思う。
その会議とは、新しいデユエルディスクの開発についてだったと記憶している。その開発で一番乗り気なのは、隠すまでもなく兄サマだ。
その会議の為に、一日全てを空けておいたのだろう。
その分、別の日にやらなければならないが、兄サマならやるだろうし、もうやったのかもしれない。
きっと帰ってきたのは、延期になった事に拗ねているのだと思う。単純に、疲れが溜まっているのを感じ、休もうと思ったからかもしれないけれど。
「兄サマは、今何処に?」
「お部屋にいらっしゃると思いますが‥‥」
「そっか」
そう言って、階段を上る。
近頃、兄サマと夕食時に、顔を合わせていない。
兄サマが帰ってくるのは俺が寝た後で、会社に出社するのが俺が起きる前―――そんな日々が、続いていた。
だから、―――――嬉しかった。
俺が起きている時間に、兄サマがこの家にいる。
その事がただ、嬉しかった。

けれど。
「兄サマ‥‥兄サマ?」
いくらノックをしても返事がない。聞こえてないはずはないし、兄サマが無視するなんて考えられない。
(寝てるのかな‥‥?)
だったらそっとしておきたいと思うけれど、久しぶりに会えるかもしれないというこの機会を、みすみす逃したくなかった。
(寝てる姿でもいい‥‥。兄サマの顔が見たい。)
そっと、ドアを開ける。

しかし、部屋の何処にも、兄サマはいなかった。



(兄サマ‥‥兄サマ!)
屋敷中を探して回る。
メイドに聞いても、見ていないと言う。磯野に聞いても、分からないと言われた。
(何処にいるの‥‥?)
何時もは何でもないこの家が、急に広くなった様な気がした。
見つからない。兄サマが、いない。
どの部屋にも書斎にもリビングにも何処にも。
(何処‥‥何処なの、兄サマ‥‥‥‥)
屋敷の外に出た。
今はまだ冬に届かない時期だけど、花は枯れているものが多かった。
広い広い庭を宛もなく探すけれど、やっぱりいない。
見あたらない。
「兄サマ‥‥」
声にして言ってみたけれど、一層不安が込み上げただ
けだった。
―――その時。
(――――――え‥‥?)
脳裏に、ある光景が浮かんだ。
その光景の中にいるのは、小さい頃の兄サマと、俺。
場所は、この家の庭だろう。
(‥‥‥引き取られて、間もない頃だ‥‥)
その時の事を、鮮明に思い出す。まだ、兄サマが屈託なく笑ってた時、だ。
(あぁ‥‥そうだ。)
まだ剛三郎の本性が露見してなかった時、まだ、兄サマが教育を受ける前‥‥‥この庭で、よく遊んでいた。
孤児院にいた時のように、砂で城や遊園地を作りたかったけれど、ここには砂場なんてなかったから二人して隠れん坊をしていた。
兄サマはとても隠れるのが上手で、結局見つけられず、何時も時間切れで兄サマの方から出てきていた。
でも、最後に―――兄サマが遊べなくなる直前、教えて貰ったのだ。
兄サマが何時も隠れていた場所を。俺が、見つけられなかった所を。

「あそこだ‥‥‥」

思い出したその場所に向かって、俺は走った。



案の定、兄サマはそこにいた。
そこは、庭の奥にある古びた温室。もう手入れする事を諦められたような、そんな温室だった。
けれど、花々は生きていた。ひっそりと息づく花の甘い香りが、鼻孔を擽る。
その中に、兄サマは、いた。
鶴が巻き付くベンチに横たわって、深い眠りに就いていた。
「兄サマ‥‥」
極力音を立てないように気をつけ、そっと兄サマに歩み寄る。
穏やかな寝顔は、何時もより幼く見えた。けれど、頬は痩け、全体的にまた細くなったように思う。
疲れが、相当溜まっているのだろう。
元々強い体ではない。逆に、一般人と比べて弱い。
なのに兄サマが倒れないのは、倒れる暇がないからだ。
兄サマには、それすら許されない。
そんな兄サマを、俺はまだ、助けられる位置にいない。まだまだ、背伸びしても足りないくらいに。
だから――――眠る兄サマの横顔を、見つめた。

「‥‥ゆっくり、休んで」

この一時を。この束の間と言うに相応しい時間を。
見守る事しかできない俺の、精一杯の背伸び。

この時間を、守る事。


「おやすみなさい‥‥兄サマ」


誰にも、この時間を邪魔させやしないから。



寝ているはずの兄サマが、微かに笑ったような気がした。






 



 コメント

  ‥‥‥お題に合ってるでしょうか?一番の心配はそこです(苦笑)
 これでもセトモクだと言って頂ければ幸いです。


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