お題(タイムマシーン)
はるひん様(虹色惑星*あぶらのほし)


タイムマシーン




おにいちゃんはつよくて やさしくて
おにいちゃんのうしろにいればいつでもあんしん
ぼくをまもってくれるだいすきなおにいちゃん
おにいちゃんはぼくにずっとわらっていたので
おにいちゃんのすりきずにきづきませんでした

やさしいおにいちゃんが
こころをすりへらしてしまったのは
みんなおにいちゃんにやさしくしてくれなかったからです
だけどぼくはそんなおにいちゃんに
「わらって」といいました

わらえるわけが ないでしょう

*************


モクバは苦手教科がない。五教科の中では。
しかしこの夏休みの宿題として出た<自然物のスケッチ>にどう太刀打ちするか…。
絵を描くのは得意でも好きでもない。どうにかこれをクリアするには…
「磯野」
「は、どうかいたしましたか」
「磯野は美術得意か?」
「は?い、いえ、得意という訳では…」
「そっか…」
兄サマはどんな絵を描いていたんだろう。そもそも美術の授業なんて受けたのだろうか。兄サマの受けた教育は相当特殊だったろうから、こんなのやってないのかも。
画用紙をくるくると丸めて傍らに放り出す。本日は課題を放棄したらしい。
「オレにも同じ勉強させてくれたらいいのにな…」
モクバは中学2年生になって成長期に入り背が伸びてきた。瀬人よりも大きくなる予定らしいが果たしてそこまで伸びるかは疑問が残る所だ。
モクバの学力は決して悪くない。私立の進学校の中でも上位をキープしている。進学校ならば進学校らしく美術の宿題など出さねばいいと思うが、これはモクバにだけ出た課題なのである。兄について回っているモクバは学校を休みがちなので、美術の単位の為にせめてスケッチの一枚でも提出してくれとの事なのだ。
瀬人はモクバの成績の事に口を出すことはない。美術の課題が出たことに関しても
「お前は美術が苦手だったのか」
の、一言だけだった。
こんなことしてるヒマないのにな。
モクバは成績優秀者になりたいのではない。瀬人と居て足手まといになりたくないのだ。今の成績は悪くはない…が、同じ年の頃の瀬人と比べてどうだ。
…ダメだ。話にならない。
以前は何でもできる瀬人を素直にすごいと憧れていたけど、最近はそれだけでは済まなくなってきた。瀬人の能力が高ければ高いほど、共にいるためには自分にも高い能力が要求されるはずだ。
元々義父にその能力を買われたほどの瀬人とは大きな差があるのだ。
だが、自分と兄とを比較してその差をコンプレックスに感じているわけではない。
コンプレックスはいつも自分と兄との<距離>にある。
こんなんで、ついていってもいいんだろうか。
「…あぢー…」
午後の日差しがギラギラと部屋に入ってくる。窓を開け放っているので空調は切ってある。タンクトップからにょっきり伸びる腕は細い。体が伸びていくのに肉が追いついていないのだ。
汗ばんだ腕、細い腕。
この腕に兄サマに認められる程の強さを抱ける日が来るのだろうか。
「…あづい…」
兄サマは会社。朝から晩まで馬車馬のように働いている。
元気だ。
うだってる場合じゃねえっつーの。
追いつけっつーの。
走れっつーの。
じゃないとオレ笑えないじゃん。
オレは兄サマの横にいて何が何でも笑っててやるって決めたんじゃん。
苦しくたって何だって、例え死の淵だってさ。
こんな所でぐだぐだしてたら笑ってらんないよ。
<タイムマシーンがあったら何処に行って何をしたいですか>
<ガキん頃のオレんトコ行ってノーテンかち割ってやりたいですよ>
だって、ねえ?
優しく優しくしなきゃいけなかったのにオレは欲しがってばかりいた。
にいさまわらって
笑えるかアホが。
だけど、タイムマシーンは無いので前へ前へと進むしかないのです。
兄サマへの多大なる愛情と憧憬と、あと、こういうのはなんて言うっけ。
贖罪の念、
とか?
そういうの抱いて。


*************


「美術の課題はそんなに難関なのか」
帰ってきてオレを見るなり兄サマはそう言った。
「おかえり兄サマ」
兄サマ、長袖暑くないのかなあ。
「おかしな顔をしていないか」
「…ひどいよ兄サマ…」
「そういう意味ではない。何かあったか?」
「え、何もないよ?」
「………………」
「何も隠してないって!睨まないでよ!」
夏バテかな?とか適当に流して一緒に兄サマの部屋へ行く。瀬人のモクバを怪しむ表情は変わっていない。
瀬人は自分の事には概ね無頓着だが、弟の事となるとそうではなかった。
モクバは瀬人が走り続ける為のエンジンのような物だ。快調に動いていればあまり気にしないのだが、不調になると瀬人の速度が落ちるのだ。
ついでに言うと瀬人はこのエンジンのメンテナンス方法をよく分かっていない。
モクバが落ち込んでいたとしても、自分がどうするべきか考えているうちに勝手に浮上していたりするので、今の今まで自分でメンテをした事がないのだ。
「兄サマ」
ベッドに腰掛けたモクバも呼ばれて着替えの手を止めずに見やる。
「オレ、やべえくらい強くなるから」
「何だそれは」
格闘技でも始める気か。
「兄サマが笑っちゃうくらい」
…最近のセンスなのだろうか。理解不能だ。
「その細腕でな」
「もう少ししたら兄サマみたくなるんだぜぃ!もしくは城之内。」
「何故そこで凡骨の名が出てくる!」
「え、イイ体してんなって…」
「そんな物と並べ称されるのは不愉快だ」
「ごめんなさい…」
兄サマの怒るポイントがやっぱり上手く計れないなあ。


やさしいおにいちゃんに
もう わらって とは いいません


美術の課題は憶測でリンゴでも描いておいて、お勉強と参りましょう。
「兄サマは、タイムマシーンがあったら何処に飛んで行く?」
「何処へも飛んでいかん」
だと思った。
ま、タイムマシーンなんて無いからね。



 

back

 コメント

  オチてない…オチてないですよ…すみません。
思春期モクバでございます。いかにも今後歯車がずれそうな兄弟ですね(笑)

★この作品の感想は掲示板にどうぞです!