「孤児院に、海馬KCから高額の寄付だと?」
瀬人が眉をひそめて磯野に問う。
「・・・はっ。それで今受付に、施設の方がお見えになってまして・・・。ぜひ瀬人様にお礼をいいたいということで・・・。」
(どういうことだ?)
瀬人にはまったく心あたりはない。
しばらく社長室のデスクで頬杖をついて考えこんでいたが。
「・・・・・・まさか・・・・」
考えられるのはひとつしかなかった。
過去を振り返らない瀬人は、己が孤児院にいた過去を忘れたがっている節がある。だがそれとは逆に、いつまでもあの思い出を大切にして、今でもそれを大事に暖めている存在をひとりだけ、自分は知っている。
「瀬人様・・・?」
「わかった。会おう。通せ。」
「はっ。」
太陽はまだ真上にある暑い夏。
モクバは、庭の隅に穴を掘っていた。時々額の汗をぬぐいながら、懸命にスコップを動かしている。
「そうしていると、ただの子供だな、モクバ」
「・・・・・・に、兄サマ?」
驚いてモクバは振り返る。
まさかこんな昼間に、兄が海馬邸に帰ってくるとは思わなくて惑う。思わず、ずれおちそうになった大きめの麦わら帽子をずりあげて、すぐ後ろに立っている瀬人を仰ぎ見た。
「どうしてこんな昼に・・・? まさか具合でも・・・」
「案ずるな。そういう理由ではない。」
「じゃあ・・・」
なんでと言おうとしたモクバより早く瀬人は言った。
鋭い声で。
「モクバ。お前。副社長としての給料を毎月、寄付しているらしいな。あそこに。」
「・・・・げ。」
「げ、じゃないだろう?なぜ隠していた?」
身長が高い分、側で立たれるとどうしても威圧感を感じてしまう。モクバは気おされたように、少しだけうつむく。
「・・・・ごめん、黙ってて・・・」
瀬人は軽く溜息をついた。
「別にオレは怒ってなどいない・・・」
言いながら瀬人が視線を走らせると、モクバの足元にヒマワリの種がいくつか転がっているのが見えた。
(そういえば、昔、あそこで植えたことがあったな・・・)
夏の行事の一環として、みんなで穴を掘り、狭い施設の庭に植えていた。忘れかけていた、熱をもった土の匂いもあのときのモクバの笑顔も思い出す。そしてその傍らで同じように笑っていた、自分も。
「・・・・随分と、遠くまで来たものだな、オレも。」
まるでひとり言のように言う瀬人を、モクバは不思議そうな顔で見上げている。あの頃と今では、何もかもが違いすぎていて、時々自分がどこにいるのか、何をしているのかわからなくなりそうになった時もあったけれど。
「だが、一人じゃなかった・・・。いつも、お前がいたな。モクバ」
「兄サマ・・・?」
どこに行っても、必死でついてきた。瀬人が誤った道に進んだ時でさえ、どこまでも共にあろうとした。汚れることを恐れない、その強さはどこからくるかのか。人はそれを愚かさともいうかもしれないけれど。瀬人にとってそれは、必要な愚かさだった。
「・・・今度からは、いちいちKCなどと名乗らず、自分の名前で寄付しろ。いいな?」
「え、じゃあ怒ってないの・・・?いいの?」
「海馬ランドの売り上げから、世界の施設にも寄付を考えねばな」
「兄サマ・・・」
モクバがぽかんとした顔で瀬人を見上げているのがわかる。
さまざまな人間と出会い、戦い、傷つきながら、それでもたどりついたこの場所を、守りたいと強く思う。
傍らにいつもいてくれる、この愚かで愛しい弟の為にも。
必ず、守ってみせるから。
END
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