幸せって何処にあるの?
何となく日々過ごしているけれど。 形にしたらどんな風に見えるものなの? とある日曜日の午後。
珍しくオレは友達との約束を断って家に居た。 何でだと思う?
だって昨日予定を聞いたら、今日は一日兄さまがここに居るって言うんだもの。 冬の午後の柔らかい陽を受けて、紅茶を片手に書類を読む
兄さま。そこにはいつもの厳しさはなくて、少しずらすようにかけた眼鏡の奥の瞳の色が優しい。 「ねぇ、どうして今日は家に居るの?」 素朴な疑問。オレの視線に気が付いて顔をあげる。
「なんだ?居ては不満か?」 「そうじゃなくてね……」 「………」 言葉がつまる。
そんなオレを目の端に入れて手をあげる。 その合図で控えていたメイドが、目の前の紅茶のセットを カチャカチャとしまいはじめた。
「ミルクティー。」 「かしこまりました」
兄さまはミルクなんて入れない。でもオレを気遣ってわざわざミルクを持ってこさせている。それが分かって少し嬉しくて笑うとじっと見ていた視線とぶつかった。
「なんだ?なにか可笑しい事があったのか?」 「別に何も。」 「ならば気持ち悪く笑うな。」
だって、一人ならそんな風に頼まないよね? 口がいくらぶっきらぼうだってちゃんと考えてくれてる。
しばらくして、新しい紅茶が運ばれてきた。白い陶器の綺麗な装飾の施されたセット。 「下がっていい。」
その言葉でメイドが一礼してドアが閉まる。
慣れた手付きで青い砂が入った砂時計をひっくり返して、また書類に目をやると、兄さまは今度こそ本当に黙り込んでしまった。
ねぇ、オレの事見えてる?そばに居るのに、目の前に居るのにまるで居ないみたいに感じるよ? 「兄さま、お願い聞いてくれる?」 「………何?」
静かにオレの方を見る。その視線に怯まずに背中がもぐってしまうような椅子から降りると、兄さまに近寄って隣に立った。椅子に座っているとオレと同じ目線。 「……手、繋いでいい?」 こうして手を封じられてるとオレを見るしかないでしょ?
嫌でもオレの事考えるでしょ? 「子供だな。」 そう言うと溜息をひとつ。でも……
「砂時計が終わる3分だけだ。それ以上は邪魔するな。」 「うん!」 そっと手を重ねてみる。
机の上の手は思いの他大きかった。兄さまの手ってこんなに大きかったけ?昔オレを抱えてくれていた、繋いでくれていた思い出の中の兄さま。あの頃は笑っていたね。小さな事でも喜んで二人で笑っていたね。あの頃よりとても遠くに来てしまった気がする。兄さまの手が大きくなったように周りが変わってしまった。 ドキドキドキ………
自分の心臓の音が聞こえる。
急に兄さまの手の熱さを感じて恥ずかしくなった。オレの手なんかより大きくて男らしくて、とてもキレイ。
「モクバ?」 ………だめ、ドキドキが止まらない。 兄さまにさとられないようにしなくちゃ。
オレはうつむいて視線をそらすと、砂時計をじっと見つめ る。きらきらと陽を反射して青い砂が落ちてゆく。 もう少し……もう少し……
「3分!」 パッと手を離して兄さまを振り返る。 「紅茶、入れるね。兄さまは何にも入れないんだよね?」
有無を言わさず、オレは兄さまの隣でティーコージーを外して紅茶を注ぐ。良い香りが辺りに漂って周りの視界が湯気で曇る。
「はい、兄さま。」 兄さまは何も言わずに口をつけると静かにカップを置く。 「気が済んだか?」
突然心の中を見透かされたような気になった。驚いて言葉が出てこない。思わず下を向いていると兄さまが紅茶を煎れてくれていた。無言で目の前に差し出される。兄さまが
そんな事をするのはオレ以外に他に居ないだろう。素直に受け取ると少し冷まして口に入れる。ちゃんとミルクと丁度良い甘さのお砂糖が入っていて、そんな些細な事が嬉しくて思わず笑う。
「お前は分かりやすくて良い。」 「?」 「今度はオレの番だ。」 「??」
顔をあげると目の前の瞳が笑っている。オレが手に持っていたカップを取り上げるようにして、机の上にぞんざいに置いたと思ったら、急に視界が暗くなった。 「に、兄さま?」
「お前のわがままを聞いてやったんだ。オレにも権利があるだろう?」
それはふかふかした椅子よりも気持ちの良い場所で。背中に回された手の大きさと、さっき重ねた熱さを思い出して
胸に顔を埋める。 ……幸せの場所。 何も変わらない。あの頃の兄さまがここにいる。
「お前はいつもそうだ。寂しくなると手を握ってきた。」
覚えてるよちゃんと。なにもかも。兄さまがその手を振払わらずに握り返してくれた事も。 「兄さま、幸せってどんな形?」 「そんなもの知らん。自分で捜せ。」
オレは兄さまにしがみつきながら、見上げる。 あれ?もしかして照れてる? 「オレね、こうゆうんだと思うんだー」
「……お前がそうだと思ったらそうなんだろう。いちいちオレに聞くな。」 「そうだね、兄さまの幸せって世界征服だもんね〜」
笑いながら机の砂時計に目をやる。兄さまが気が付いてひっくり返すと、キラキラと陽を反射させて青い砂がまた幸せの3分を刻みだした。
|