三という数字はバランスのいい数というのを聞いたことがある。
山という漢字は三角形の形をしてるのもそういう説がある。
でも恋愛の三角関係はバランスいいなんていえないよな。
オレは兄サマが好き。彼女も兄サマが好きだと思う。兄サマはオレと彼女のどちらが好き? オレと兄サマと彼女。
こういうのも三角関係というのか?どっちかっていうと”やじろべえ”。兄サマが中心でオレと彼女の間を揺れている・・・だったらいいな。
ねえ兄サマ、兄サマはオレの事弟として見ている?でもオレの気持ちは・・・。
「おめでとうございます。社長がご結婚なさるそうで。」
副社長室を出ようとした磯野は振り向き、オレ、海馬モクバにそう言う。
今、何て言った・・・?兄サマが結婚!?オレは何も聞いてないぜい。
一瞬オレの体は凍りつく。そんなオレにキョトンとした表情の磯野が言う。 「あれ・・・ご存知ない・・・?」 「ま、まさか、オレが知らないわけないぜい。」
「はっ、し、失礼致しました。」 その後磯野は聞いてもないのにいろいろ話し始めた。
この前の新商品が失敗し、海馬コーポレーションが多大な負債を抱えたこと。真柴財閥の会長が兄サマを気に入り、16歳になる孫娘と兄サマとの結婚を条件に融資する話があること。そして今17歳の兄サマは18歳の誕生日に結婚式を挙げること。
会社の借金があり倒産の危機にあるのは知っていた。でも融資の話は聞いてない。兄サマは夢の為に政略結婚にためらいなんかないはずだ。何で磯野でさえ知ってることをオレは知らされてない?それにこの前兄サマの引き出しに入ってたあれは彼女にあげるのか?オレは悲しくなった。
クソー。兄サマにとってオレはたいしたことない存在なのか。でも悲しみよりこの心を貫く痛みは一体・・・。
「この前街で社長とご令嬢をお見かけしました。とてもかわいらしいお嬢さんで。社長もまんざらではないご様子でしたね。」 そう、オレは真柴財閥の令嬢を知っている。
3年前パーティー会場の広い屋敷で迷子になって泣いてたオレを会場へ連れて行ってくれたのが彼女だ。オレに優しく話しかけ、不安感をなくそうと気遣ってくれた。あの優しそうな笑顔は今も覚えている。
社交界でも彼女の評判はいい話しか聞かない。兄サマは幸せになれると思う。 ・・・ダメだ。彼女が相手では勝ち目がない・・・え?
オレ今、何と思った?勝ち目がないって・・・。 ズキンとオレの胸が痛む。 「失礼しました。」
磯野が出て行った後、部屋でオレは一人考え込む。 普通兄弟が結婚するってこんなに胸が苦しくなるのか? いや、そんなことはない。
普通なら。
ドキン、ドキンとオレの心臓は高まる。そして自分の気持ちに気づく。 兄サマへのせつない想いに。
兄サマはオレの目標だ。デュエルは強いし、頭もいい。
兄サマのようになりたいとカプモンやらいろいろ頑張ってきた。
会社の中には兄サマを冷酷な人と呼ぶ人もいる。でもオレは知っている。兄サマの優しさを。兄サマの隣で歩く時、オレの歩幅に合わせ、歩幅を狭くしてくれる兄サマ。
オレが拉致された時助けてくれた兄サマ。そして「モクバ・・・。」と優しい瞳でオレの名を呼ぶ兄サマ。そう、兄サマの優しさはすべてオレだけに向けられる。その事に気づく度にオレは兄サマにとり特別な存在だと思った。嬉しかった。でもその優しさは今度彼女に与えられるのだろうか。
オレは胸のペンダントを見た。この前兄サマの引き出しの中に入っていた写真の入れられる2つの新しいペンダント。てっきりひとつはオレにくれると思ってたのに・・。
いつかこの胸のペンダントを兄サマが外すなんて考えたこともなかったよ、兄サマ。 「へへ・・・初恋は実らないっていうもんな。」 オレはそうつぶやく。
自分の気持ちを押し殺すために。
その後オレはなるべく兄サマと会わないようにした。兄サマから直接「結婚する。」という言葉を聞きたくないからだ。それに兄サマの顔を見ると胸が締め付けられる。 だけど。
「モクバ、7月7日の夕方はあけておけ。お前に話したいことがある。」
ドキン。オレの心臓は脈打った。社長室を出ようとしたある日の出来事。
話したい事って彼女のこと?今話さないってことは「お前の姉になる人だ。」って直接会わせて言うのだろうか。 「7月7日って・・・。」 オレの誕生日。そう言おうとしたが言葉が出ない。
「何だ?」 「・・・うん・・・わかった・・・。」
オレは頷き社長室を出た。頬には涙が伝わってくるのがわかる。兄サマ・・・オレの誕生日忘れちゃったの?兄サマ・・・。オレの気持ちは悲しみでいっぱいになった。
オレと兄サマと彼女。
兄サマが中心のやじろべえかと思ってたけど、どんどんオレから離れていくの?兄サマ。オレの存在が兄サマからどんどん離れていく・・・?
オレの兄サマへの想いは兄サマに近づいているというのに・・・。
運命の日、7月7日がやってきた。七夕の日。オレの誕生日。・・・そしてオレの失恋記念日。よりによって七夕の日に失恋か・・・。
会社からオレと兄サマは有名レストランへ行き食事をした。夜景がキレイで有名なホテル最上階のレストランだ。
周りを見るとカップルが多い。
兄サマは手馴れた様子で食事を注文している。兄サマはよくここで彼女とデートしたのだろうか。オレは食事を口にしてもいつ彼女が現れるかと思うと食べた気がしない。
「どうした、モクバ。おいしくないか?」
オレに優しく尋ねる兄サマ。お願いだからこれ以上優しくしないで、兄サマ。オレ、期待してしまう・・・。 「う、うまいぜい。」 オレは静かに答えた。涙が出てくるのを堪えながら。
結局彼女は現れず、オレと兄サマは家に着いた。
家の中に彼女がいて、「お帰りなさい。」とあの笑顔でオレ達を迎えるのだろうか。 兄サマは玄関の前で、オレに話しかけた。 「モクバ、お前に話がある。」
ついにきた!!オレは自分の気持ちをもう押さえきれない。
「に、兄サマ・・・ごめん・・・オレ、結婚おめでとうなんて笑顔で言えない・・・だってオレ・・・兄サマのこと好きだから。・・・弟としてでなく。本当は黙ってようと思ったんだけど、オレ、ガキだから黙っていられない・・・。」
すると一瞬兄サマの瞳が柔らかくなたっと思うと、オレの肩に触れ、兄サマの顔が近づいてきた。 あれ・・・唇に何か触れた・・・。 「!!!!」
オレの体は硬直する。な、何だ今の!?・・・体にケガする事。違う、それは傷。じゃあ、魚の一種で・・・違う、それはきす。・・・そう・・・キス・・・オレのファーストキス。
自分がされたことに気づき、血液が逆流したかのようにオレの顔は熱くなる。
「まさかお前から先に告白してくるとは思わなかったが、どうやらお前はオレと同じ考えらしい・・・最近オレを避けてたみたいだから嫌われてると思ったが・・・お誕生日おめでとう、モクバ。」
そう言うと兄サマはオレにペンダントを渡した。それは兄サマの引き出しにあったペンダント。
え・・・同じって・・・兄サマもオレのこと・・・。オレはドキドキするのを感じながら、ペンダントを受け取り開けた。
そこには最近写した兄サマとオレが一緒に写ってる写真が入っていた。 「一緒に写ってるペンダントもほしいと思ってな。」
「えっえ!?じゃあ兄サマ、真柴財閥の令嬢との結婚は!?」
「あの女とは会ったが向こうから断ってきた。もともと断るつもりだったが。どうやら好きな男がいるらしい。それに・・・オレの隣を歩くのはお前の方がいい。」 「じゃあ融資は?借金は?」
「そんなものなくてもオレが何とか乗り越えてみせる。仮に倒産しても・・・モクバ、お前はオレについてきてくれるか?」
「も、もちろんだぜい、兄サマ!オレはいつだって兄サマと一緒だ・・・ぜ・・・い・・・。」
オレが最後まで言葉を言う前に兄サマの唇がオレの唇に重なった。セカンドキス。でも今度は硬直することなくオレは兄サマを受け入れる。 大好きだぜい・・・兄サマ・・・。
唇を離し、オレをまっすぐ見、兄サマはオレをそっと抱きしめた。 「モクバ、オレと一緒にいろ。オレから離れるな。」
”一緒にいる”という言葉は小さい時オレがよく兄サマに言ってた言葉。でもこんな時兄サマから言われるとプロポーズされてる気分だぜ、兄サマ。 「・・・うん・・・。」 オレは静かに頷いた。 兄サマの腕の中で。
オレと兄サマと彼女。 三角関係でなくオレと兄サマの直線だ。 でもオレと兄サマだけだけどバランスは悪くない。
だってオレと兄サマは強い太い絆で繋がっているのだから・・・。
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