お題(最後の賭け)
水口 樹雨様


最後の賭け




   海馬モクバ、15才。
   今、窮地に立たされていた。
 
 
   * * *
 
 
   自分の部屋へと続く階段に足をかけたモクバは、押しつぶされそうな圧迫感を感じ、立ち止まった。
   見上げた先・・・階段を上りきったところには、鬼のような形相をした瀬人が立っている。
 
  「・・・モクバ・・・お前は一体何をしている!?」
 
  (『仕事で遅い』んじゃなかったの〜〜!!)
   モクバの心臓は早鐘のように鳴り始めた。
 
  「聞いたぞ。高校生にもなって、誘拐されたそうだな?」
 
  「だ、だって・・・」
 
   ・・・この場合、瀬人が怒るのも無理のないことかもしれないが。モクバは必死になって叫んだ。
 
  「まさかいきなり誘拐されるなんて、普通思わないぜ!」
 
   モクバにとっては完全に予想外のことだった。
   よりによって高校入学、一日目の今日。入学式とHRを終えて帰宅しようとしたモクバの前に、数人の男が立ちはだかった。
   当然、一人で何とかできる相手ではない。モクバの必死の抵抗などむなしいもので、あっさりと車へ押し込まれてしまった、のだ。
   昼には解散となるため、入学式の後のHRが終わるまで待つ親は多かった。校門近くの車の群を無警戒で歩いたことが原因だった。
 
  「誘拐されるなんて思わない、だと?」
 
   だが今の瀬人には「火に油を注ぐ」結果となり、一層怒らせてしまったようだ。
 
  「用心深さが欠けている!何度誘拐されたら分かるのだ!
  『己以外、周囲は全て敵と思え』とあれほど言い聞かせた筈だ!・・・そんなだから高校生にもなって誘拐されるのだ!」
 
   屋敷中に響き渡るんじゃないかという声で怒鳴られ、モクバは首をすくめた。
   助けを求めようとこっそり周囲を見回す・・・が、さっきまでそこにいたはずの護衛や使用人は、一人残らず姿を消していた。
 
  「全く・・・。『高校生になったから』という、訳のわからん理屈で護衛を減らすんじゃない。元の人数に戻しておくぞ。ついでに、登下校の送迎も再開するよう指示したからな」
 
  「えーっ、そりゃないぜ!」
 
   モクバは兄の決定に素直に納得できない。
   高校生にもなれば自立心が芽生えてくる。モクバの高校での目標はずばり、自立!兄に頼らなくてもいいように、護衛に守られなくてもいいように。
   勿論、仕事と学校の両立も目標だ。
   それなのに、初日から目標どころじゃなくなっている。
  モクバは必死に食い下がった。
 
  「兄サマ、遊戯たちが言ってたぜ!普通の高校生なら登下校の送迎なんてしないって!一部の過保護な親だけだよ!」
 
  「過保護なものか!お前の立場・・・俺の弟で、なおかつKC副社長という立場からすれば、これは当然のことだ!」
 
   瀬人は盲目的な所がある。モクバに対して、特にそうだ。
 
  「大体、お前は・・・」
 
   瀬人のお説教が始まるのを阻止し、モクバが口をはさむ。
 
  「兄サマだって!アメリカにいたときより護衛を減らしたじゃないか!」
 
  「・・・俺はいい。自分の身くらい、自分で守れる。」
 
  「オレだってもう、ガキじゃないんだ。自分の身くらい・・・」
 
  「自分で守れるぜ!」と言いかけ、モクバは自分の身を守れなかったことを思い出した。
  (・・・守れてない・・・誘拐されたんだった・・・)
 
  「・・・自分の身くらい、何だ?」
 
   言い返せないのを知ってニヤリと笑う。瀬人はちょっとイジワルだ。
   モクバは反論できず、口をつぐんだ。
 
  「おまけにKCバッジの電源を切っていただと?」
 
   モクバの持つバッジはただの社員証ではない。
   瀬人の物と同じように、無線として使うことができる。
  モクバの物はさらに発信機が内蔵されており、衛星を通じ、瀬人のパソコンで位置を確認できるようになっていた。
   ・・・もっとも、電源を切ってしまえばただのバッジだ。
 
  「何のために持たせているのか、分かっているのか?お前が何処にいても、何があってもすぐに分かるようにと・・・なのにお前は俺の気持ちを踏みにじる気か!?」
 
  「・・・だって、授業中に無線が入ると迷惑だから・・・」
 
   ここまでくると、反論する声も小さくなる。
   だが、これは仕方ない。実際、授業中に「磯野ぉ!」と瀬人の怒声が入り、大恥をかいたことがあった。
  (それに、一方的に兄サマに居場所を知られて、さ・・・)
   使用人たちは口を揃えて、「瀬人様は過保護ですから。」と言う、が。
  (・・・過保護というより、監視されてるみたいだし・・・)
 
  「ならば何故、HRが終わっても電源が入ってなかったんだ?」
 
  「・・・え〜っと・・・」
 
   うっかり忘れていた・・・とでも言おうものなら倍、いやそれ以上になって言い返される事は明白である。
 
  「お前の護衛が発砲しなければ、今頃どうなっていたと思う!?」
 
  (・・・『反論の余地無し』ってこのことだ・・・)
  モクバにはもはや、言い訳すら思いつかない。
 
 
   * * *
 
 
  「・・・兄サマのバカぁー!!」
 
   すれ違いざま兄のスネを蹴飛ばして、走り出したい衝動に駆られた。
   が、逃げ込むべき自分の部屋への道は兄がふさいでいる。
   助けを求めることもできない、逃げることもできない、そして言い訳も通じなかった。ならば、最後の手段は・・・。
   モクバは覚悟を決めた。
  (・・・仕方ない。効果があるか分からないけれど、やるしかない・・・!)
 
  「・・・ごめんなさい」
 
   一旦うつむいたモクバは、目に嘘泣きの涙を浮かべて顔を上げた。
  (これは賭けだ)
   小学生の頃のモクバならともかく、瀬人と同じ体格にまで育ってしまった今のモクバでは、効果がないように思われた。
   階段の高さが幸いして、今のモクバの目線は・・・おそらく小学生のモクバよりも低いはずだ。当然、上目遣いに瀬人を見上げる形になる。
 
  「ごめんなさい、兄サマ・・・」
 
   大きな瞳が潤んでいる。
  (・・・高校生になって・・・オレも男だし、プライドってものもあるんだけど)
   だが、そんなことにこだわっていられない。
 
  「反省してる・・・これからは兄サマの言うこと、ちゃんと守るぜ・・・」
 
   その潤んだ瞳で、まっすぐに兄を見つめた。
 
  「うッ・・・モ、モクバ・・・」
 
   瀬人が頬を赤らめて、少しだけ後ずさる。
   瀬人は昔からモクバの涙には弱かった。唯一の「守らねばならない者」として認識しているからだろうか。それとも・・・?
   吐息と共に頭をひとつ振り、モクバを見下ろす。フッとやわらぐ圧迫感。
 
  「・・・もういい、モクバ」
 
   瀬人はやはりモクバに甘い。その瞳からは怒りが消え、いつもの優しい瞳に戻っていた。
   階段を一歩一歩降り、モクバに近づいてくる。
 
  「・・・お前の護衛から連絡があった時、俺がどれだけ心配したと思っている?だが、お前が分かってくれれば、それでいい・・・」
 
  (・・・ゴメンね、兄サマ・・・)
   穏やかな瀬人の声に、モクバの心が罪悪感で痛んだ。
   瀬人の優しい瞳と穏やかな声は、今はまだ、モクバだけに与えられるもの。罪悪感を感じる一方、自慢の兄を独り占めしているという優越感でモクバの心が満たされる。
 
  「モクバ・・・」
 
  「兄サマ・・・」
 
   モクバの髪に瀬人の手が触れる。
   瀬人は何かあるとその綺麗な手で、モクバの頭を撫でた。幼いときも、大きくなっても。それはモクバを安心させる、最強最大の魔法だった。
  (・・・よしっ!!)
   勝利を確信したモクバは、心の中でガッツポーズをとる。
   次の瞬間。
 
 
     ぐいっ
 
 
  「・・・いたたたたぁ!!」
 
   瀬人の手は頭を滑り落ち、モクバの耳を引っ張った。
 
  「・・・兄、サマ・・・?」
 
   痛みで本物の涙を浮かべ、見上げた瀬人は笑ってい た。・・・微笑み(!?)ではなく薄笑いを浮かべて。優しかったはずの双眸には、意地の悪い光が宿る。
 
  「ククク・・・、なんてな」
 
  「・・・ええっ?」
 
   慌てて瀬人の手を振りほどこうとしたが、瀬人はつかんだ耳を放さない。体格は同じになったとは言え、まだまだ瀬人の力の方が強かった。
 
  「ワハハハハ、いつまでもその手が通用すると思ったら大間違いだッ!」
 
  「・・・兄サマ、痛いって!」
 
   モクバの耳を引っ張りながら、瀬人は階段を上る。そしてモクバの部屋とは逆の方向へ。
 
  「兄サマ、ごめんなさいっ!・・・お願い、許してぇ!」
 
   モクバの嘆願にも耳を貸さない。
 
  「モクバ・・・俺の言うことを聞かなかった罰だ。今度という今度は許さんぞ。」
 
   背筋に冷たいものが走った・・・が、この状態で逃げることなど不可能である。
 
  「お前には相応しい罰ゲームを与えてやるっ!覚悟しておけ!ワハハハハ・・・!」
 
   高笑いをBGMに、モクバは瀬人の部屋へと連行されたのだった。
 
 
  fin





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 コメント

前回『お題』に参加させていただいた後、後悔が募りまし た。
  「もう少ししっかりした話を書きたい!」と思い、再び挑んだのですが・・・。
  こんな話でも、一生懸命書きました。楽しんでいただければ幸いです。

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