お題(カード型ロケット(写真いり))
いちご大福様



He dreams of you



  ―-欲しいと思ったのは、あの目だ。
 
  最初は気に食わなかった。海馬瀬人の弟。生意気なチビ。
  つりあがり気味の大きな目は、ときとして不敵な光を湛えて周囲を見据えていた。
 
  だが、たったひとりの兄を想うとき、あの目は色を変える。見ている者が胸を衝かれるほど、一途な瞳。
 
  「兄サマを助けて。兄サマのいない世界で俺だけ生き残っても意味はないから」
 
  自分にも妹がいる。兄を慕う姿が幼い頃の妹と重なり、放っておけない気持ちにさせた。それが始まりだった。
 
  あの目は切ない。恋人同士でも肉親の間でも、完全に自分を捨てられるほどの無上の愛を相手に与えるなど、そうそうできることではないと、城之内も知っているから。彼の兄が、彼の気持ちをどう受け止めているのか、どう応えてやっているのかは知らない。あの兄もまた彼に無上の愛を注ぎ、命を捨てても弟を守る。それだけはわかっているけれど……
 
  あの目は愛しい。その中に潜む情愛は、兄弟という関係を超えているのかも知れない。常識や倫理で考えれば、許される感情ではないのかも知れない。だが、その感情に対する嫌悪感などはない。反対に、この上なく貴重で、同時にとても儚いもののように思え、ただ心惹かれる。抱きしめたい、護りたいという欲求にかられる。
  そんな自分の気持ちに気づいたとき、あの目の中に、静香の影を追うのをやめた。
 
  それが、俺がこいつと寝た理由だ、と城之内は思う。自分のすぐ傍らで同じ毛布にくるまって寝息をたてている人物を見つめた。城之内の体も事後のけだるさに支配されている。夕暮れが迫る時刻。東向きの部屋はすでに薄暗く、見慣れた狭い自宅も別世界のように思える。
  「……モクバ」
  呼びかけても目覚める気配はない。
 
  それなら、こいつが俺と寝た理由は何なのだろう。そんな疑問が頭に浮かぶ。
  誘ったのは確かに自分だ。だが、相手が拒まなかったことは不思議だった。まだ幼い身体に、これまでこんな行為の経験があったととも思えない。自分の唇が触れる度に小さく震えていた肌を思い出す。
 
  理由は――きっと、自分ではない誰かを求めていたから。
  相手は他のやつでも良かったのかも知れない。彼が本当に求めていたのは誰なのか、行為の間、ずっと誰の名前を呼んでいたのか、城之内には解りすぎるほど解っていた。解っていながら、モクバの声に耳をふさいでいた。心に入れないようにしていた。
 
  (……兄サマ)
  ―― 聞こえないね ―-
    (兄サマ)
  ―― 知らねえよ ――
 
  「俺って、馬鹿みてー……」
  なんで大嫌いな野郎の身代わりなんか務めてんだよ、と胸の内でつぶやく。枕元に目をやり、脱ぎ散らかされた衣服の中に落ちているものを見つけた。カードの形を模したペンダント。服を脱ぎ捨てたモクバは、一番最後に、ひどく緩慢な動作でそれを首からはずした。
  これとまったく同じ代物が、モクバの兄の胸にもかかっていたことを思い出し、城之内はそれを手にとった。間近で見て、そのペンダントが、開閉のできるロケットだと知る。開けて中を見てやろうか――そんな考えが浮かんだ。
 
  他人の宝物を覗き見る――ずいぶん前に、同じような真似をしたことがあったな。苦く笑いながらも、指は考えのままに動いていた。そして、それを見た瞬間、城之内は胸をつかまれたような感覚を味わった。
 
  ロケットの中に入っていた写真。チェスの駒を手にした少年が写っている。年の頃は十歳かそこらだろうか。茶色の髪。青みがかった瞳。白い端正な顔立ち。この子どもが誰か、城之内にもすぐにわかった。確かに城之内の知っている人物のはずだった。
  (……海馬)
  名前を呼んでみても、何故かしっくりとこない。写真の中の少年は、穏やかな微笑を浮かべ、優しい目でこちらを見ている。その表情は、城之内が知っているあの男からは想像もできないもの。
  (……てめーも昔は人間らしいカオしてたんだな)
  悔し紛れに、心の中でそんな言葉を呟いてみる。悔しかったのは、不意にそれを理解したからだ。
 
  これが、モクバの兄。モクバだけが知っている、彼だけの兄。彼があんなにも慕う、ただひとりの人間。
 
  胸の内に奇妙な衝動がこみ上げる。目の前の写真を取り出して、破り捨ててやりたい気持ち。これがモクバにとって、かけがえのない大切なものだと思えばこそ。
  遊戯の宝物を取り上げたときの、底意地の悪い悪戯心とはちがう。
  ―――これは嫉妬だ。
 
  ロケットに隠されていたのが、自分の知っている海馬なら良かった。現在(いま)の海馬なら良かった。きっとこんな気持ちにはならなかっただろう。
 
  だが、馬鹿げた衝動はすぐに城之内の中から去る。子どもじみた真似をしてみたところで、どうせまた後悔することになる。きっと、汚いドブ川を這いまわるより苦い思いをするに決まっているから。
  親指と人差し指で丸を作り、写真の少年に近づけて、ピン!とその顔をはじいてやった。これが精一杯の憂さ晴らし。
 
  ロケットを閉じ、元の位置に戻すと、モクバの寝顔に視線を移した。外はもう暗くなる。もう少ししたら、起こしてやらなければならない。
  兄のもとに帰すために。帰宅の遅い弟を心配して、あの仏頂面がますますひどくなる前に。
 
  瞳を閉じたこの顔を、もう少し見つめた後で―――
 
 
                            
                 END
 




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 コメント

「なんやねん、これ」「セトモク小説のはずだよね」「主役、城之内じゃん」「モクバの影が薄い」「社長はもっと薄い」「意味なく第1話のエピソードなんか出してんじゃねえよ!」……いろんなご不満が聞こえてきそうです。お許しください。自爆します。ドッカーン!

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