お題(ペテン)
ナカムラ湖オジ様



☆ペ★テ★ン☆


 
      ★
 
 
   豪邸と呼ぶに相応しい海馬邸。その木馬の部屋で、
  「だーかーらー、マズイって」
  「でももう兄サマ帰ってきちゃうからっ」
   城之内と木馬は頭を突き合わせていた。
  「で、どうやったら元に戻るんだよ?」
  「それは兄サマにしか分からないよ。でも最近兄サマ、会社が忙しいから、俺に構っている暇ないんだ」
  「…木馬」
   街角で唐突に高級車に横付けされた城之内は、とても海馬の弟とは思えない木馬の、「友達がいないから城之内、遊んでくれよ」という素直な言葉につられて、海馬の家にまできていた。
   人の羨むような豪邸で、いたれりつくせりの可愛いメイドさんがたくさんいて。でもたった一人の兄の帰宅は、今しがたようやく知らされた上、今日で一週間ぶりだという。
   城之内は木馬を気づかうように見たが、しかし木馬に同情的になっても、事体は解決されることはない。
  「…じゃあ、どうするんだ?」
   聞いた城之内の声に、車を迎え入れる鉄格子の開く音がかぶさった。
  「やばいっ、兄サマが帰ってきたっ」
   木馬はすっくと立ち上がり、豪奢な窓から出窓からロープをたらすと、
  「俺も何とか調べてみる。とりあえず城之内と兄サマは仲が悪いから会わない方がいいっ」
   と慌てて言い、
  「おい、何とかするって…」
   追いかけかけた城之内に声を落として、
  「…俺は、兄サマに、厳しい言い方をされるのは辛い…。だから…」
   うつむいてしまった。
   それを見ると城之内も何も言えなくなってしまって、
  「…しょうがないな。分かった、行けよ」
   と許してしまう。木馬は嬉しそうに、
  「ありがとうっ、城之内っ」
   明るい笑顔で答えて、夜空に身を乗り出す。
  「──あッ」
   城之内は見送っていたが、はたと気づき、
  「木馬ッ学校ッ。それにお前今晩どこで寝るつもりなんだッ? 俺ん家かッ?」
   慌てて出窓に駆け寄ったが、そのときにはすでに木馬は地面に足をつけていて、
  「大丈夫ッ、カード使うからッ。おまけに学校にも行っておいてやるよ、じゃあなッ!」
   手を振りながら門の方へと走っていってしまった。
   手を振り返しながら城之内は、まぁバイトは休むと電話すればいいか、と呑気に思っていると、木馬と入れ違いくらいにメイドさんらしき複数の女性の声で、
  「お帰りなさいませ、瀬人様」
  「お帰りなさいませ」
   巨神帰還の勧告と、当の巨神本人の海馬の、
  「…? 木馬はどこだ?」
   と問う声が聞こえてきて、
  「木馬様はお部屋にいらっしゃいます」
  「…出迎えがないとは」
  「そういえば…、夕方からお部屋に閉じこもられたきりですわ」
   しかもメイドさんとのやり取りが段々と近くに聞こえるような気までしてきて、
  「チッ」
   しかも段々と階段を上がってくる足音まで聞こえてきて、ガチャリと前室のドアが開き、
  「入るぞ、木馬」
   またまたガチャリとドアを開け、…海馬が入ってきた。
  「──木馬?」
   その上、いつものあの大股でずんずん近付いてきながらこっち向いて木馬の名前なんか呼ばれちゃったりして、
  「…ぅわ、かい、え、あ、は、はいッ」
   城之内は、そういえば今俺はこいつを兄サマと呼ばなきゃならない身の上だったんだと思い出し、顔面の筋肉をあますところなく引きつらせながら、無理矢理笑顔を作る。
  「なんで床に座っているんだ? ──まぁいい。ただいま、木馬」
   しかし、何の因果かはしれないが木馬と体をトレードした城之内は、
  「…お…お帰…ッ……ッ!…」
   初めて見る海馬の笑顔に、気色悪くて凍りついていた。
 
 
 
  「城之内って足、速い速い」
   一方、木馬はいつもの自分の体とは違う視界の高さに喜びながら、リムジン送迎では味わえない夜風を切る解放感に、笑いながら夜道を走っていた。
   城之内の体は、海馬には及ばないが身長も高いし手足も長い。顔も海馬には劣るがそこいらの雑魚とは段違いに悪くはない。それに子どもの木馬と違って、どれだけ走っても全然疲れないのだ。
  「…でも俺には城之内本人にはないカードがあるからぁ。完璧とは言いがたいが、ま、全然ッ困らない程度には最強じゃねぇ?」
   アハハと笑いながら、木馬は海馬と使い慣れた高級ホテルへ入る。
   外見が『海馬木馬』ではないので出迎えもなければ、城之内の服があまりに安物なので不審な顔をされたが、木馬は気にしない。
   もっと幼い頃にパーティ会場でよく受けたことのある、向こうの選民意識をあからさまにしただけの侮蔑の眼差しだ。矮小で木っ恥ずかしいな、木馬は蔑視しながら、そう思う。今では受け流すことも、それをねじ伏せることもできるようになっていて、慣れてしまっているのだ。
  「──ふん」
   木馬は、『不遜』『傲慢』な態度で、カウンターに向かう。
   兄を見習って形成された王者風格は、悔しいが城之内の体でやった方が、本来の木馬の体でやるよりもそれなりに様になった。中身に木馬が入っているだけで城之内は雰囲気がガラリと変わり、いかにも安物の服を着た城之内でも、なんとかなる。
   それに、木馬に近付かれてから気づいたらしいコンシェルジェが、頭から血の気をザァと音を立てて下げる。それを舐めるように見ながら、
  「──これで」
   木馬は、城之内では絶対にできないような仕草で、ゴールドカードの更に上の、ブラックカードを出す。
  「とりあえず一週間から、俺にスペシャルスウィート、…開けてくれる?」
   言い終りながらニヤッと嘲笑った木馬に、しかしなぜか男のコンシェルジェが、赤い顔をしてうなづいた。
  「…ッ…ッた、ただいま、ご用意させていただきます」
  「ありがとう」
   怠慢にうなづく自信たっぷりな顔の下で、
  「あれ? 俺がやるときと効果が違ってる…」
   首をかしげていた。
 
 
 
   木馬助けて、木馬助けて、木馬助けてッ!
  「…助けて…」
   城之内は、なぜか「お帰りなさい」の言葉につまったためだけに。
   舌がうまく回らない、海馬に微笑む余裕がなかった、辛そうな顔を誤魔化しもできなかった、おかしい、それは普段通りではない、あぁ頭が朦朧としているからかもしれない、つまりは熱があるからだ、もしかしたら風邪を引き始めているのかもしれない、いやもう引いているに違いない、木馬は重体だ、という無理矢理な論法において、
  「…寝たきりって…苦痛」
   城之内の頭では値段も価値も計りしれない、ごっちゃあとした天蓋つきの、ふっかふかのキングサイズベッドに、
  「飽きた…動きたい…」
   これまた無理矢理、押し込められていた。
   そう、恐るべきは、海馬の手によって。
  「こら、木馬。ごちゃごちゃ喋っていないで寝ていろ」
   しかも『海馬の手によって』は、言い過ぎでも何でもなく、本当に海馬本人が会社にも自分の部屋にもお帰りにならないで、ノート型パソコンを膝の上に置き、城之内の眠るベッドの横でパチパチとお仕事をなさっているのだ。
   いや、城之内の横で、というと海馬にも木馬にも悪い。第一城之内の心臓に悪い。
   海馬は、海馬の弟の木馬の横に、つきっきりで、看病して、やっているのだ。
  「…案外、いいトコあるじゃねぇか」
   城之内はものすごくサブい思いをしながら、それでも純粋に海馬の弟思いな面に感心した。
   むしろ見直した。
   本当はムカツク野郎で、嫌な目にも散々あわせられた大ッ嫌いな男だが、いくら直情的な城之内にも、いまこの木馬の体で、「てめぇ気色悪ィッ!どっか行けッ!」と言うのが不適切なのはよく分かっている。
   すごくすごくすごくッ言いたいんだが、分かっている。
  「……ッ」
   ものすごく軽すぎて、きっとこれもまた城之内の見たことのない特別な羽毛が入っているに違いない掛け布団から顔を出して、城之内が海馬の顔を盗み見ると、
  「──……どうした、木馬? 喉が渇いたか?」
   嫌いとか言ったら、どんな顔をするんだろうと思って見ていた城之内は、返ってきたあまりにも眩しい海馬の言葉に、
  「……ッ! …い、いや…いらない…」
   打ちのめされた。
   何て俺はひどい奴なんだと思い、そしてつくづく、海馬は恐ろしい男だと思った。
   大体海馬という名前の物体、もしくは宇宙生命体は、「ハーッハッハッハッハッハーッ」と人類を見下しながら大口を開けて笑っていて、なぜかしらないが背後から突風と悪雲を轟かせているモノなのだ。
   少なくとも城之内はソレ以外のヴァージョンを見たことがないし、木馬もソレが普通のような素振りをしていたくせに。
   なのに。
   そりゃあ確かに細かいことを言えば、あからさまに嘘っぽかったニコリ笑いは演技で見たことがあったが、でもそれは、
  「──なら、木馬、フルーツなら食べられるか?」
   この生物の笑顔とは違うぅぅぅぅッ!
   城之内は、スプリングの軋む音と、寝ている城之内の頭の脇に手をついて顔を覗きこんできた海馬の、間近すぎる顔のアップに、一瞬にして錯乱状態になった。
   優しく笑うな、小首をかしげるな、俺の表情をうかがうなーーーッッ!!
   城之内は嫌すぎて泣きながら絶叫したが、
  「木馬? 熱でもあるのか?」
   などとほざきながら、こともあろうか動けないほど近付いている不気味な青白い顔に、ものすっごく度肝を抜かれて、城之内の体も脳も固まっていたので、叫びは声にはなっていなかった。
  「──……木馬?」
   しかし海馬は、些細な変化も見逃さないどころか、明らかに普段とは違う木馬に戸惑っていた。
  「木馬?」
   木馬は、海馬が心配すれば心配するほど、気に病めば気に病むほど、おかしくなっていく。
   目を血走らせながら見開いて、明らかに脂汗をかいている。その内に、寒いのか歯が噛み合わないのかカチカチと鳴らせ出し、歪んで開いた唇はわなわなと震え出して、目尻に涙がたまってくる。
   いつもは幼児がえりしたかのように、病気のときばかりはと全身で甘えてくる弟なのに。海馬は歯軋りをした。
   医師に見せれば健康だと言うから、ただの疲労かと思っていれば、まさにたった今、俺の目の前で、ひきつけをおこしかけているではないかッ!
  「木馬、おい、木馬ッ。しっかりしろッ」
   おのれと、ここにはいない医師への処罰を考えながら、海馬はベッドに膝で上がり、木馬の細い肩を両手でわしづかんで自分のほうへと引き寄せる。
   しかしその次の瞬間、海馬は自分の手のひら自体にビクッという音を受けたかのようにダイレクトに感じた、怯えたような木馬の痙攣と、
  「…やッ…ッ!」
   海馬を拒むように出された、木馬の手に驚く。
   しかも木馬は錯乱しているのか、何か海馬が見えていないかのように半泣きの顔になって、体をよじって全身で海馬の腕の中から逃れようとまでするのだ。
  「木馬ッ? おい木馬ッ、どうしたんだッ!?」
   明らかに異常な木馬に、海馬はとにかく腕力差で木馬を腕の中に閉じ込めた。より一層抵抗する木馬に不可思議なほど混乱した海馬は、
  「ッ誰かッ! 誰でもいいッ、早く来いッッ!」
   彼らしくなく、ドアの向こうに声を張り上げる。
  「はいッ」
   海馬のこれまた尋常でない叫びに、メイドやら執事やら医師やらが、あたかもそのドア向こうで並んで控えていたかのように返事をし、ドアを開けた瞬間、
  「──ァァッ! 俺に触るなッッ!」
   海馬は、木馬に、という借り物に入った恐慌状態の城之内に、サブイボを立てられながら、思いっきり、頬を張られた。
 
 
 
   木馬は一晩寝てから思った。カードの名義が『海馬木馬』だった。
  「城之内の体なのにこれじゃマズイかなぁ。城之内名義で口座でも作って中身を多少動かして…ってのも面倒くさいしなぁ」
   まぁカード詐欺かと問われたときには海馬邸で木馬役をやっている城之内本人がうまく言うだろう。
   木馬は単純にそう考えて、昨夜の内に持ってこさせていたノートパソコンに思考を戻す。
   どう分析しても分からない。
   そもそもKCのプロジェクトチームが作ったような物の情報を、いかに木馬が、副社長だろうが海馬の弟だろうが才覚があろうが、よそのコンピュータから覗き込めるはずがないのだ。
  「抜き打ちのセキュリティ検査がしたかったわけじゃないんだけど」
   木馬はカチャカチャとワードを打ち込みながら、ブツブツと文句を漏らす。
  「──それにしても、トラップ張りすぎだよ、KCデッキ」
   別に何もそんな名前ではない。ただ、画面の中でサンプル映像の映し出されている、自分と城之内の中身を入れ替えた試作デッキに、名前がないから気分的にそう呼んだだけだ。
   今までの傾向のように、デッキからモンスターのホログラフを出して闘わせるのではなく、デッキ内のモンスターに同調して、より臨場感を愉しんでみようというシステムだったのだが、
  「俺が勝手にいじっちゃったトコ、そんなにマズイ所だったのかなぁ?」
   実は試作品が完成したときに、海馬やプロジェクトチームに黙ってこっそり、木馬はその設計図情報を写し取っていたのだ。しかも、更に自己流に改造してレプリカを自作してみたところ、「…ん〜、どうだったかなぁ? …あー、もう忘れちゃったなぁ。大体アレ自体とっさにベッドの下に隠してきちゃったし、オリジナルのも俺のも、データは…」
   木馬はKCのマザーコンピュータに思いつく限りのパスワードを打ち込んで侵入を試みていたのだが、不意に、
  「…兄サマ元気かな?」
   とつぶやき、KCのインフォメーションに画面を切り替える。
   木馬本人にはハッカーまがいのことをしている気はあるが、結局は自社のことなので作業的には大雑把で、ぬかりが出てくる。木馬にその技術や知識がないわけではなく、
  ただ単に忍ぶ気がなければ、という単純な発想ゆえの気のゆるみだ。
  「……兄サマ」
   木馬は、その内の『代表取締役』のページに掲載されている海馬の写真を見る。
   海馬は明らかにオフィシャルな造り笑みをしていて、写真自体も色々調整できているだろうから、何も本当のことなど見えてこないのだが、それでも木馬は、
  「……兄サマ、顔色悪いなぁ。…無理して、ないかなぁ?」
   少し意識を飛ばす。
   しかしすぐに、
  「そうだ、海馬邸の俺のコンピュータ、無理矢理復旧させて…」
   思いついて指を動かし始めたが、
  「…トラップの回廊を三十秒で抜け、左右のドアのキーワードは『K…』…」
   つぶやいているのは、ほぼ夢遊病状態に近い。
  「…バックアップは…無理か。でもここに…あった、これを…!」
   カタカタと休みなく打っていた手をとめ、木馬はトランス状態から帰ってくる。
   表情を一瞬明るくさせたが、それからガクッとキーボードの上に崩れ落ちて、
  「……ッ駄目だ。解析データ飛んだ。というよりもレプリカを造れても、それがイコールそれの問題点を解明して改善して逆発想した物が造れるってわけじゃ、──ないんだよな〜。………仕方ないや、今の契約が終わったら兄サマに頼んで治してもらおう」
   木馬は呆れと絶望を足して割ったような声でそう言い、頭を抱えた。もちろん現状に呆れ、後で海馬にバレて怒られるだろうと想像して絶望するのだ。
  「……困るんだろうな、兄サマ…」
   以前のように、海馬に見離されることへの恐れがなくはないが、それ以上に木馬は、働きづめの海馬に更に負担をかけることに胸を痛めた。
   しかし木馬は兄思いであると同時に、やはり兄譲りのこどもらしからぬ面も備えていて、
  「──そうすると、本当にあと一週間以上は城之内の体か。高校ってどんな感じなんだろ? あ、遊戯もいるのか。何て言って誤魔化そう? あぁ良かった、城之内がジ
  ャケットの下に制服も体操服も着てて」
   城之内のズボラさを存分に活用させながら、翌日からの授業内容とやらをうかがい知るために、KCや海馬邸からとっとと手を引き、教科書分布やその内容を知るためにネット内を探す。そして結論、
  「……あぁ良かった。城之内の頭が悪くて」
   木馬はネット内で木馬にとっては限りなく薄い内容の予習をし、これまたあまりに薄すぎて学生鞄だとは思わなかった黒い板状の物の中に入っていた物を見て、ため息をつく。
  「カードとデッキと財布」
   そして弾丸よけかと疑いたくなるような、内側に縫いこまれた鉄板…。そういえば、靴の底にも何か変に固さと重たさが…。
  「…これはこれで、…マズイ?」
   庶民出で感覚も庶民なつもりの木馬だが、不良方面には別に馴染みも何もなかった。海馬の仕事の繋がりで誘拐にも脅迫にも場慣れしているが、それとこれとはまた種類が
  別のような気がする。強いて言えば、プロに完璧をきたした形で狙われるのと、不特定多数の頭の悪いのにでたらめに狙われるのと、くらいの。
   しかもなんとなくで城之内の手を見て、その歪なこぶしの骨の形や痣や諸々の痕に気づいて──、
  「……うわぁ」
   普段厭っていた送迎の車を、木馬は好きになりそうになった。
 
 
 
  「……ぅ」
   ここで迂闊に喋ったらヤブヘビだ。
   そう思って精一杯の自制をする城之内は、いわゆる『人生の境目』に立っていた。
  「…悪く思うな、木馬。何もかもお前のためだ…」
   さすが不良がリンチに標的をふん縛るのに使う、間に合わせとは違うわと思いながら、城之内は医療用拘束帯で、医者本人に加え黒づくめのSP数人というプロ集団にベッドに縛り付けられていた。
   絶対に俺のためじゃない。しかもなんでこんな奇天烈な真似にあわせるんだっていうか、んな命令に従うんだ、こいつらはッ!?
   信じられない物を見るように海馬の部下たちを睨みつけると、故意に無表情を繕っているらしいそいつらは、
  「…ッ…」
   無言で、しかし城之内の予想とははるかに外れた傷ついたような顔をして、城之内から目を逸らした。縛りつけられて頭も上げられないので見えないが、ドアの向こうか壁の近くあたりから、男女入り混じった「…おいたわしい、木馬様…」という哀しげなささやきが聞こえてきて、
  「……ッッ…?…」
   木馬って普段どんな生活送ってんだ??
   と城之内にただならぬ疑問を植え付けた。そんなときに頭上から、
  「…すぐに良くなる…」
   おそらく何もかもの元凶である男の声が振ってくるものだから、城之内もしなければいいのに、海馬をお前本当に地球人か? と、木馬では絶対しないような目つきで睨む、つまりヤンキー時代そのままの、ガンつけをしてしまう。
  「…フ」
   しかし更に上手らしい海馬に憐れみの笑みで見おろされ、
  「どんな精神状態にあるかは分からんが、…絶対に俺が治してやる」
   真剣な目でものすごい宣言をされる。
   それがある意味、事体の的をえていて恐かったのだが、しかし城之内も『木馬化改造計画』はさすがに嫌だ。
  「…ッ…」
   自分の想像に顔面を強張らせた城之内は、本当に違うんだと真面目に泣き出しそうになった。むしろ、海馬にすら泣き付きたくさえなったのだ。
  「…木馬…ッ…」
   しかしよく見れば当の海馬こそが泣きそうを超えた、見るも無残な哀しそうな顔をしていて、しまった俺は今からでも海馬木馬ッと城之内に俳優魂を植え込みそうになる。
   だが上目遣いに「兄サマ?」はしたくねぇ、という城之内の葛藤を無視して、海馬は城之内の頬に手を伸ばしてくる。
   思わずウワッと避けようとした城之内は、ご丁寧に両手両足に加え、首に額に胸に腹、胴に腿に膝・肘拘束という、あまりにも完璧な監禁状態に、なすすべもなかった。
   かろうじて逃げられたのは前髪が数センチと、目だけ。
  「…ッ…木馬…ッ!」
   しかし海馬には効果覿面だったらしい。傷付いた声で手をとめて、
  「……ぅッ」
   うっと喉をつまらせてうつむく。
   とっさに「オイオイ泣くんじゃねぇか、このブラコン野郎ッ?」と城之内は一旦は自分を棚上げして引いたが、表情の見えない茶色いつむじを見ていると、
  「……ッ」
   すぐに、敵愾心を勝るほどの同情心がわいてくる。「兄サマ」と今度こそ木馬らしい芝居で呼ぼうと城之内が口を開けた瞬間、
  「……木馬、…ッ…」
   しかし何もかも遅かったようだ。
   うわ…海馬も人並みの体温があるんだな…と、城之内は思った。
   というか他に何も考えたくなかった。そっと抱き締められながらこめかみに唇が付いていて、思わず舌を噛み切りたくなりそうだなんてことは、これまた一切。全然。まったく。第一噛み切るにしてもこの体は借り物だし。それに、噛み切らなかった理由はその他にもあって、
  「早く、……遅くてもいい…元に戻ってくれ」
   腕の中に簡単におさまり切る小さな弟の体に、全身全霊ですがっているような海馬に、──胸を突かれたからだ。
 
 
 
      ★★
 
 
   こんな簡単な授業しかしない高校が存在していいのか?
   
   なんて木馬が内心せせら笑っていると、「話があるんだけど、ついて来てくれる?」と遊戯に声をかけられた。
   初めての場所に、初めての対応。しかも人のフリ、という事象に木馬は浮付いていたらしい。遊戯のわずかに寄った眉に気付きもしなかった。腕を引かれるまま屋上に連れていかれて、
  「…城之内くん、今日どうしたの?」
   と正面から睨まれるまでは。
  「ゆう…ぎ? 何がだ?」
   木馬が千年パズルの方の遊戯を恐れつつ城之内のフリをして聞けば、遊戯はまだどんぐり目の遊戯のままだったが、
  「いつもと違う」
   迷いのない声で、言ってくる。
  「…ッ…」
   木馬は、まさかこっちの遊戯なら阿呆丸出しだから、それなりに城之内っぽかったら気付くことはないだろうと思っていた。
   そして甘く見ていた分、驚きも大きかった。
   木馬が、だがある意味天性の鼻が利くのかもしれないと思い直した頃には、遊戯は木馬の肩をつかんでいて、
  「城之内くん、──僕の目を見て」
   お前本当に高校生かと聞きたくなるような穢れない目を疑わしそうに歪めて、木馬の目の中を探るように下から見てくる。
   いつもなら木馬は遊戯よりも身長が低いので気付かなかったのだが、遊戯は上目遣いだと、
  「……」
   三白眼で恐い…。
   しかしそんな木馬の思考は、途中で強制中断された。
  「──ッ??」
   ってゆーか何でだ??????
   デキがかなりいい木馬の頭の回路は、すぐに復元はされたが、次には疑問符で満ち満ちた。
   実際に起こった現象が、処理をするにはかなりの難問だったからだ。難しくなるのは条件が一つあるからで、それは『遊戯と城之内は親友』ッ!
  「……コレは本当におかしいな。城之内くんが相棒のキスをよけ切れないなんて」
   降りかかった災厄にたじろいでいる木馬を、冷静以上の冷徹な目で見つめながら、千年パズルを光らせる間も待たず、闇遊戯が出てきて言った。
  「…また誰かに操られているのかもな…」
   しかもいままでの三白眼表遊戯とはまったく違う。ケタ外れの悪寒を感じさせる眦のきつい目をした貌は、信じられないどころかありえない計算で、正解に近い答えをはじき出す。
  「…またかよ、………チッ許せないな」
   しかも今までの木馬の、遊戯に対する記憶をすべて塗り替えるような殺る気漲る顔をして、短く言い捨てながら、──微笑った。
  「……!」
   海馬の近くにいて、大概の恐い目や汚い物を見てきた気分になっていたが、木馬はここまで理不尽な怒りを向けられるとは思っていなかった。いや、原因は木馬にあるのだ
  から理不尽ではないのだが、ぶっちゃけて言えば、そんなに遊戯が怒るとは思わなかったのだ。
   というのも当の城之内本人が、「しょうがねぇな」で済ませてくれたし。
  「おい、誰だか知らないが、お前」
   しかし木馬の子どもらしい甘えは、遊戯のニヤリ笑いにあっさり蹴り捨てられる。
  「今すぐ戻せ。5秒くれてやる。5秒後もその体にいすわっていれば、問答無用で『罰ゲーム』だ」
   ……何の『罰ゲーム』だ?
   まだ遊戯とは何のゲームもやっていない。ゲームをやるとも言っていない。第一何だ、5秒って短さは?
   木馬は、勝ち負けどころかルールすら問答無用の遊戯の宣言に、しかも、
  「5」
   さっそく秒読みまで始めやがった遊戯に、
  「4」
   真面目に焦り始めた。
  「3」
   だってまだ一晩しか城之内の体で遊んでいない。
  「2」
   いやそう言うと語弊があって困るんだが、小学生の木馬のままでは入れないような店に入れたり、世間の目や店員の応対や、色々のものが違っていて、城之内っていいなぁとか思って──、
  「1」
   ときが、とまった。
  「──」
   背後から、触れば浸透されそうな闇を渦巻かせていた遊戯が、ふと、目を和らげて笑った。
   木馬ははっきりいって、こっちの遊戯がこんな風に優しげに笑えるものだとは知らなかった。
  「──城之内くん、かい?」
   しかしそれが最後通牒だと分かれば話は別だ。
  「……ッッ!……」
   どんなに『罰ゲーム』が恐くても、急かされて元の体に戻りたいと思ったくらいで戻れるようなら苦労はしない。
  逃げるしかないと身を反転した木馬に、遊戯はフ、と口端を吊り上げる。
  「──それがお前の答えかッ!」
   くわッと目を見開き、千年パズルが黄金の光を放つ。
   片手を高々と振り上げ、天啓を得るように指で空を突き刺し、雷鳴を集め、
  「ッッ『罰ゲー…ッ…ッッ?」
   宣言しかけたそのときだった。バラバラバラと、けたたましいプロペラ音を立てて、ヘリがこともあろうか、一介の高校の屋上に降り立とうとしたのは。
   しかもジェットエンジン搭載なのか、はたまたKCがまた独自開発の兵器に改造しているからか、メチャメチャ速い。尋常じゃない。
   異常この上ないことは、それから垂らされたロープの先に人がいることで、いるのは、
  「城之内ーーーッ! 貴様許さんぞォォーーーッッ!!」
   何があったかはしらないが、目の下を真っ黒なクマに独り占めさせた、海馬だ。
 
 
 
  「ちょっとこいッ」
   で拉致られる城之内を、というかむしろ助かったありがとうサスガ兄サマッと海馬の腕の中に迷わず飛び込んでいった木馬の背中を、
  「……城之内くん……ッ!」
   遊戯は、ギリという歯軋りと、足元のアスファルトから竜巻状の疾風を巻き起こすことで感情を表現した。
  「…中身、……絶対に許さないぜ…ッ」
   腹の底からうめくと、遊戯は駆け出す。
   もちろん目的地は海馬邸だ。
   中身と関係しているかどうかは怪しかったが、海馬は演出と行動が意識せずに十二分に派手だから、町中を走っていても、けたたましい目印は目立っていた。
   それでなくとも今の遊戯ならば、闇の力でそのヘリに飛び乗ることぐらいできそうだったが。
  「…………捕まえたらどう、…罰してやろうか」
   遊戯は、それを考え付かないないくらいに、頭に血が上っているらしい。
   しかしいっぱいいっぱいだったのは、もちろん遊戯だけではなく、
  「……………………………貴様、……どう、した……?」
   遊戯とはケース別の、はらわたが煮えくり返るよなシチュエーションに併せられている、ヘリの中の海馬も、同じだ。
   何が何でどうなんだかは知らないが、どっかりと後部座席中央に座った海馬の足元に、
  「………ッ」
   城之内が座りこみ、もはや避けるとか退けるとか考え付く以前にありえなさすぎて想像もできないようなことで、
  「……ッ…」
   海馬の足に、城之内が、しがみ、付いている。
  「………………だから、どうしたのだ…………?」
   海馬は目を合わせなかった。
   それどころか、絶対に下方へは意識を移そうとしなかった。
   それは、足から伝わって分かるくらい震えている犬の体や、雑種にしがみつかれている自分の足などといったものは、見たくないのだと言わんばかりの目の逸らしようで。
  「……に、兄サマ…ッ…」
   海馬は、実は外見だけでなくかなり内面も動転していたらしい。木馬の漏らした、城之内は絶対に言わないようなつぶやきや、
  「遊戯が恐かった…」
   おそらく城之内には考えつきもしないであろうセリフを、全て聞き流していた。
   海馬の頭の中は、木馬のカードをどうやって入手し、使ったのかという犯罪者への怒りから、こんなわけの分からない駄犬などと話をしたせいで、木馬に伝染病か狂犬病が移ったんだというものへと、塗りかえられていっていた。
 
 
 
  「…勝手にひとの家へ侵入した上に」
   海馬は、急に寝込んだ上に精神異常をきたした木馬の身辺整理をするため、運転手やセキュリティやメイドやらから屋内監視カメラから、はてには木馬には黙ってつけている木馬の室内カメラまで総ざらいでチェックし、結論づけた。
   城之内が悪い。
  「凡骨の分際で、一体木馬に何をしたッ?」
   自分の結論によって城之内を責める海馬は、本人は知りはしないが、さきほどの遊戯とまったく行動パターンが一緒だった。
   城之内は、といっても中身は木馬で、木馬は、
  「な、何をって何も…」
   海馬の冷たい視線に心臓を射抜かれながらも、中身が変わっていること以外は、外身の木馬も、中身の木馬も、いたって健康体のはずだと、首を横にふる。
   しかしすぐに、もしかしてたった一日の間に、俺の体に何かあったんじゃないだろうかとも思い、
  「何が、あったのッ?」
   兄サマ、と海馬にすがろうとしたが、城之内の外見では海馬はフンと鼻を鳴らすだけで近寄らせもしない。
   まったく突っかかったりしない素直な城之内の様子に、どうやら別に城之内個人が何かをしたわけではなさそうだと判断した海馬は、
  「貴様には関係ない。もういい、出て行け」
   と冷徹に告げる。
   海馬としては、城之内には木馬と何を話したかを聞くべきだとは思っていたのだが、あまり『城之内と話をする』展開が歓迎できなくて、もう追い出したかった。
   それよりも海馬は、木馬の室内カメラを音声も撮れるものにしておけばよかったと内心で悔やんでいて、だから城之内の存在を忘れていただけなのだが、
  「……ぅぇ…ッ…」
   海馬の声や表情すべてに、まるで世界で一人きりにされたような気持ちになった木馬は、絶対にありえないことだが、城之内の姿だから無視されただけだと分かっているのに、涙をぼろっと零してしまった。
   しかしその『絶対にありえないこと』は、城之内の方にこそ、ありえないことで。
  「…俺…ど、どうしよ、兄サ、…か、海馬…?」
   涙ぐんで、上目づかいの城之内に、海馬は固まった。思わず「大丈夫だ」と慰めそうになった自分の上げた手にも驚いた。一体俺はこの手をどう使うつもりだったのか?
   じっと手を見ながら自問自答していた海馬は、いつのまにか目の前にいて、頭をうなだれていく城之内の震えているまつげの陰影を見ていた。
  「……」
   そっと、指先だけで海馬のコートの襟をつかんでいる。
  「……」
   海馬は、コレは犬のはずだが──と、何か頭の中が真っ白になったような状態で思いながら、城之内頭を、自分の肩口に押し付けるように引き寄せ、細いうなじを見て──、
  「カぁ〜イぃ〜バぁぁぁ〜…ッ!」
   そのとき、地の底を這うようなだみ声が、海馬の心臓をつかんだ。
   反射的にビクリとたじろいだ海馬は、城之内の背中に添えようとした手ごとピタリと動きをとめ、
  「ッゆ、…遊戯か?」
   それで我に返り、とめてくれてありがとう親友ッ的な弾んだ声で遊戯を振り返った。だが、その笑顔に返ってきたのが、
  「……海馬、闇のゲームだ?」
   にーっこりと、妖しいほどの麗しい微笑を向けて、手を差し招いて誘ってきている闇遊戯で。
   さすがに海馬もそれを見ると、
  「──ご、ごごご誤解だッッ!」
   ものすごい危機感を感じた。
   何がどうしたかは分からないが、怒っている。遊戯はとてつもなく怒っている。海馬は半分くらいは意味の分からないままに、とっさに城之内を突き飛ばし、
  「この犬が勝手にだッ! 俺は木馬の…ぐッ!!」
   なんで遊戯に何の弁明をしようとしているのか。自分でも分からないまま喋っていた海馬は、やはり何ごとか分からないまま、
  「ッ! 誰だッ? ──も、木馬…?」
   背後から木馬、の中にいる城之内に、腿に正拳を入れられていた。振り返った踏んだり蹴ったりの海馬は、見つけた犯人の姿に、痛みも忘れて目を丸くする。
   目に見える暴力とは無縁の海馬家で、更に乱暴ごととは分け隔てて育てられ、今では蝶よ花よと扱われているはずの木馬が。俺の後ろを子犬のようについてきて、何が起きても絶対に裏切ることも意に背くこともなく、笑顔だけを向ける、俺を最愛とする俺の弟が。
  「──俺の、を乱暴に扱うんじゃねぇ」
   爆弾発言をする。
   もちろん、城之内の『俺の』は『俺の、体』を便宜上、略しただけだ。
   しかしそんな事情を知ることのない海馬と遊戯は、
  「ッ何だとォッッッ!?」
  「ッ何だとォッッッ!?」
   と声をそろえて言った。顔はもちろん蒼白、驚きのあまり変なポーズだ。
   それに城之内、の中身の木馬が、
  「オイッ、海馬に暴力をふるうなよッ」
   と割って入ったから、更にややこしいことになった。
  「ぃえッ?」
  「ぅあッ?」
   城之内と違い、木馬がまだ言葉遣いを城之内風にしていることがつじつま合わせになってしまって、どんどん誤解だけが深まっていく。
  「海馬、大丈夫?」
  「じょ、城之内…?」
   海馬は、今まで阿吽の呼吸で木馬からもらっていた気づかいを城之内からもらい、多大な気色悪さと同時に、なぜか胸に温かいものをこみ上げさせていた。
  「離れろよ、気色悪ぃッ!」
   だからそんな手ひどい言葉を吐いたのは海馬ではなく、木馬のほうだ。
   木馬といっても中身は城之内なので、海馬の顔を覗きこんでいる自分の姿なんか目に入れたくないだけなのだが、
  「離れろって、俺ののくせに、海馬に引っ付くんじゃねぇよ」
   問題発言をしながら、サイズの違いに苦労して、海馬から自分の体を引き剥がす。
  「…も…木馬? …いや、それよりもどうやって…?」
   呆然と弟の姿を見ている内に、はたと肝心なことを思い出したらしい。海馬は、木馬を拘束帯でベッドに監禁した上ドアに二重の鍵をかけていたはずだと木馬に問いただした。室内外には二人ずつのメイドを監視兼世話役に。そして目前の、
  「俺は女には暴力をふるわない主義なんでね。こっそり抜けさせてもらったぜ」
   ニヤリと笑う移動自由な木馬。
  「どッ、どうやってッ?」
  だが聞き返したのは海馬ではなく、城之内の中の木馬のほうだった。
  その真剣な目を見て、コイツ前に似たようなことされたことがあるなと鋭く察した城之内は、  「俺の鷹の目のような洞察力とキレる頭とで考えた、と言いたいが、普段お前がやってる方法だぜ。聞きたいか?」
   二ヤッと笑う。言葉もなくウンウンと大きくうなずく木馬、の外身の自分の体の首をがしっと引き寄せて、
  「──泣くんだよ」
   木馬本人ではとてもできないような、エロくさい顔で言った。これが城之内の体で城之内の顔でやれば、それなりにエロガキの高校生の範疇の表情だったのだが、木馬には年齢不相応の上、性格に違いがありすぎた。
  「もももももも木馬ッ??」
  「普段城之内くんがやってるッ!?」
   だから盗み聞きをしている外野は動揺のために絶叫だった。しかしおよそ誤解する方面の意味が分からない木馬は、
  「泣きまね? それなら俺だって…」
  「チッチッチッ。甘チャンだなぁ。マネとか言ってるようじゃ、まだまだなんだよ。…と、当の兄サマが聞いてちゃ駄目か、耳貸しな…」
   ボソボソと公の秘密会談を始めた二人を見ながら、海馬と遊戯が、室内なのに秋風に吹かれてたそがれている。
   会話の途中で「えッ」だの「うわッ」だのと顔を赤くして声をあげる城之内と、フフンと不遜に笑う木馬とは、まるで飲み会の悪い先輩と純情な馬鹿な後輩のようだった…。
  「そう、か…城之内のせいじゃないんだな…木馬が変わったんだ…」
   その、海馬が愕然としてフラリっとよろめいたときだ。
  「…城之内くん…?」
   遊戯の城之内センサーが光ったのは。
 
 
 
  「城之内くんだッッ!!」
   神がかりならぬ、城之内がかりした遊戯は最強だった。
  「木馬の中に城之内くんが閉じ込められているッッ!!」
   城之内くん、必ず俺が助けるぜッ! と、とんでもないシャウトを気軽にかましてくれる。
   そして、木馬がかりした海馬も、最狂だった。
  「木馬の中に城之内が閉じ込められているだとッ! では木馬はどこへ行ったんだ、遊戯ッッ!?」
   少し考えたら、というよりも誰のどんな頭で考えてもそりゃありえないだろと、突っ込みたくなるような遊戯のホラ宣言を、真顔で信じるのだ。
   まぁ、この二人にかぎっては、何もかも今更なのだが。
  「簡単だ、海馬。木馬の中に城之内くん、そして城之内くんの中に城之内くんではない誰かがいる、とすると──」
   分かるだろう? と遊戯が流し目で笑う前に、 
  「ッ木馬ァッ!」
   海馬は、バサァとコートをひるがえし、両手を広げて叫んだ。夜道の下半身素っ裸の変態さんのよう、いや、ペガサスの城でのときのように。
  「兄サマッッ!」
   そしてその腕の中へ、条件反射のように笑顔で飛び込んでいくのは、間違いなく──城之内。
   城之内だが中身は木馬ァと思い、ガバァッと抱き合った
  あと、海馬はまたもやさっきと同じ真顔で遊戯を振り返り、
  「本当だ、遊戯ッ」
   と言ったが、その額に黄金に光る第三の目を見つけ、もう一度城之内を突き飛ばした。だが同じ手は木馬も二度は食わない。
  「嫌だッ、兄サマッ」
   その長い腕に、ぎゅっとしがみつく。体格はそう変わらないのだが。そして、ゴッと海馬のすねをKCデッキで殴る木馬ならぬ城之内本人。怒りマークとサブイボを同時に顔面に出した器用なお人だ。
  「……城之内くん、それ、何だい?」
   目の前で、三秒天丼コントを見ていた遊戯は、ふと木馬、正確には城之内の、持っている物に目を留めた。
  「…?」
   海馬もそれに気づいたようでここにはありえないはずの物に目を丸くしたが、それ以上に、自分の腕を抱いていた手から急に力がなくなったのに目をやった。
  「あ? あぁ、ベッドの下にあったんだよ。…木馬?」
   城之内も遊戯に答えながら、木馬が城之内に向かって口をぽかんと開けているのに気付き、それで城之内もあることに気付いたのか、木馬と城之内は二人してデッキを指差し、
  「──これだァァッッ!」
  「──これだァァッッ!」
   ステレオで叫んだ。
 
 
 
   遅刻ながらも久しぶりに登校してきた海馬が、
  「あ、俺、喉かわいたから自販機でジュース買ってくる。コレ机の上に置いておいてくれよ」
   教室に入る早々、持っていた鞄を椅子に座っていた遊戯に預けると、廊下へとUターンした。
   実に堂々としたものだが、幾分海馬としては違和感のある彼は、数分後に帰ってきて、
  「ホラ、お前も喉かわいてるだろ。飲めよ」
   と遊戯にパックジュースを一個渡すと、自分は遊戯の向かいの椅子に断わりもなく座り、
  「……ホレ」
   ギリギリで手の届く位置の、城之内の机の上にも、ジュースを置く。
   しかし城之内は目に入っていないのか、黙々と何かを書き続けている。
  「? どーしたのアイツ」
   海馬は城之内を指差しながら、遊戯に聞いた。遊戯は、席を立ち、
  「城之内くん、海馬くんがどうぞって」
  城之内の前にまで回りこみ、ご丁寧にすぐに飲めるようにストローまで抜いて、差し出す。
  「──…、あぁ」
   そこで初めて城之内もジュースに気付いたのか、顔を上げたが、遊戯の顔を見て、微妙な表情をした。
   だが行き届きすぎたジュースを当然のように受け取り、一口飲むと、
  「これを処理しておけ」
   机の上いっぱいに広げてあった紙束を、遊戯に引き換えのように返す。そのあとはまた、
   遊戯は黙って受け取り、席に帰ると、椅子には座らないまま、普段は持ってこないアタッシュケースのような鞄を片手に持ち、
  「海馬くん、僕ちょっと人目のないところ行きたいんだけど?」
   海馬に言った。海馬は遊戯の言葉にニヤッと笑い、
  「いいぜ? 付いてこいよ」
   席を立つと、しばらくして帰ってきたのは遊戯だけで、海馬はそのまま次の時間になっても帰ってこなかった。
   帰ってきた遊戯は普通に授業を受け、普通に過ごし、しかし休み時間になると、ごく自然に城之内の横に立ち、城之内の次の動向を待っている。
   城之内は今度は大きな紙いっぱいに何か割合の計算をしていて、
  「も、──遊戯、あれはどうした?」
  「海馬くんなら……体操服着てポンポン持った半泣きの弟に襲来されて大笑いして、今謝って慰めてるとこ」
   遊戯の発言に、思わずシャーペンの芯を折った。飛んできた芯の破片に当たりながら遊戯は、
  「一日一回しかできないなんて大変だよね…」
   遠くを見てため息をつき、城之内もまた、
  「元の状態に戻るのはかなりの確率だぞ…、しかも他の人間を排除しておかなければまた…」
   額に手をやる。
   この珍妙な二人組に、クラスメイトが近寄れなかったのはいうまでもない。
   それどころか、会話の端ばしから聞こえてくる想像をかき立たせる言葉に、とんでもない内容の噂がささやかれたのも、いうまでもない。
  「──海馬が城之内の手下になって、城之内からの指令書でリンチリスト持って出ていって帰ってこなかったらしいぜ」
  「──え、遊戯と海馬が連れ立ってしけこんだって聞いたから、あの二人っててっきり」
  「──違うだろ、海馬がブルマはいた小学生の女の子を隠すようにして近くのファミレスで」
   海馬の中の城之内が勝手に作っていた合い鍵で、遊戯の中の木馬が、物理資料室でKC副社長としてのお仕事をしただけだ。その途中で、「体育の創作ダンスなんかできないよーッ」と木馬の中身の表遊戯が、使いっパシリの闇遊戯の城之内センサーを乱用して飛び込んできて。『しけこんだ二人』とは、いうなれば城之内と遊戯だ。もちろん遊戯は城之内には無害だが。
  「……」
  「……」
   城之内の中の海馬と、遊戯の中の木馬は、お互いの顔を見合わせながら、自分たちに降りかかった災難を思った。
  「……本当に、ごめんなさい。に、…城之内くん」
   一度叱ったあとはけっして木馬を責めなかった海馬に、木馬のほうから、もう一度謝った。
  「…も、…遊戯、お前が悪いんじゃない」
   海馬兄弟は人目をそう気にしないが、一度自分ですると決めたことは必ずする。思い切り不特定多数の人間がいる中で二人の世界を作りながらも、まだ配役された人物の芝居は続けていた。
   だが、そっと包み込むように笑う城之内に、城之内に頬を撫でられて嬉しげに照れ笑う遊戯…。
  「──…………」
   クラス中が寒い思いをした。
   いつも遊戯たちとつるんでいるメンバーは、とっくの昔に壁に寄り添って見ないフリをしていた。朝から違和感を感じていた上にソレで、多分もう彼らの目に城之内と遊戯は見えないのだろう。
   獏良にいたってはガサゴソと変なアクセサリーを取り出して、「お守りだから」と言って保健室に行ったままベッドの中にこもりきりだ。
  「か、海馬くんも本当は怒ってるかも…」
  「馬鹿だな…。奴だろうが、ゆ、木馬にだろうが、俺が誰にもそんなことを言わせはしない…」
  「馬鹿なのはお前だ」
   弟と自分にしか見えない星をいっぱい背負った海馬を、千年ペンダントでのぞき見しながら、バクラはせせら笑っていた。
  「意図しないまま王サマと城之内とに仕返ししてるのも面白いが、ホンットに海馬は馬鹿だな…ッ」
   好きに使っていいと言われた海馬の金で遊戯とファミレすにいた城之内が、遊戯の木馬の外身に補導されかけたりなんかしているのも見て、
  「違う…ッ、あいつら全員、馬鹿だ…ッ」
   クックックッと愉悦で喉を震わせ、バクラは保健室のベッドの中で他人の不幸を笑っていた。それこそ、『明日はわが身』という諺を実践することも知らないで。
 
 
 
 
 
             ★☆END☆★
 
 

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 セトモク+遊城+バッくん。みたいなカタチです。ギャグにした結果、みんな性格が (特に兄サマが)アブナイ人になってしまいました…。
 


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