肌からでさえ、感じ取れる。 『兄サマは超不機嫌だ』。 理由は簡単。 今晩のメニューに、おでんがあったからだ。
つい最近、いつものシェフが入院して、代わりのシェフが来てたんだけど。
兄サマの前に運ばれてきた料理を見て、そばにいたメイドたちの顔から血の気が引いていく様子がわかった。
オレも、フライにかけようとしたソースを、スープにドポドポ入れてしまって。
この後の兄サマのセリフを予想して、耳を塞いでおいた方が賢いと思ったけど、身体が固まってしまって動かない。
「ふざけるな!!こんなモノが食えるか!!」
予想通り、兄サマはテーブルを破壊する勢いで叩くと、ものすごい声で怒鳴った。
そのまま、自分の部屋へ向かって歩き出してしまう。
兄サマが見えなくなって、暫くの静寂が流れた後、オレとメイド達は深い溜め息をついた。
当のシェフ自身は、何が起きたのかわからないようで、目を丸くしている。
「…何か…してしまったのでしょうか…??」 そんなシェフの肩を、メイドの一人がポンと叩く。 「かわいそうに…」
「かわいそうだな…」 オレも、伏せ目がちに言った。 「……???」
何がなんだかわからずに、シェフはただオロオロしていた。
コンコン。 …………。 「…兄サマ、入るよ」
ノックしても返事がないから、オレはそっと兄サマの部屋に入った。
兄サマは、オレには目もくれずにパソコンに向かっている。 おでんを目にしてから、結局夕食を食べないまんま。 「兄サマ、ちゃんとご飯食べないとダメだぜぃ…」
兄サマは、何も言わない。
言わないけど、刺さるような怒りのオーラは伝わってきた。
兄サマが、こんなにおでんが嫌いなのには、一応理由がある。 これも簡単。 おでんは剛三郎の大好物だったんだ。
一日一食は必ずおでん。 流石にオレでも、ちょっと引いた。
とにかく兄サマは、おでんを見ると剛三郎を思い出してしまうらしい。 「ねぇ、兄サマってば…」 「黙れ」 はじめて兄サマが、オレの方を見た。
というか、睨まれた。 「あのようなモノを見せられては、食欲も失せるわ」 「……」 どうしよう。
「あのシェフめ…解雇だけでは済まさん」 「……」 なんかイライラしてきた…。
「モクバ、俺は忙しい。用がないなら出て…」 「兄サマのバカっ!!」 「!!?」
湧き上がる感情を抑えきれずに、オレは叫んだ。 そんなオレを見て、兄サマが僅かに肩を振るわせる。
「兄サマそんなに忙しいんだったらご飯食べないと本当に倒れちゃうぜぃ!!それに兄サマはオレにはセロリを食べろって言うじゃないか!」 「も…モクバ…??」
「大体いくら自分の嫌いな食べ物が出たからって、何も知らなかったシェフが悪いわけ!?兄サマの自分勝手もいい加減にしてよね!!」 兄サマめちゃめちゃ驚いてる…。
ああ…でも言葉が止まらないぜぃ…。 これが『キレる』ってヤツなのかなぁ…。 「……モクバ…;」
「ちょっと待っててよね兄サマ!!」 そう言ってオレは部屋を出て。 …すぐに戻ってきた。
「!!モクバ…それは…!!」 「ほら、兄サマ!あーんしてっ!!」 オレが持ってきたのは、そう。さっきのおでん。
「ぬぅぅ…いくらお前が言おうともそれだけは絶対に…」 「わがまま言わないのっ!!!」 「………」
渋々開かれた兄サマの口に、オレは箸で大根を運ぶ。 ぱくりと、兄サマがそれを食べた。
「…ね?兄サマ、ちゃんと食べられるでしょ?」
イライラが収まったオレは、兄サマを見つめて、ちょっと笑う。 「違うな」
「え?」 「今のは、お前が差し出したから食ったに過ぎん」 「…兄サマ?」 大きな手で、オレを抱き寄せて、兄サマは言った。
「悪くないかもしれんな…たまには」
「じゃあオレも、兄サマがあーんしてくれるなら、がんばってセロリ食べるぜぃv」
「ほう?」 オレ達は暫くそのまま、くすくすと笑いあっていた。
END
|