お題(無色透明)
アヤ様


愛しの君






  「お帰りなさいませ。瀬人様」
  「モクバは?」
  「もうお休みになられたと思いますが…」
  「そうか…」
  俺は自室へ行くと、スーツを脱ぎ椅子にかけた。
  そしてそのままベランダへと足を進める。
  ひんやりとした風が頬を撫で、自然に肩の力が抜けていくのが分かる。
  このときだけは仕事のことを忘れられる。
 
  (最近モクバの姿を見ていないな…)
  今度、休暇を取ってどこか連れて行ってやるか。
  そういえばこの間頼まれていた新作ゲームをまだ渡していなかったな。
  そんなことを考え、ふとベランダからあの部屋に明りが付いているのが見えた。
  モクバの部屋だ。
  (…まだ起きているのか?)
  俺は眉を寄せ、モクバの部屋へと直行した。
  モクバの就寝時間は10時のはずだ。
  自分がいない間に夜更かしの習慣が付いたんだろうか…。
  いや、そんなはずはない。
  モクバはこれまで俺との誓いを破ったことなどないのだから。
 
 
  俺はモクバの部屋の前まで来ると軽くノックをした。
  「モクバ、起きているのか?」
  返事はない。
  「モクバ」
  もう一度呼びかけるがやはり返事はなかった。
  「…入るぞ」
  不安がよぎり、ドアを開けた。
  が、見渡すがモクバの姿はない。
  「モクバ…?」
  いない…?
  (何処だ?)
  部屋の中に入ると、バスルームの電気が付いていることに気付いた。
  嫌な予感がする…。
  頭の中がチカチカと点滅して、真っ白になった。
  俺はバスルームのドアをゆっくりと開けた。
 
 
  最初目に飛び込んできたのはモクバだった。
  白くなだらかな体。
  モクバは湯に浸かり、目を瞑っていた。
  閉じられたままの瞳。
  そして人形のように動かない。
  まるで透明なガラスのようでー…
 
 
  いつも俺の後を追いかけてくるのが…まるで空気のようにいつも側にずっといるのが当然だと思っていた。
  幼い頃誓った。
 弟…モクバを守ると。
  必ず幸せにしてやるのだと。
 
  ドクンと俺の心拍数が早くなる。
  まさか…
  そんな馬鹿な…!
  俺はお前がいなくなってしまったら…
 
  モクバッ…!!
 
 
 
  「モクバッッッ!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  「この………馬鹿者がッ!!!」
  俺はモクバに怒鳴りつけるとタオルでガシガシと髪を拭いてやった。
  モクバはうぅ〜…と唸り「だって…」と言い訳をする。
 
 
  『モクバッ!!!』
  あの時。
 
  『…ん………へ!?え、兄サ……ぶわッ!!?』
  俺の声にガバッと湯に浸かっていた体を起こしたモクバが、突然のことで驚き足を滑らせ、
  バシャーンと派手な音を立て風呂へダイブしたのだった。
 
 
  「風呂で寝る奴がいるかッ!!」
  「うぅ、反省してるぜぃ…」
  パジャマに着替えたモクバが許しを乞うように上目遣いで見上げてくるが俺は容赦なく怒鳴った。
  「俺がこなかったら、モクバ…お前はあのままあの世行きだったかもしれんのだぞ…!!」
  「今度から気をつけます…」
  「当たり前だッ!!」
  俺の怒りは収まらない。
  当然だろう。
 
  あの時は…本当にモクバがこの世にはいないのかと思った…。
  『絶望』が俺の体を支配し、同時に込み上げる弟への『愛情』。
 
  俺はモクバの腕を掴むと強引に自分の方へ引き寄せた。
  その小さな華奢な体は簡単に腕の中へすっぽりと抱き寄せられる。
  (…モクバ)
  俺は心の中で弟の名を何度も何度も呼び続ける。
  どうしようもなく『愛しい』という感情。
  目を瞑り、抱く腕の力を少し強めるとモクバがココにいる、生きているという安堵感が広がった。
  モクバの漆黒の髪から石鹸の匂いが鼻をくすぐる。
 
  「兄サマ…」
  モクバが小さく呟いた。
  「何だ」
  俺はぶっきらぼうに答える。
  こんな風にモクバを抱き寄せるという行動はあまりないことで、照れとさっきまでの怒りがかすかに混じっていた。
  モクバは掠れた声でゆっくりと答える。
  「…吐きそう。気持ち悪い……」
  「何だと!?」
  カッと目を見開くとぐったりしながら俺を見上げるモクバの姿があった。
  どうやらこの弟は長風呂で上せたようだ。
 
 
  「〜〜〜……だから風呂で寝るなと言うのだッ!!!!」
 
 
 
 
 
 
  後日、聞くところによると瀬人の怒りのバーストストリームが炸裂し、モクバの介抱しながらも説教はリピート状態で2時間に及んだという。
 



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 コメント

 えーと…『無色透明=死』で考えたんですが…(汗)いいのかなぁ〜こんなん書いちゃってとか思いながらも楽しく書かさせて頂きました♪


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