お題(未成年)
ぺい太様


冷たい膚





   二十歳になる前に死のうと思ってる。オレとあの人を繋いでいる最後の糸が切れる、その前に。十五で家を飛び出してから二度目の夏が過ぎ、オレはあの時のあの人と同じ――十七歳になっていた。
   その都度死者をだすと噂されたナイトホークスの集会も、近頃では至って平穏に路上を流して終わる。頭の鷹夜が広域暴力団直系の桜和会をバックにつけたことで、この辺りのチームの勢力分布図は一気に塗り替えられ、新興勢力として襲撃の的だったナイトホークスも今では押しも押されぬナンバーワンだ。とは云え盃を受けた鷹夜の身辺は何かと忙しく、大所帯に膨れあがった頭不在の集会は自然統率を欠き、馬鹿げたお祭り騒ぎに終始するようになっていた。女を入れるとチームが荒れる、そう云って嫌った鷹夜自らが積極的
  にギャラリーに女を呼ぶようになったのは、上納金に厳しい桜和会に毎月決まったものを納める為に、それが一番楽に稼げるシノギだということが判ったからだ。
   「ねぇ、今日もアレやる?モクスペ」
   ロータリーのガードレールの上に腰掛け生足に突っかけたミュールをカパカパさせてる女の子が、オレに声を掛けてきた。誰かなんて知らないけど軽く応える。
   「やるぜー」
   女の子の周辺がわあっと沸いた。
   イルミネーションが濃くなった街。環状線を流れる血のように赤いテールランプが埋め尽くす。黒い特服の一団の中、青いスカジャンを羽織ったオレは、暴走族の隊列に巻き込まれてオロオロしてる間抜けな一般ライダーみたいに見えるだろう。集合管の陽気なサウンド、愛嬌のあるホーン、暫く流してる内にケツ持ちのスープラから伝令が飛んで、無線傍受した交機の出動を告げる。そろそろお開きというところで、オレは一気にスロットルを開ける――マシンはGPZ900、でも積んでるのは1100のモンスターだ。咆吼するエグゾースト、旗持ちをあっという間に抜き去れば、もう誰もついてこられない。…It's show Time、
  信号待ちで離された車の最後尾に追いつき、間を縫うようにバンクして抜いていく。悲鳴のようなブレーキの軋み、交錯するクラクション、でも本当のお楽しみはここからだ。最後の一台を遙か後方に残して、ジャックナイフターン――無数のヘッドライトがオレを射抜く。こちらに向かって突っこんでくる車の群れ。先程以上の騒ぎの中を右に左に躱して逆走するオレは、否応なく全てが終わる瞬間を期待しながら、どんな時より強く生きていることを実感する。やがて本隊に合流する頃にはその高揚もすっかり消え、いつもの醒めた気分が戻ってくる。
   モクバスペシャル…オレのメチャクチャな無謀運転はいつからかナイトホークスの代名詞に祭り上げられていた。カッコイイ、気合い入ってる、見当違いの称賛を浴びせられる度にオレは黙って微笑みを返した。
  誰にどう思われたって構わない。家を出た時に時計や携帯と共に、全ての情熱をオレは棄てていたのだから。今が何時で今日が何曜日で、金を貰ったりメシを喰わせてもらう代わりに誰のベッド寝るのか、眠る時と目覚めた時とで隣の相手が違っていたとしても、オレには何の興味もない。 
   ロータリーに戻ると、黒のシーマが横付けされたその前で、リーマンなら絶対着そうもないスーツの若い男が女に囲まれ、しきりと話しかけられている。そいつはオレに気付くと、軽く片手を挙げて招いた。
   「いい加減止めろよアレ、マジ死ぬぜモクバ」
   「人が死ぬのが怖えかよ、ヤクザの癖に」
   鷹夜は苦笑をみせた。
   「お前だから云ってんだ。ヤクザ云うな」
   「だってヤクザだろ」
   「おう、ヤクザだよ。他になれそうなもんなんかねえからな」
   先刻のミュールの子が、二人ばっかで話してズルーい、と声を上げた。
   「あたしもモクバと話したーい。ね、今晩どこで寝るの?ウチ…ウチじゃないけどさあ、一緒に来る?」
   隣にいた鼻ピアスの子が口を挟む。
   「でもモクバ、インポだよ」
   うそォ。周りから上がる声に、ニヤニヤしながらオレは応じる。
  「ホントホント、オレ、インポ。ねー」
   鼻ピアスの子も得意げな顔で嬉しそうに、ねー、と声を合わせた。ギャラリーの子にこっちから声を掛けることもあれば、向こうから誘ってくることもある。
  一晩限りだったり四、五日世話になったり色々だけど、大抵はすぐに顔を忘れてしまう。そんな内の一人だったのだろう。
   「あれこれしたのに全然ダメでさぁ、あたしショックだったのにモクバってば笑ってんの」
   「やだぁ、もしかしてホモ!?」
   「ホモってか、ナル?」
   鼻ピアスはまさに得意満面だった。離れてこちらを窺っている他のグループにも聞かせたいように、声高になる。
  「だって自分でする時はいくって云ってたもんねえ、ねぇモクバ」
  「えー、それってオレって可愛い…とか思いながらしてるの?」
  「バカか、お前ら」
   さすがに鷹夜が呆れ声をだした。
   「お前も何とか云ったれや」
   「何で?ホントのことじゃん。あ、でもズリネタは違うぜ。オレさ、自分が死んだ時のこと考えるのが一番くるんだよね」
   「知らねえよ、変態」
   あの人がオレの遺体を目にする時、冷たく青い瞳はどんな感情を映すのだろう。愚弟への失望?蔑み?それとも。一雫くらいはオレの為に涙を零してくれるだろうか。そして冷たくなった膚に触れることがあれば。そこに、かつて一度だけ熱に浮かされ分かち合った体温を思い出してくれるだろうか。
   ちょっと微妙になった雰囲気に、気を取り直すように鼻ピアスの子がまた口を切る。
   「でも、マジにナルかもね。だって、そうじゃなかったらさぁ、普通あそこまでしないじゃん。スゴイよ、モクバの背中…てか後側」
   「えー何それぇ」――忽ち騒がしくなるのに、今度こそ鷹夜は辟易したようだ。
   「行こうぜ…っと、その前に」
   話の輪にも加わらないで項垂れているミュールの子の肩を抱く。
   「後で行くからよ、『ジャック』で待っててくれ」
   「…鷹夜達はどこ行くの」
   「桜和のオヤジんとこ。モクバ連れてこいって煩いんだ。どっかでモクスペ見たらしくって、キチガイぶりが気に入ったんだとよ。顔だしたら、すぐ戻ってくるから」
   「ホント?」
   「ああ、ちゃんとコイツも連れてくから」
   「モクバも?ホントに?」
   上げた顔は化粧が浮いて、隠している稚さが透けて見えた。
   「ねぇ、できなくてもいいよ。今日ひと晩だけ、あたしと一緒にいて」
   「いいよ」
   赤いミュールが雑踏へ紛れる前、彼女は振り返って手を振った。でも、その約束は無効になるだろう。鷹夜が今夜中に『ジャック』に行くことは、多分ない。
   そこは桜和会の組員が愛人にやらせているカラオケボックスで、屯しているのも従業員も関係者ばかりだ。一旦個室に入れば何が起ころうと外に洩れることはない。
   「売っちゃったんだ、あの子」
   「斡旋て云え。たいしてキツイとこじゃねえよ、せいぜいがヘルスだ」
   「最初の店は、だろ。ひでェ奴だな」
   「仕方ねぇだろ。チームももっとデカくしてえ、それにはバックが要るんだよ。金以外でヤクザが動くか?それに盃受けたんなら、どうせだったら上狙いてえ。シノギが悪くて干されてるオッサン見てっと、ああはなりたくねぇなと思うぜ。ま、何にしたって金だよ金」
   …俺な、ラブホの風呂場に生み棄てられてたんだ。
  臍の緒ついたまんまでよ――知り合ったばかりの頃に聞かされた。鷹夜の他人を踏み台にしても、という強い上昇志向の源は怒りだ。
   似ている、その時はそう思った。でも。
   「じゃ、一緒に来てくれるな。オヤジのとこ」
   「やだね。断っとけって云ったろ。オレ苦手なんだよ、そーゆー疑似親子関係」
   「断れねぇよ、俺みたいな下っ端が」
   鷹夜の顔に複雑なものが混ざっている。チームの為に。だがヤクザ社会に身を投じた途端、ヤクザを全うすることが要求される。結果、本来の目的であった筈のチームが徐々に浸食されていく。ケンカ上等の怖いモノ知らず…熏んだな、と思う。それは鷹夜自身が一
  番感じているのだろう。
   ――誰もあの人みたいに強く在れない。
   似ていると思った鷹夜。似ていないことに失望し、似ていないことに安堵する。鷹夜はオレを傷つけることが出来ない。他の大勢と同じように、ただひとときの温もりをくれるだけだ。
   「…面倒くせえ、ばっくれようぜ、鷹夜。やらせてやっから」
   「バカ、そんなシュミねぇし。それに」
   それでも鷹夜はオレの首に腕を回して引き寄せた。
   「俺をそこらの奴らと一緒にすんな。お前さ…誰か好きな奴いるんだろ」
   「うん」
   「ケ。そんなことないタカちゃんが一番スキ、くらい云えねえのか」
   「うん」
   鷹夜は溜息をついて、呟いた。
   「冷たいんだよなぁ、お前の膚はよ」
   「ああ、墨入れると表皮の温度下がるみたいな」
   「チゲーよ、そんなんじゃなくて。巧く云えねえけ
  ど…お前、どっか死んでんだよな。だから――頼むから、それ以上死ぬなよモクバ」
   オレはただ微笑みを返した。
   背中から踝まで。
   オレの体に絡みつく龍のタトゥー。それはオレが自分に印した所有者の銘だった。
   …激情が去った時、あの人は深く自責した。済まなかった、もう二度としない――その言葉の通り、残酷なまでの意志の力であの人は二度とオレに触れようとしなかった。一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年目が訪れた時、オレは耐えきれなくなって逃げ出した。かつて、あの人を苛んだ焦げ付くような渇きが、成長した
  オレの内部にも生まれていたから。
   二十歳になる前に死のうと思ってた。あの人とオレを繋ぐ義務と権利。未成年者の保護監督。オレがあの人に対して持つ唯一の権利、それを完全に喪ってしまう前に。死んだっていい、そんな自暴自棄なポーズの裏側で、オレはいつだって待っていた。あの人がオレを捜しだし迎えに来て、抱き締めてくれるのを。
   一日一日、未練たらしく惨めに生き永らえながら。
   オレの心はどんどん冷えて死んでいく。
      




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 コメント

  NOOOH!青春してマース。
  …コレ続いたら失笑ですか?

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