久しぶりに、邸に戻った。
夕食後にモクバとチェスを楽しみながら、俺は柄にもなく、幸せというものの輪郭をなぞっていた。
その輪郭が、不意に途切れた。 「俺、好きな人がいるんだ」 「・・・・・」 それは、まさに青天の霹靂。
好きな人?なんだ、それは? 俺は、眩暈を感じ、ナイトを持つ手を止めた。 「聞いてる?」
ダメだ、いけない。その先を続けては。 流してしまえばいい。 だが俺は、聞いてしまった。 「・・・どんな人なんだ?」
「あのねえ、すっごく綺麗なんだ」 「ふ・・・ん」 「色白でね、スタイルいいんだ。美人なんだぜぃ」
モクバがここまで誉めるとは、相当の容姿なのだろうか。 「それで?」 「背はね、俺より全然高いの」
モクバは少し小柄だろうし、最近の子供は、発育がいい。 「髪はショートでね、明るい茶色。サラサラしてる」
清潔そうなイメージではある。 「そんでね、年上なんだ」 「年・・・上?」 「うん」 「いくつだ?」
「五つ」
五歳も上だと?俺と同じではないか。モクバはまだ小学生だぞ?こんな子供をかどわかしたというのか?
「それから、目はね、青いんだ」 「青・・・外人なのか?」
「ううん。日本人。でも外人っぽいのかな?そう思ったことはないけど」 想像が追い付かん。
「いつもね、忙しいんだ。だから最近はあんまり会えなかった」
「忙しい?」 「うん。仕事で」 「仕事を持っているのか?」 「そう」
この歳で仕事などと、どこぞの凡骨のような者なのだろうか?
「それから、ゲーム、無茶苦茶強いんだぜぃ。俺、絶対勝てない」 ゲームが強いとは、聞き捨てならん。
「すっごくさ、厳しい人。他人にも・・・自分にも。あとキレたら、もう誰もかなわない」 どんな性格の奴だというのだ?
「でも、俺にだけは、優しいんだ・・・とっても。俺の、憧れ。理想の人なんだ」
うっとりと呟くモクバの顔を、俺は正視できなかった。
総合すると、容姿も含め、モクバは相当惚れている、ということになる。 胸がぎりぎりと絞まり、脳はチリチリと焼け付く。
そんな訳のわからん奴に。 納得いかん。許せん。 俺の大事な、モクバを・・・・渡せるものか!
「ゲームが強いというのなら、一度手合わせ願いたいものだな」 「本気?」 「当たり前だ」
「えっと・・・それは、出来ないよ」 「何っ?」 「だって、無理だよ・・・」 どうして、そんな困った顔をする?
「何故だっ?そこまで言っておいて、俺には合わせられんのか?」 「ええっ??そういうことじゃなくって・・・」
何を、庇建てする?そんなに好きなのか? 俺よりも--------。 「なんだ、どうし・・・」
目の前に座っていたモクバが、突然立ち上がって、俺の側まできた。 「だって、その人、もう、ここにいるから」
唇にふれた。 モクバの、唇が・・・・。 なんだ?どういうことだ? 「俺、先に寝るね。チェスの続き、また今度しよう」
モクバはするりと俺から離れて、ドアへ向かった。 「あとね、その人、そうとう鈍いみたい」 そう言い残して、部屋を出ていった。
幸せの輪郭は、ずっと繋がっている。
そのことを知るのに、俺はもう少し時間が掛かりそうだった。
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