兄サマに用があって部屋に行ったけど、やっぱりいなかった。
当たり前だぜィ。誰よりも多忙な兄サマがこんな時間に屋敷にいるはずないって。
わかっているけどそこにいたのは、今日ぐらいはいてくれるかなぁ、なんて思ったからだ。
明日は会議で、オレがまとめたプロジェクトを発表するから。 これが甘えだってわかってる。でもさ……。
淋しいなんて言っちゃいけない。それが兄サマの耳に入れば、きっと無理をする。
オレのために時間を作って、もっと疲れさせてしまう。
わかっているから、オレは口を噤む。そうすれば、兄サマの負担が、僅かだけど減るから。
整理整頓された兄サマの机は、重要書類もあって、勝手に触っていいもんじゃない。だけど、オレだけは別。メイド達は触れなくても。
オレでできる書類があればと思って見てたら、眼鏡があった。
視力はいいのに、最近兄サマは眼鏡をかける。それは、会社モードに入る為の小道具だって言われているけど、本当は違う。だって、そんなものなくったって、いつだって兄サマは社長だから。 あまりにも強すぎる光を遮る為。
大学に進学した兄サマが、笑いながらオレに教えてくれた。
叩き潰すのは簡単。それを気取らせるのは馬鹿げているって、オレでも思うぜィ。 だから兄サマは、強過ぎる目をカムフラージュした。
以前より覇気がなくなった、ってその筋で囁かれる事もあるけど、オレは知ってる。兄サマは少しも変わっていないって。 強い兄サマ。格好良くて、オレの大好きな兄サマ。
でも、本当はおっちょこちょい。今日だって眼鏡忘れてるんだから。
届けに行く、という口実ができたから、オレは会社に行く事にした。
本当は、予備なんていくらでもあるのは知っていた。ただ、オレの手で持って行きたいだけ。兄サマに会いたいだけ。 そんな事、兄サマにはばれているんだろうけどさ。
移動する間、手の中で玩んでいたオレは、ケースは見付からなかったんだ、ある事を思いついて一人で笑っていた。結構不気味なんだろうけど、運転手は兄サマで慣れた
んだろうなぁ、顔色一つ変えなかった。 直通エレベータに乗って、社長室へ。 オレだけの特権。ここへ自由に出入りできるのは。
スケジュールで会談していないのはわかっていたから中に入ったら、兄サマがパソコンに向かっていた。
ドアが開いたのはわかったみたい。でも、手は止めない。視線だけが向けられた。 「どうした……」
兄サマが固まってる。ちょっと驚いてるから、オレの目論見は大成功だぜィ。
だけど、兄サマの手を止めるつもりはなかったんだけどな。
オレだけに見せてくれる呆然とした顔。その顔を見詰めながら駆け寄ったら、やっと兄サマも笑ってくれた。
横に立つと、兄サマは手を完全に止めてる。悪い事しちゃったかな、って思ったんだけど、たまにだしなぁ。 「兄サマ、忘れ物だぜィッ」
「そうだな」 フッ、て笑う兄サマが、オレがかけてる眼鏡を取った。 「オレには似合わないね」
かけてみて一番に思った事。兄サマにはスゴク似合ってたのにさッ。 「そうでもないぞ。利発に見えたぞ」
それって、フォローになってないよ、兄サマ。普段のオレは馬鹿だって言いたいみたいで、顔がムッとしちまうぜッ。
「も、勿論、俺の弟だからな、いつも利発に見えているが、それがよりそう見えるだけで……」
慌てて訂正しようとしているんだけど、上手く言葉が見つけられなくて、焦っている顔見てたら、しかめっ面なんてできないよ。兄サマって、本当に可愛いよなぁ。
絶対に教えたりしないぜッ。オレだけの秘密なんだからな。
大好き、兄サマ。
背伸びして兄サマにキスしたら、眼鏡の奥の瞳が驚いて、次には笑っていた。
ここでするのって、大胆過ぎるかな?
少しだけ考えたけど、もっと兄さまを感じたくて目を瞑ったら、キスしてくれた。
ちょっとだけなら、いいよな。 気分転換、にはなるだろう。
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