「瀬人様、モクバ様の学校から連絡があったのですが…、」
深夜近く屋敷に戻った瀬人に、住み込みのメイドが少し申し訳なさそうに声をかけた。
「今日の身体検査で、モクバ様の体重があまりにも軽すぎるので、お医者様から注意があったとの事です…。」
「何?」
瀬人はギロリとそのメイドを睨みつけた。その威圧感に、元々申し訳なさそうだったメイドはさらに萎縮する。しかし、報告を止めるわけにもいかないメイドは、殆ど半泣きの状態ながら 「モクバ様のお体のこと、注意して差し上げてください。」
と言い、逃げるように主人の前から消えた。
モクバが倒れたのは、そのような話をした、次の日のことだった。
「お電話でも先にお伝えした通り、低血糖ですな。ちゃんと食事の面倒をみて差し上げて下さいね。」
慌てて屋敷に戻り、モクバの部屋に走った瀬人に、屋敷に呼んであった医者は告げた。
嫌味な言い回しだ、と思いながらも、何も言い返せない。 昨日の今日の出来事だけに、瀬人の後悔も一入だった。
医者の帰った後、瀬人はしばらくモクバの隣に立ちつくしていた。
だだっ広い部屋。子どもらしいものが一つも見当たらない。代わりに、書類の山だの2、3台のノートパソコンだのが、机の周りに散らばっている。
瀬人は改めてモクバを見た。若干青白い顔をしてはいるが、特に苦しそうな顔をしているわけでもない。
(モクバはこんなに小さかったか、)
瀬人は、モクバの顎に指を触れてみながら思った。普段、一人前になろうと必死に立ち振る舞う、モクバの姿が目に浮かんだ。 「モクバ、」
呼ぶ声に、モクバが薄く目を開けると、ベッド際に憮然とした表情の兄が立っていた。 「…兄サマ…、」
「何故いつもお前はそうなのだ。」
兄が普段と少し違うように見える。視線のみで見下しているのではなく、顔ごとモクバの方を向いていた。 「…ごめんよ、こうなるつもりじゃなかったんだけど…。」 瀬人はため息をついた。
「謝るな。オレの責任だ。」 「兄サマのせいなんかじゃないよ、」 モクバは慌てて抗議をした。
「オレがちゃんと自己管理してれば…」 「モクバ、」
モクバの言葉を制して、瀬人は、点滴の為に出しっぱなしにしてあったモクバの左腕を掴んだ。
「…もっと子どもらしくしていろ。オレが、お前一人護れないような人間に見えるのか、」
「兄サマ…、」
と、瀬人はおもむろにスーツのポケットに手を突っ込んで、一掴みの飴を取り出した。
「会議室にあったのでな、」
そう言いながら、まるで手品のように次々に飴を取り出す兄を見て、モクバは思わず吹き出してしまった。
「…食べるか、」
瀬人がモクバの枕もとに散らばった飴のうちの、レモン味と思しき一つを小袋から取り出し、モクバの口許に近づけた。 「うん、」 瀬人の手から、モクバはレモン味のキャンディを食べた。 「甘い…、」
モクバが瀬人の手にしがみつく。瀬人は、その手を慈しむように握り返し、ひと時、他の何でもない時間を過ごした。
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