「ねぇ兄サマ、どうしようもない役たたずな人間のこ とを『腐ったミカン』っていうんだって。知ってた?」
大きな瞳をくるんとさせて、そんなことを聞いてくるモクバに、瀬人は本から目を離さずに、ただほうっとだけ答えた。
いかにも興味なさげに。
日曜日。
珍しく瀬人は海馬邸にいた。
アールグレイの紅茶を飲みながら、最近は忙しくて読めなかった洋書を広げる瀬人の傍らで、モクバも何かの雑誌を読んでいた。
まさに優雅な午後のひととき、という感じだったのが、急なモクバの一言でがらりと空気が変わった。
洋書から目を離さずに、瀬人はそっとため息をつく。
大体この後の展開は読めていた。
「ねぇ、兄サマ?」
伺うようなモクバの口調に早速きたか、と思う。決して顔にはださなかったけれども。
「兄サマにとっては、オレも『腐ったミカン』だった?」
「・・・くだらん」
切り捨てるような物言いをするのは瀬人の癖だ。海馬コーポレーションの社員であったら震えあがるだろ
う言葉も、モクバは平気そうだった。
「何でいつもそうかなぁ・・・」
溜息をつくでもなく、苦笑するモクバに瀬人は初めて視線をやった。
「わかってるならいちいち聞くな。お前の悪い癖だぞ」
「わかってても聞きたい時があるんだよ。兄サマだっていい加減オレの性格把握してよ」
「・・・くだらんな」
「またそれ?兄サマって本とか読んでるわりにボキャブラリーが少ないよね」
「なんだと?」
たまらずムッとした瀬人をモクバは余裕の微笑で見つめいている。
(いつからこいつは、こんなに口が達者になった?)
自分の弟だから、という発想はまるでない瀬人である。
「にいさま、にいさま」と必死で追いかけてきた子供はどこに行ったのか。
子犬のようなすがるまなざしも最近では見せなくなってきている。
「だから兄サマ、答えてよ・・・」
かつてモクバだったものが、もう一度同じ台詞を口にする。
答えなどとうにわかりきったくだらない質問を。
「・・・オレは今でも、『腐ったミカン』なの?兄サマにとって」
「・・・・・・」
「どうなの?」
余裕で笑うモクバが、妙に癪にさわる。底意地の悪い奴めと思いながらも、瀬人の口からは相手をなじる言葉はでてこなかった。
その代わり、軽く溜息をつく。
「喉が渇いた」
そっけなく言ってやると、モクバは肩をすくめて苦笑してみせた。
またごまかしてと目が言っているのがわかるが、あえて無視した。
「じゃあお茶いれてくるから。その間に考えておいてよ、兄サマ!」
立ち上がって歩いていくモクバを、瀬人は憮然とした表情のまま見送る。
(腐ったミカンか・・・・)
ふと考えて、フンと鼻を鳴らした。
(オレなら腐らせることなんてしない)
そんなことをするくらいなら、いっそこの手で握りつぶしてやった方がましだから。
何も知らずに紅茶をいれているだろうモクバを想像しながら、瀬人は心の中で舌なめずりをする。
それではいつ、お前を食べてやろうか。
熟して腐ってしまうその前に、
じっくりとゆっくりとお前のすべてをものにする。
まずはその手始めにキスでもしてやろうと思った。
紅茶をいれて戻ってきたモクバが、いきなりそれを実践されて、今までの余裕さもかなぐり捨てて真っ赤になって焦るのはまだちょっと先の話だ。
終わり。
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