明日…明日にこそは終わらせなければならない…
だが、それを前にすると心が…決心が揺らいでしまう。 1週間前、突然の事故で風のように消えた存在。
守りたかった魂。何よりも恋しかったぬくもり。 なのに… もう何処を探してもそれはない。
海馬邸にある冷たい地下室。おそらく、屋敷にいる人間は誰も知らないだろう。 そこに、その存在は眠っている。
重い扉を開け、薄暗い階段を降りる。
綺麗に眠る最愛の存在に会いに行くために。一歩一歩降り、その扉を開ける。
保存状態は悪くない。ゆっくりとその眠っている存在に向かって歩く。 静かな空間に足音だけが響く。
今にも目を開けそうな顔にそっと近づく。もう、この名を笑顔で呼んでくれる事はないだろう。その顔にさらに顔を近づけ、唇を重ね合わせる。 何の反応もない哀しいくちづけ。 「これで…最後だ。明日にはお前を自由に…」
言葉は続かなかった。そのまま、部屋を出て自室へと戻る。 長い指でネクタイをはずし、ベッドに体を預ける。
(モクバ…) 心の中で名を呼ぶ。返事がないのは分かっている。 きっとこの名を呼ぶのはこれが最後だろう。
明日にはモクバを自由にする。そして自分は何も感じず、この世界で生き続けるのだろう。 モクバのいない世界で…
だから、今夜だけはこの名を呼ぶ。明日には自分の心を閉ざすのだから。 そんな今夜は、決戦前夜と呼ぶに相応しいだろう。
瀬人にとって、今まで経験したどの決戦よりもつらく哀しいもの。 「モクバ…」 その言葉の先は深い闇だけが残った。
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