お題(『彼』)
みかりん様



『彼』




「フフフ・・・・今日は久しぶりにモクバと一緒に夕食だ」
 瀬人はそうつぶやくと、海馬邸へ向かう車の中で口端に笑みを浮かべた。
 モクバと一緒に夕食を食べるのは一ヶ月ぶりだった。海馬コーポレーション内で顔を合わせる事もあるが、出張や外出で食事は一緒にとれなかった。
 瀬人が海馬邸へ帰るのも深夜。モクバはいつも寝ている。モクバの寝顔を見れるのはそれなりに満足感を感じるが、やはり家に帰ると同時に「お帰りなさい、兄サマ!!」という声と笑顔以上のものはない。
 瀬人は今、頭の中でモクバの姿を想像し、非常に上機嫌だった。

 海馬邸に瀬人は着いた。だが、モクバの姿はなく、キッチンにいることを聞いた瀬人はキッチンに向かう。
 キッチンにはモクバとメイドがいた。そして、モクバの言葉にまるで落雷にあったような衝撃を受ける。
「どうしよう・・・オレ・・・『彼』・・・・好きなのに・・・・」
 という言葉に。

(何だって!?モクバに好きな奴が!?しかも、あ・・・相手は男だと!?)
 瀬人の頭の中は真っ白になる。髪も白く・・・はならなかったが、それほど強い衝撃だった。
 確かにモクバはたまに女の子と間違えられるほどかわいい。その愛くるしさを見たいが為にいつも自分のそばにいさせた瀬人だった。
 だが、モクバに好きな人がいただけでもショックなのに、その相手は男ということに驚きを隠せない。
(相手は誰だ・・・・オレの知っている男か!?まさか遊戯じゃあるまい!!・・・いや、まてよ・・・もしかして凡骨か!?ゆ、許さん!!)
 瀬人が近くで聞いていると思っていないメイドとモクバは会話を続ける。
「でもモクバ様。あきらめた方がよろしいかと・・・・」
「そんなことできないぜい!!だってオレ・・・オレ・・・どうしても『彼』の味が忘れられない・・・オレ、もう『彼』の虜なんだ!!」

(『彼』の味だと!?まさかモクバ、その男と不純異性交遊を!?・・・・いや、この場合同性か・・・と冷静になっている場合ではない!!ク・・・モクバの最初の男はこのオレと狙っていた・・・先を越されたか?ち、違う!!そうじゃない!!モクバはまだ小学生だ。オレはそんなふしだらな弟に育てた覚えはない・・・それにお前は未成年だぞ!?)
 いつも冷静な瀬人だったが、パニックのあまり支離滅裂な思考となっていた。しかも自分も未成年なのにモクバを狙っていたことをすっかりどこかにおいてしまった瀬人は、怒りのあまり思わずモクバの前に飛び出した。
「モクバ!!」
「に、兄サマ!?」
 予想外の瀬人の登場にモクバは驚いた。
「兄サマ、もしかして今の・・・聞いてたの・・・・?ごめんなさい、兄サマ。オレ・・・」
「ク・・・オレは許さんぞ!!相手は誰だ・・・遊戯か、凡骨か!?それともオレの知らない奴か!?」
 キョトンとあどけない表情でモクバは瀬人を見つめた。
そのあどけなさはますます瀬人の怒りに火をつける。
「お前がさっき言っていた『彼』のことだ。そいつを好きなのか、モクバ!?」
「『彼』・・・?好き・・・?あ・・・そうか・・・」
 急にモクバはケラケラ笑い出した。
「何が可笑しい!?」
「ち、違うぜい、兄サマ・・・『彼』じゃなくて『カレー』。カレーライスだよ。ほら、今日兄サマと一緒に食事でしょ?オレこの前食べたカレーライスを兄サマと食べたくて作ってたんだ。でも焦がしちゃって・・・ごめんなさい」
 モクバはしょぼんとなる。
「せっかく兄サマにオレの手作りカレーをご馳走しようと思ったんだけどね。・・・でも兄サマ、オレに好きな人ができたと思ったの?オレ、兄サマ以上に好きな奴なんていないぜい」
 そう言い、にっこりとモクバは笑った。
 聞いてるほうが恥ずかしくなる『好きな人』という言葉をあっさりとモクバは口にする。それがモクバのかわいいと思える所でもあり、照れながら言ってほしいとも思う瀬人だった。
「・・・・・・・」
 脱力感を感じつつ、瀬人はカレーの入っている鍋に向かって歩き、カレーを見る。モクバは焦がしたと言うが、表面はおいしそうなカレーだ。
 そしてモクバの自分に対する言葉のお返しとばかりに言う。

「フン・・・お前の気持ちの入っているカレーだ。どんなものでも美味い」

 かあっと赤くなるモクバを見て勝った!!と思った瀬人だった。
 だけど。
「兄サマ!!」
 モクバはそう叫び、瀬人に抱きつく。
「オレ・・・・世界で・・・ううん、宇宙で一番兄サマのこと大好きだぜい!!」
 満面に笑みを浮かべるモクバ。
 思わず瀬人の顔はほころんだ。
(お前にはかなわないな・・・・)
 そう思う瀬人であった。
 夕食前でお腹がすいているはずの瀬人だったが、モクバの笑顔を見ただけで満腹感を感じ、精神的にも満たされていった。

 その後の夕食はモクバの手作りカレーライスだった。
 味のよしあしよりも、目の前で嬉しそうに話すモクバを見ると、それだけで満足な瀬人だった。


END

 



 コメント

  モクバを溺愛するあまり『彼』と『カレー』を聞き違える兄サマ(笑)。こういう兄サマは書いてて楽しいです。

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