ある日の朝、瀬人とモクバは供に食事をしていた。
「ねぇ兄サマ・・・オレ前からずっと聞きたいことがあったんだけど。」
「オレの気持ちか?言うまでもなくオレの心はすべてお前の物だ。」
「そーじゃなくて・・・。兄サマがいつも持ってるジュラルミンケースの中には何が入ってるの?」
瀬人はモクバの疑問を聞いた途端、コーヒーカップの取っ手を握り潰した。
床に落ちて粉々に割れたコーヒーカップを、メイドがさっさと片付ける。
「・・・モクバ。最近日本の株価は下がる一方だなぁ。」 「イキナリ話題変えないでよ!
オレは兄サマのジュラルミンケースの中が知りたいの!」 「・・・モクバ・・・。」 瀬人はあからさまに困った表情を作る。
彼がこんなに困った顔をするには遊戯によるマインドクラッシュの眠りから覚めた時その傍らにモクバがいなかった時以来であろう。
「ねーっ!見せてよ兄サマ!お願い!」 「・・・・・・。」
「兄サマってばオレに隠し事するつもりなの!?ヒドイよ!」
いつもは瀬人だけには我侭を言わないモクバも今日は妙に粘る。
しかしそんなモクバの“お願い☆”“上目遣いで涙目”に屈しない瀬人は更に妙だ。
普段ならば彼のプライドの牙城はとっくに打ち崩されていた。
なのに今日は頑固として、愛しい弟の望みを拒否し続ける。
「もうイイ!兄サマのバカ!!」 「モクバ!!」 とうとう食事を止めて走り去ってしまったモクバ。
しかしそんな彼を心配そうな眼差しで見詰めながらも追い駆けない瀬人。
その場にいたメイド達は彼等兄弟の見たこともない遣り取りに右往左往するばかりだった。
何故、瀬人がジュラルミンケースを見られることをそこまで嫌がるのか?
それはこのケースの中身にある。
バトルシティ開催時までは確かにパソコンとカードが入っていた。
しかし今現在、それらはケースから取り除かれている。 それでは今、ケースの中には入ってる物とは・・・。
「許せ・・・モクバ。」 瀬人は自室で項垂れていた。
彼のデスクの上には問題のジュラルミンケースがの置いてある。
一見、少々大きめでかなり頑丈に作られている以外は何の変哲もない鉄の箱
しかし持ち主以外が開けようとすると高圧電流が流れることは余り知られていない。
ちなみにその電流は容赦なく十万ボルトに設定されている。
「これを・・・これを見られる訳にはいかんのだ・・・。」
瀬人は何やら独り言を呟き、溜息を繰り返している。。
そして意を決したようにその固く閉じられた蓋を開けようとした。
その時だ。 ガチャッ 「兄サマ・・・。」 「モ、モクバッ!?」
突然のモクバの訪問に大慌てでジュラルミンケースを背後に隠す瀬人。 「兄サマ・・・今、何か隠さなかった?」
「き、気のせいに決まっている!そ、それより何か用かモクバ?」 「あっ、うん。さっきのことなんだけど・・・。」
「くっ!愛しいお前の頼みでもケースの中身だけは・・・。」 「そのことなんだけど・・・ごめんよ兄サマ!!」
「・・・は?」
またジュラルミンケースの中を見せろ、とせがまれると思っていた瀬人は謝罪をしながら頭を下げるモクバに呆気に取られ口を大きく開けたまま硬直。
しかしそんな間抜けな表情をいつまでも曝している瀬人ではない。
モクバが頭を上げる前にいつものポーカーフェイスに戻したのだった。 「・・・どうゆう意味だ?」
「オレ、ワガママ言って兄サマ困らせちゃったよね!?」 「別に。気にもしていなかったぞ。」
瀬人は王者の風格たっぷり言い切った。
彼には決闘王の称号よりも法螺吹(ほらふき)王の称号を与えたい。
「オレの方こそ意地なってしまった。済まなかったな。」
この男が謝罪の言葉を口にするのはこれが生まれて3回目である。
前の2回もすべて弟のモクバに対して向けられた物であった。
つまり瀬人はモクバ以外の人間に謝ったことなどないのだ。
「兄サマは悪いことしてないんだから、謝らないでよ。」 「いや、お前の気を悪くしただろう。」
「そんなことないよ!兄サマとお喋りしてるだけでオレはとっても楽しいもの!」 「モクバ・・・。」
瀬人は感動の余り号泣寸前だが、気合でポーカーフェイスを保ち続ける。
「オレ、もうケースの中見たいなんて言ったりしないぜぃ!」 「・・・それは有り難い・・・。」
「・・・だ、だからオレのこと嫌いにならないでね?」 「・・・・・・・・・。」 そんな某金融会社のチワワの様な・・・
いや!それ以上に愛らしいその目でそんな風に見詰められたら!
と、心の中で悶える瀬人だがやはり表面上はポーカーフェイス。 「嫌いになどなるものか!愛しているぞモクバ!!」
しかし表情は冷静でも言ってることは、イっていた・・・。
そしてその言葉にパアッと大輪の花の様な笑顔を咲かせるモクバ。 「オレも兄サマ大好きー!!」
両手を広げた瀬人の胸に飛び付くモクバ。 幸せを噛み締めて抱き合う二人に言葉などいらない。
瀬人とモクバはこのまま一日中、メイドが夕食の準備が出来たと呼びに来るまで抱き締め合っていた。
今日行われるはずだった重要な会議のことも忘れて・・・。 結局、ジュラルミンケースの中身は判らず終いであった。
しかし瀬人は最近、執念深いストーカーの心理が良く判るとか・・・。
そしてモクバが使った食器や服が時々、訳もなく消えているとか・・・。 これ以上は何かが恐ろしいので何も語らずにおこう。
いや、知らない方が良いのだ・・・永遠に・・・。
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