「兄サマ、誕生日おめでとう。これバースディ・ケーキだぜぃ」
うっとうしいパーティが終わり、自室に戻ると、ケーキだと言ってモクバが差し出してきたた物は………どう見ても花だった。 「これは……バラだよな……?」
疑問形になってしまった。
大きなバラの花束。モクバが両手で抱えなくてはならないほどだ。赤バラとオレンジ色のバラが半々だが、普通のバラよりも花形が小さいので、かなりの本数なのだろう。しかし断じてケーキには見えない。
「うん、でもバラはバラでもこれはショートケーキなんだぜぃ」
「何を言ってる。ショートケーキというのは苺の乗った洋菓子のことだろう」
そう言うと、モクバはその言葉を待っていましたとばかりにいたずらっぽく笑った。
「でもそうなんだ。このバラの名前、ショートケーキっていうんだ」 「ああ、そういうことか」
バラの品種は何万種類とある。中には珍妙な名前のバラもあるだろう。
「ほら、このバラの花びら。表は赤いのに、裏は白いだろ? そこから名前が付けられたんだ。苺の赤と生クリームの白ってことなんだ。こっちのはオレンジショートケーキ。こっちのも裏は白いんだ」 「なるほどな」
モクバは俺が知らないことを、自分が教えられるというのが嬉しいらしく、楽しそうに話し出した。
誕生日プレゼントに何を送ればいいのか散々悩んだこと、ネクタイピンやカフスボタン、スーツやネクタイなどを考えたが、どうも納得できなかったこと。
そして遊戯と城之内に相談したこと。 「凡骨にだと?」
「うん、一生懸命考えて、心と気持ちがこもっているものが一番だって。それに後に残らず消えてしまうもので、心に残る物がいいんだって」
俺の声色が変わったのを、モクバは気づかなかったようだ。しかしまあ、凡骨にしてはまともなアドバイスだ。
今日の俺の誕生日は、取引先などを集めてのかなり盛大なものになった。
海馬コーポレーションと誼を通じたい者達。露骨な追従を顔に貼り付け、祝いの言葉を述べる奴ら。俺との政略結婚を狙う親達に唆された、女どもの秋波。その女どもの中には、よりにもよって、モクバに狙いを定めていたガキまでいた。(幸いモクバはまったく気付いていなかったが)
そして彼らは皆、高価な「誕生日プレゼント」なる物を持ってくる。
宝石、骨董品、有名画家の絵画、彫刻……。さらには露骨に株券を「プレゼント」してきた輩もいた。
それら「プレゼント」は、屋敷の一角を飾り、壁を飾り、俺の身を飾り、俺の富を増やす。しかし俺はしばらくの間、それらの物を見るたびに、奴らの追従笑いやおべっか使いの言葉をいやおうなく思い出すという訳だ。いまいましい。
その点、形の残らないものはいい。目の前に現物が無いのだから、たとえそれに嫌な思い出があるとしても、思い出す確立は低い。
この花は、しばらく俺の部屋を飾っても、やがては萎れて枯れ、廃棄される。そして残るのは俺の心の中だけだ。
「兄サマ甘いもの苦手だから、今までケーキなんかほとんど食べたことないだろ。でも、このショートケーキなら兄サマも大丈夫だし、洒落も効いてるかなって思ってさ。えへへ、これでも結構考えたんだぜぃ」
照れくさそうに言うモクバから花束を受け取った。
しかしモクバからのプレゼントがバラの花とは、何とも気恥ずかしい。まあ、こいつは名前が面白いというだけで、選んだのであろうが。
名前を知ると甘いバニラの匂いでもしそうだが、香りはあまりしない。むせ返るような香気が苦手な俺には、好感の持てる花だ。
「お前からのプレゼントなら、俺はどんな物でも嬉しいぞ」 その言葉は偽りではない。
例えば海馬家に引き取られ、義父に帝王教育を詰め込まれ心身共にボロボロになっていた時期。ここに来て初めての俺の誕生日に、その頃俺となかなか会うことの出来なかったモクバは、使用人に俺へのプレゼントを託してきた。
それはモクバが集めたのであろう、M&Wのカード10枚ほどで、俺がデュエルで使用することなどない、レベルの低いカードばかりだった。
しかしたった一枚、裏が白紙のカードに、幼いモクバが拙いながらも、クレヨンでブルーアイズを描いていたのだ。
あの一枚のカードに、どれだけ気力を奮い立たせられただろう。
その頃俺は、義父を憎み、俺の犠牲のおかげで安穏と生きているモクバをも憎みかけていた。海馬家の養子になると決めたのは自分だったにも関わらず、この試練を乗り越える糧に、モクバを憎むという道に逃げ込もうとしていたのだ。
しかしそれはとんでもない誤りであることを知らしめ、失いかけていた俺の心を、そのたった一枚のカードが取り戻してくれた。
「兄サマ今日の誕生日に沢山のプレゼント貰ったけど、俺のもなかなか面白くていいだろ!」
自画自賛して、満面の笑顔で笑っている。
乃亜とのデュエルの時、切れかけていた俺達兄弟の絆は、六年以上も前の、あのブルーアイズのカードによって修復された。
この花も、いずれは二人の思い出となり、モクバとの絆を繋ぐ一本の糸となるのだろうか。
「兄サマ、このショートケーキ、遊戯達が言ったみたいに、兄サマの心に残りそう?」
「ああ、ショートケーキというモノに、生まれて初めて好感をもったぞ」 「あはははは」
モクバを守り、そのために全ての闘いに勝つこと。
これは俺の義務ではない。大いなる特権だということを、今の俺は知っている。その特権こそが、俺を前に進ませ、闘いに臆することも怯むことも無い俺自身を作り上げてきた。
「来年のお前の誕生日のケーキはショートケーキにするか?」
「うーん、ショートケーキよりもチョコレートケーキの方がいいや」
週に二度はチョコレートパフェを食っている奴だからな。
しかし困った。次のモクバの誕生日までに、この花ほどにモクバの心に残るものを、俺は考え付くだろうか。
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