お題(日付変更線)
鬼灯杏様 (悪戯王〜TRICK-KING〜)



日付変更線




  もうすぐ飛び越える。
 
 
  昨日と今日と明日の境目。
 
  飛び越えたら、兄サマに少しでも近づける?
 
  時間だけ近づいても意味はない。
 
  分かっていても、ドキドキが止まらない。
 
 
  もうすぐ飛び越える。
 
 
 
 
  ―――日付変更線
 
 
 
 
 
  0時の鐘が鳴って、同時に電話のベルが鳴った。
 
  いつもはメイドが取り次ぐその電話を珍しく、俺が直で取った。
  予感があった訳ではないんだけど……。
 
  「はい、海馬です。」
 
  俺の声に、電話の向こうで驚きに息を飲むのが分かった。
 
  「……モクバか?」
 
  耳元に、低い兄の声が流れる。
 
  「そうだよ。」
 
  俺は、目を閉じた。
  兄の声だけに意識を集中させたくて……。
 
  「珍しいな、お前が直接電話を取るなんて。」
  「そうだね。」
 
  後で分かったのだが、メイドが気を利かせたらしい。
  日付と時間的に、兄サマから俺への電話だと思って。
  でなければ、俺が取るより先にメイドが取っていたはずだ。
  俺はその話を聞いて納得した。
 
 
  「誕生日おめでとう……モクバ。」
 
 
  一呼吸おいて兄サマがそう告げた。
 
  いつもより優しい声色に聞こえた。
  姿が見えないからそう感じたのかも知れない。
  いや、俺の願望も混じっているのかも。
 
  「うん。ありがとう兄サマ。」
 
  俺は少し俯いて答えた。
 
  「すまんな、本当なら一緒にいてやりたかったんだが……。」
  「しょうがないよ、仕事なんだもん。今が大事な時期だって俺だって分かってるよ。」
 
  兄サマは世界海馬ランド計画の為に今NYにいる。
  俺はそのサポートの為、日本に残った。
  今までどんな時でも一緒に行動していたが、この計画を実行するようになってから
  徐々に別行動をすることが多くなってきた。
  兄サマは俺を一人にしてしまうことを申し訳なく感じているようだが俺は仕事を任せてくれることが嬉しかった。
  後ろをついて回るより、隣に立っている感覚がするからだ。
  兄サマの役に立ちたいと、兄サマの背中を追ってきたけど離れたところにいる方が隣にいる気がするってのは変なものだよな。
  まあ、顔が見れなくて寂しいって気持ちがあるのも事実だけど。
 
  「仕事は?順調?」
  「ああ、数日には帰国できるはずだ。」
  「ホント?空港まで迎えに行くね!」
 
  受話器の向こうから兄の笑みが零れた。
  すごく微かだけど……。
 
  「モクバ、お前…何か欲しいものはあるか?」
  「え?」
  「誕生日プレゼントだ。」
  「ああ。」
 
  兄サマの問いに俺は困った。
  特に欲しいものなんて無い。
  兄サマがくれる物はなんでも嬉しいんだけど……。
 
  「じゃあ、なんか仕事が欲しいな。」
  「仕事?」
  「うん、大きな仕事が良い。ハードで大変なヤツ。」
  「それの何処がプレゼントだ。」
 
  兄の呆れた声が可笑しかった。
  俺は思わず軽く笑った。
 
  「何がおかしい?」
  「ううん。俺にとっては最高のプレゼントだけどな。俺ならそれが出来るって兄サマが認めてくれてる証になるから。」
  「お前の能力なら俺はとうに認めている。」
  「でも、俺には俺がどの程度なのか分からないんだ。」
 
  俺はコードレスの受話器を持ってバルコニーに出た。
  夜空に浮かぶミルキーウェイ。
  宇宙を分ける境界線のようだ。
 
  「知りたいんだ……俺がどれだけ兄サマの役に立つ存在なのか。」
 
  夜風が頬を撫でた。
  昼間の蒸し暑さが嘘のような涼やかな風だった。
 
  「お前は俺の役に立つことしか考えんのだな……。」
 
  兄サマの声が呟くように零れた。
  俺は受話器を持ち換えた。
  押しつけていた耳がはがれる感触がした。
 
  「いけない?」
  「いや……だが、もっと自分の為だけに生きてもいいんだぞ?」
  「分かってないな〜兄サマ。」
  「?何がだ。」
  「俺はもう十二分に自分の好き勝手してるよ。」
 
  沈黙が兄の混乱を如実に伝えた。
  ホント、分かってないんだから。
 
  「そろそろ日本は夜中の1時じゃないのか?」
  「あ、ホントだ。」
  「もう寝る時間だぞ、モクバ。」
  「うん。」
 
  俺はバルコニーから自分の部屋に入り、ベットに腰掛けた。
 
  「日本で1時だから、兄サマの方は今7月6日の午前11時だね。」
  「ああ。こっちはこれから会議だな。」
  「仕事中にありがとうね、兄サマ。」
  「お前こそ、寝ているところを起こしたのではないのか?」
  「ううん。」
 
  思わずベットの脇に置かれた目覚まし時計に手を伸ばした。
  その文字盤を指でなぞる。
  兄サマと俺の時差の分だけ。
 
  「ねえ、兄サマ……気がついた?」
  「ん?」
 
  不意をつかれた兄の返答は、喉にかかって少し掠れていた。
 
  「これから数ヶ月、俺と兄サマの年の差は4歳なんだよ。」
  「それがどうした?」
 
  なんだ…といった感じの兄の声。
  俺にとっては結構大事なことなんだけどな〜。
 
  「そして今、もう一日縮まってる。俺の方が一日早い時間にいるからね。」
 
  俺の嬉しげな声に、兄サマはヤレヤレと吐息を零した。
 
  「だが、それ以上は縮まらんぞ?」
 
  興を交えた兄の声に、俺は受話器をギュッと握った。
 
 
  「縮めるよ。」
 
 
  俺は宣言していた。
 
 
  「いつか、日付変更線も飛び越えて、もっと兄サマの近くに行くよ……必ず。」
 
 
  自分でも驚くほど強く。
 
 
 
  受話器の向こうの沈黙。
 
  静寂が、俺達の回線を支配していた。
 
 
 
 
 
 
 
  「………楽しみにしている。」
 
 
 
 
 
  ややあって、兄の返答が流れるように響いた。
 
  俺は、何かが込み上げてくるのを抑えきれなかった。
  胸の当たりが、熱く、熱く、焼けるように熱く締め付けられる。
 
 
  「その前に、今夜はもう寝ろ。」
 
  「うん……。」
 
  「おやすみ、モクバ。」
 
 
  俺の挨拶を待たずに電話は切れた。
  ツー…ツー…ツー…と電子音を聞きながら、俺はしばらく動けなかった。
 
  兄サマは、俺の宣言を馬鹿馬鹿しいと笑わなかった。
  待っているとも言わなかった。
 
  何かを認められた気がした。
 
 
  「いつか、兄サマの隣に立ってみせるから。」
 
 
  俺は受話器を置いた。
 
 
  自分の力で兄の隣に立つことが出来たら永遠に一緒にいられるような気がする。
 
  そんな保証は何処にもないけど、それはやけに確信じみていた。
 
 
  それまでは………。
 
 
 
  おやすみ、兄サマ。
 



 
 

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 コメント

 予約してから随分間が空いてしまってすいません。このお題を見た時から誕生日ネタが速攻浮かびました。
  7/7はモクバ君の誕生日ってことで7/7に合わせて投稿しようと思ったのですが、当日に投稿してちゃ駄目ジャン(^^ゞ
  私は男前なモクバ君が好きなので、ついついそんな傾向で書いてしまいます。
  そのせいか、セトモクってよりモクセトっぽく見えてしまって申し訳ないですm(__)m
  そして、瀬人さんが別人で申し訳ないですm(__)m
  モクバ君好きとして、どうしても参加したかったこの企画、末端に名前を連ねることが出来て大変光栄ですvv
  素敵な企画を立てて下さってありがとうございました!

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