兄サマ。あなたがこれを読んでるということは、オレは死んだということですね。果たしてこんな手紙でオレの心をキチンと伝えられるか自信がないけど、どうしても伝えたいこと、わかってほしいことがあるので書きます。読んで、不要だと思ったらさっさと捨ててくださいね。
まず、お礼を言わせて下さい。
あなたの弟でいられて幸せでした。でも兄サマは、オレが弟だったせいで決して幸せではなかったかもしれないと思うと、オレの心は兄サマに対する申し訳なさで一杯になります。オレがいたせいで、あなたがどれだけ余分な苦労をしなければならなかったか。オレの存在が、どれだけあなたの自由を狭めてきたことか。本当にごめんなさい。でもそんな申し訳なさを感じながらも、兄サマの弟でいられることがこの上なく幸せで、オレは結局最後まで兄サマを束縛してしまいました。我儘な弟でごめんなさい。
・・あれ、お礼をきちんと言ってから謝ろうと思っていたのに、先に謝ってしまいました。作文、あんまり得意じゃないから許してね。
そう、次にオレは兄サマに謝らなくちゃいけない。
病気のことがわかった直後に黙ってあなたの前から姿を消したのは、深く物事を考えて決断した結果ではなかったので、結局兄サマにも小父さんにも思いっきり迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい。実は一段落ついたあとで小父さんに言われたんです。
『君の行動が絶対に間違っていたと断罪する資格は僕にはないけれど、僕には正しい行動だったとは思えない』
って。兄サマ、こればっかりはあなたにしか判らないことだけど、確実に死に近づいてゆくオレを目の前で見続けることと、無断でオレが姿を消すことの、どっちがマシだった?
結局小父さんがあなたに会いに行って、オレの居場所が兄サマにバレてしまったけれど、こんなオレの看病のためにあなたの貴重な時間を潰してしまうぐらいなら行方不明のままのほうが良かったんじゃないか、ってちょっぴり思ってしまうんです(小父さんはそんな考え方が気に入らないみたいだけど)。迎えに来てくれた兄サマに
『死ぬ最後の瞬間までオレと一緒にいろ』 って言ってもらえて、オレは心底嬉しかったけど、兄サマにとってそれで本当に良かったのかな?って心がチクチクしてる。
オレは本当に、あなたを苦しませるのがイヤだったんです。こんな病気になるんだったら、いっそオレが病気になっても兄サマは全然気にかけないぐらい不仲な兄弟だったら良かったのに、って思ったくらい。でも一度小父さんにそう言ったら、大泣きされてしまいました。なんでかな、あの人ってばすぐ泣くよね。オレを見てると、昔死んでしまった自分の弟のことを思い出すって言ってたけど、ちょっと泣きすぎだよね、大人のくせに。あ、そうそう、一度も口に出さなかったけど、オレ最初にあの人を見た時、なんか兄サマに似てるなって思ったんだ。だから、駅を出たところでボーッと突っ立っていたオレに声を掛けてきたあの人に、誘われるまま付いていっちゃったんです。目の色も髪も色も違ってて、同じと言ったら背が高いことぐらいなのに。後で兄サマに
『むやみに他人を信用するな!』
って怒られたとき正直に理由を言えなかったのは、兄サマと小父さんが似てるなんて言ったら2人に思いっきりバカにされそうでイヤだったからです。バラしついでに言っちゃうけど、最初は小父さんのこと、誘拐犯かなって思った。オレの身元を知っていて、兄サマに身代金を要求するつもりなのかな、って(あ、このことは小父さんには絶対内緒だよ!)。でもなんか兄サマに似てるって思ったら、誘われるまま付いて行っちゃったんだよね。ごめんなさい、バカな弟で。だけど結局いい人だったから、結果オーライということで勘弁してください。
死んだ弟に似てるっていうだけで、見ず知らずの子供にそんなに親切にするのって変だけど、小父さんにもなんだか辛い過去があるみたいでした。オレが一度、どうしてオレ達にこんなに親切にするの、って訊いたら、
『君達兄弟に関わることで、自分がかつて失ったモノを取り戻そうとしているのかもしれない』 って言ってた。
『実際には取り戻せないことも、頭では理解できているんだけどね』 とも。でね、そう言った時の小父さんの顔があんまり淋しそうだったから
『オレなんかで、小父さんの心の空白を埋める役に立てるんだったら、お安い御用だよ』 って言ってあげたんだ。そしたらあいつ、
『そんなこと、君のお兄さんの前では絶対言わないでくれよ。僕が殺されるから』 なんて笑ったんだぜ。
ねぇ兄サマ、これはオレの勝手な想像だけど、小父さんは自分の弟が死んだことにすごく責任を感じていて、加えてなぜか兄サマに自分を重ねて見ているんじゃないかな。
でもだとしたらちょっと腹が立つ。オレの死は兄サマには全然責任の無いことなんだから。それどころか、兄サマが今日までオレのために払ってきた犠牲を考えたら、オレの方こそ
『最後まで役に立てない弟でごめんなさい』
って、マジで100回ぐらい謝らなきゃいけない。もちろんオレだって、好きでこんな病気になったわけじゃないけどさ。
兄サマ。オレは本当に、どうすれば一番あなたに負担をかけずに死ねるのかわからなかったバカ者です。でもそんなバカな弟の、唯一にして心からのの望みはただ一つ。
あなたの幸せです。
小父さんは、兄サマを信じろと言った。死ぬ最後の瞬間まで一緒に居ろと言ったあなたの言葉を信じろと。でも、そう言ってくれた兄サマを信じたら、オレが死んだあと兄サマはどうなるのか急に不安になってしまったんです。人の心配をできる立場か!って怒られそうだけど、小父さんを見ていたら、本当に辛いのは死ぬ人よりも残される人の方なんじゃないかって思えて。
だから兄サマ。長い手紙になったけど、最後に、オレの最後のお願いを言ってもいい? どうか、どうか、幸せになってください。
オレの記憶がその妨げになるのなら、すぐにオレのことを忘れて。 でももしオレのことを忘れないというのなら、必ずこのことも憶えていてください。
オレはあなたの弟でいられて幸せでした。 オレの兄サマでいてくれて、本当にありがとう。
オレは、あなたがそう望んでくれるなら、いつでもあなたの側にいます。
オレは多分、最後はしゃべることも身動きすることも出来なくなって死んでゆくだろうから、まだ指が動く今のうちにこの手紙を書いて、小父さんに預けておきます。あんまり自信ないけれど、この手紙が少しでも兄サマの心を慰めるお役に立てれば幸いです。
大好きな兄サマへ。あなたの幸せな弟、モクバより。
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