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「少林サッカー  先行オールナイト舞台挨拶」(2002.5.25)
  「食神」(1996年)以降の星馳はヒット作に恵まれず、一部の香港マスコミから「落ち目の周星馳」などと書かれたこともありました。しかし、2001年夏休みに香港で公開された「少林足球」は記録的な大ヒットを収め、「喜劇王・周星馳ここにあり!」というアピールになりました。私も香港で「少林足球」を見ましたが、有無をも言わさないギャグの連続に地元の人たちと一緒になって大笑いしました。
  そして、2002年の香港電影金像奨では「少林足球」が最佳電影、周星馳が念願の最佳導演、最佳男主角、「鉄の頭」を演じたベテラン俳優・黄一飛が最佳男配角を受賞するなど、主要部門の賞を独占しました。周星馳が最佳男主角を受賞したのは本当に嬉しかったですね。コメディはなかなか賞に結びつきにくいので、周星馳がこの賞を獲るのは正直言って難しいと思っていました。「「少林足球」で獲れなかったら、星馳にはもうチャンスは無いかも」とまで思っていたのです。

  香港で大ヒットしたことで、「少林足球」は「少林サッカー」のタイトルで日本公開されることが決まりました。実は香港電影金像奨の前に(2002年3月)、星馳は「少林サッカー」のPRのために来日しました。しかし、日本での知名度がまだ低かったせいか、成田空港で星馳を出迎えたファンは私を含めてたった5人しかいませんでした(^_^;)。このときは正直言って「こんなにファンが少なくて「少林サッカー」は日本公開して大丈夫かなぁ」と思いました。
  その後、4月に九段会館で行われた「少林サッカー」試写会を見に行きました。平日の夜でしたが、約1000人入るホールはほぼ満員でした。場内にいるのは会社員、カップル、子供連れなど普通の人(笑)が沢山いたので、「この人たちにウケるかしら?」と何故か私がドキドキしてしまいました(^_^;)。上映が始まると最初は静かだった客席も次々に繰り出されるギャグの連続に次第に笑いの渦に巻き込まれていきました。上映が終わったときに客席から拍手が起こったときに、私はひとりでジーンとしてしまいました。帰るときも周りの人たちが口々に「面白かった!」と語り合っていたので、「これなら一般公開しても大丈夫かな」と安心しました。

  「少林サッカー」は様々な雑誌に紹介され、試写会での評判も良く徐々に話題になって行きました。あちこちに映画のポスターや看板が出てTVスポットも頻繁に流れるようになったので、私は不思議な気持ちで胸が一杯でした。全国の松竹・東急系で6月から公開されることも決まりましたが、なんと公開1週間前に先行オールナイトが行われることになり、星馳はじめ出演者が渋谷東急、新宿東急で舞台挨拶をすることが発表されたのです。星馳が日本で舞台挨拶をするなんてめったにない機会ですから、私は友人2人と一緒に渋谷東急へ行きました。
  私たちはそんなに気合が入っていなかったので上映開始4時間前ぐらいに映画館に着きましたが、既に階段には長蛇の列が出来ていました(^_^;)。しかし、渋谷東急は器が大きいので開場してからダッシュしたら、あっさりど真ん中の前から7〜8列目に座ることが出来ました。渋谷東急は上映前に舞台挨拶があるということだったので、私たちはその時を待ちました。そして、とうとう出演者が舞台上に姿を現しました。

  最初に姿を現したのは星馳と趙薇(ヴィッキー・チャオ)でした。2人に対して場内からは大歓声が起こりました。もちろん私も「星爺!」と連呼していました(笑)。

  2人の後に田啓文(「鋼鉄の肌」)、林子聰(「軽功」)、陳國坤(「魔の手」)の3人が登場しました。星馳は日本語で「ミナサン、コンバンワ。チャウ・シンチー デス」と挨拶し、他のメンバーも日本語で紹介しました。陳國坤のことは「ブルース・リーサン デス」と紹介し場内の笑いを取ってました(笑)。

  メンバー紹介の後、星馳の挨拶があったのですが(もちろん広東語)、通訳を意識してか割とゆっくり話してくれたので、私でも聞き取れる箇所が幾つかありました(完全に理解できないのが情けない(^_^;)。渋谷東急は約800名の観客を収容できますが、満席の場内に星馳も嬉しそうでした(*^_^*)。通訳の女性の方はよく見る方ですね。2001年に華仔が「ファイターズ・ブルース」のPRで来日したときも通訳をしておられました。

  星馳の後は趙薇が北京語で挨拶をしました。この時の挨拶で「皆さん、私の姿をよく覚えていてください。この映画の中での私は全く違う姿をしているので、気づかないかもしれないからです」と語ったので、場内からは爆笑が起こっていました(DVDや試写会で見た人が多かったのかも)。ちなみに彼女が着ているワンピースは来日してから渋谷で買ったものらしいです(笑)。

  この時の司会者はやたらとワールドカップの話を振っていて、私たちは「もっと映画のことを聞けよ!」と密かに文句を言ってました(^_^;)。星馳は真面目に答えていて、「日本の選手では中田英俊を応援している」と言ってました。「中田英俊」は発音で分かったので、この時は広東語をやっていて良かったと思いました(笑)。でも、ヒデを応援する割には「優勝するのはアルゼンチンだと思う」と言ってましたけどね(^_^;)。

  舞台挨拶が終わってから「少林サッカー」の上映が始まりましたが、お客さんのノリが良くてギャグの連続に爆笑が巻き起こっていました。一般公開の初日がちょうどワールドカップ開幕に重なり、「少林サッカー」もワールドカップ・ブームに乗って大ヒットしました。個人的に印象深かったのは、約1200名収容の新宿のミラノ座が満席になっていたことです。満員の映画館の大きなスクリーンで見る「少林サッカー」は格別でした。
  「少林サッカー」が大ヒットしたことで日本のメーカーもやっと星馳作品の面白さにやっと気づいたらしく(笑)、星馳の未公開作がDVD-BOXで発売されることになりました。私が通う広東語学校も「少林サッカー」を見て、広東語を習おうと思った人が何人も入学したようですし、これからも彼のファンが増え続けてくれれば嬉しいです。

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