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私が張學友(ジャッキー・チュン)に転んだ理由

  香港四大天王(この呼び方も最近はあまり聞かなくなりましたね(^_^;)の中で最も歌唱力が素晴らしく「歌神」と呼ばれている張學友(ジャッキー・チュン)ですが、私は映画でのイメージの方が強かったです。それも「大英雄」、「超アブナイ激辛刑事 カリー&ペッパー」、「フライング・バトル」、「超級学校覇王」(未公開)、「ハイリスク」などのコメディ映画のイメージが強く、しばらくの間彼のことを「歌が上手いお笑いの人」だと思っていました(^_^;)。

  「カリー&ペッパー」を見た頃なんて私はガチガチの星馳迷でしたから、「なんで學友(ホッヤウ)がモテる役なんだぁ〜、星馳(シンチー)がかわいそうじゃん!」とマジで怒ってました(^_^;)。その後、學友の誕生日が私と同じ7月10日だと知ると、「この人は案外いい人なのかも知れない」と思いました(笑)。
  1999年に張學友(ジャッキー・チュン)はワールドツアーの最後に日本でコンサートを行い、最終日の東京公演が7月10日で大いに盛り上がったようです。話は聞いていましたが、当時の私は歌星に全く興味が無かったので(^_^;)、特に何とも思いませんでした。1999年は華仔も日本でコンサートを行っていたのに見に行かず、今から思えば勿体無いことをしました。

  華仔に転んでからは他の歌星にも興味を持ちましたが、何しろ華仔だけで手一杯だったのでCDを買うことはありませんでした。學友の歌も友人からCDを借りて聴き、「やっぱり歌が上手いなぁ」ぐらいにしか思いませんでした。
學友のコンサートに行ったことがある友人は「やっぱり、生歌を聴かなくちゃ本当の良さは分からない」と語っていたので、機会があればコンサートに行ってみたいとは思いました。しかし、2000年に奥さんの羅美薇が女児を出産すると、學友は仕事量を減らし「育児休職」状態に入ってしまいました。日本はおろか、香港でも公式の場に出てくる機会は減っていたので、私も學友のことは忘れていきました(^_^;)。

  2001年11月にNHK主催で「ジャッキー・チュン&杏子スペシャル・ライブ」が東京で開催されました。このコンサートは、チケットは一般発売されずハガキで応募しなければならなかったのですが、私の周囲の友人には幸運にも当たった人が何人かいました。ハガキ1枚で2名入れるので、友人から「一緒に行かない?」と誘われたのですが、当時の私は神奈川県横浜市戸塚に勤務しており、仕事が終わってから会場(渋谷)まで行くのが面倒だったため断ってしまいました(^_^;)。ライブの後、見に行った友人たちから「とても良かったよ〜。あのライブを見ないなんて本当に勿体無い!」と責められてしまいました(笑)。この時のライブは後日NHK-BSで放送されたので見ることはできましたが全曲ではなかったので、「やはり見に行くべきだったかなぁ」とちょっと後悔しました。

  そんな私に次のチャンスが回って来ました。2002年に學友は3年ぶりにワールドツアーを行い、8月に東京国際フォーラムで2日連続でコンサートを行うことになりました。私はCINECITYの「飲茶倶楽部」会員ですが、チケット先行予約のお知らせが来ました。前年にライブを見損なったこともあったので、今回は私が取りまとめて友人たちの分も一緒にチケットを予約することになりました。
2002年8月は郭富城(アーロン・クォック)も来日し東京国際フォーラム、パシフィコ横浜でコンサートを行いましたが、ちょうど學友の東京初日と郭富城のパシフィコ横浜は日程が重なっていました。しかし、私や友人たちは「2回見るなら、やっぱり學友でしょう」で意見が一致しました(笑)。郭富城のコンサートは東京のみ見ることになり、おかげで東京国際フォーラムに3日連続で通うことになりました(^_^;)。

  いよいよコンサートの日がやって来ました。私はコンサートの予習をしようと思いつつ時間が無くDVD「拉闊音楽2001」を買って前日に見ただけでした。郭富城は2000年12月に香港でコンサートを見に行きましたし、CDもVCDも予習していましたが、學友に関してはほぼ白紙に近い状態で見に行ったのです。
  1日目の席は11列目63番で、前の方でしたがステージに向かってかなり右側でした。実際に席に行って見るとステージ上のPAの真ん前です(^_^;)。「これは音がすごそうだなぁ」と思いましたが、「ノリのいい曲だとステージを所狭しと移動するだろうから、結構近くで學友を見れるかも」とちょっと期待しました(笑)。

  19:00ちょっと過ぎ、いよいよコンサート開演です。最初の曲は英語曲「Touch of Love」でしたが、學友の歌声を聴いた瞬間、私は全身に鳥肌が立ちました。過去に色々な歌手のコンサートに行った事がありますが、最初の歌声を聞いた瞬間に鳥肌が立つなんて、この時が初めてでした。更に學友のステージ衣装にも私は目が釘付けでした。學友は黒いタキシードを着ていたのですが、実は私は大の「タキシードフェチ」なのです(爆)。金色に染めた髪と黒いタキシードはマッチしていて、とても素敵でした(*^_^*)。

  「Touch of Love」を歌い終わると、今度はガラッと雰囲気が変わり「Corazon de Melao」、「I've Got it Made」のノリのいい曲が続きます。女性ダンサー6人も登場し、學友と一緒に踊ります。この時の學友のダンスは、予想外に(失礼!)エレガントでセクシーで私は「えっ、學友ってこんなにダンス上手かったっけ?」と正直ビックリしました(^_^;)。同行の友人たちは1999年のコンサートも見ていますがその時はダンスはなかったので、私と一緒に驚いていました(笑)。

  「I've Got it Made」の後、MCが始まりました。1999年のコンサート、2001年の杏子さんとのライブでMCは日本語だったと聞いていたので、どんな感じか楽しみにしてましたが、學友の日本語はものすごく可愛かったです(笑)。丸暗記した内容を思い出しながら話しているという感じでしたが、一生懸命な學友の姿に思わず「頑張れ〜!」と応援してしまいました。學友はかなり長い文章を日本語で話したので本当に大変だったと思います。「アタラシイキョクカラ フルイキョクマデ ダンダン サカノボッテ イキマス」なんて、なかなか言える物じゃありません。

  「1999年ノ コンサートデ、ギターヲモッタ スガタガ「カッコイイ」トイワレタノデ コンカイモ ギターヲモッテ ウタイマス」と語ってから「我真的傷心了」をギターで弾き語りするはずが、MCが終わってホッとしたのか學友はいきなり歌詞を忘れてしまいました(^_^;)。この時の學友の表情は「うわ〜、やっちゃった!」という感じで、かなり慌てふためいていました(笑)。場内も大ウケでしたが、あっちこちから「頑張って〜!」と声援が飛んでいました。私も広東語で「加油!」と叫びました。

  気をとり直して歌いだした「我真的傷心了」でしたが、動揺した影響かギターはかなりメチャクチャでした(^_^;)。何とか歌い終わった後の學友のセリフが「ワタシノ ギターハ ヤッパリヘタデスネ」。おいおい、丸暗記とはいえ洒落になってないよ(^_^;)。思わず隣にいた友人に「これってネタなのかしら?」と聞いてしまった私でした(爆)。

  そんなお笑いネタを交えつつも(<違うよ(^_^;)、この日の學友のステージは素晴らしいものでした。「天氣這麼熱」、「這個冬天不太冷」、「頭髪乱了」 、「餓狼傳説」などアップテンポな曲の時はノリノリに、「樓上来的聲音」 、「心如刀割」、「深海」 、「想和[イ尓]去吹吹風」 などのバラードはじっくり聴かせるという感じで、全体のバランスが非常によくメリハリがありました。私は學友の歌声にどんどん引き込まれていきました。

  「想和[イ尓]去吹吹風」の後のMCで學友は2歳になる娘さんの話をしました。ある晩、夜泣きをしている娘さんを抱き上げてあやしているうちに、安心した娘さんは彼の腕の中で泣き止みました。このとき、學友は「娘にとって自分は大切な存在である」ことに気づきました。學友はいまこのステージ上でも同じことを感じており、観客に対して「ジブンヲ タイセツナ ソンザイダト カンジサセテクレテ アリガトウ」と語りました。學友の話が終わると、場内からは大きな拍手が沸き起こり、会場全体が温かい雰囲気に包まれました。

  感動的な話の後の曲は「吻別2002」(ロックバージョン)でした。學友は歌いながらステージ上を所狭しと駆け回ります。場内の観客も総立ちで蛍光棒を振っています。私や友人も一緒になって蛍光棒を振っていましたが、學友がステージの右端に来たときに、私たちの席の近辺を見たのです。このとき私は學友と目が合いました(たぶん、私の周囲50人くらいが同じことを考えたでしょう(^_^;)。

  アンコールでは學友は銀色のタキシード姿で現れ(これも「タキシードフェチ」の私にとってはかなりツボでした(^_^;)、ヴァイオリンの調べに合わせて歌い始めました。広東語の「李香蘭」かと思ったら、なんと學友はオリジナル曲「行かないで」を歌ったのです!見事な日本語に場内からはどよめきと大きな拍手が沸き起こりました。
この後、ジャズっぽくアレンジされた「毎天愛[イ尓]多一些」、「偸聞加油站」を歌い、學友は見事なタップダンスを披露してくれました。

  アンコールだけで10曲近く歌った學友ですが、歌えば歌うほどその歌声はますます「凄み」を増していきました。私はひたすら歌い続ける學友の姿に「この人はまさしく歌神だ」と思いました。最後の曲「一生一花火」が終わり、場内が明るくなると私は思わず時計を見ました。時計の針は22:00過ぎを指していました。約3時間のコンサートでしたが、時間のことを忘れる程私たちは感動していました。

  2日目のコンサートは、初日の反省からか(笑)歌詞を忘れることはなかったですね(^_^;)。でも、日本語MCはやはり難しかったようで、最初に挨拶するとき15:00開始なのに「コンバンワ」と言っちゃったり(後で「コンニチワ」と言い直しました)、「センキュウヒャクキュウジュウキュウネン」(1999年)を「ニセンキュウジュウキュウネン」(2099年)と言ってしまったり、苦労していました(^_^;)。確か2日目の「一生一花火」を歌う前に學友は「ニホンゴ、モットガンバリマス」と言ってたのですが、私はよく頑張ったと思います。

  2日間のコンサート終了後、私は一気に學友に転びました(^_^;)。それまでは必要だったら友人からCDを借りればいいと思っていたのに、無性に學友のCDを手元に置きたくなってしまいました。早速、中野「ジャスミンティー」に行って、ベスト盤を2枚、MTV集のVCDを2枚買いました。映画も見たくなり、レンタルビデオ屋に行き「楽園の瑕」を借りたり、華仔作品として買ったDVD「いますぐ抱きしめたい」、「欲望の翼」、「超級学校覇王」を見直したりしました。
  また、9月末に東京国際フォーラムで行われる文化庁主催の「ポップアジア2002」に學友が出演することが決まったので、チケットを買いました。コンサートの時と比べると後ろの方の席でしたが、2ヶ月連続で生學友を拝めるなんて、なかなかないことですから気になりませんでした。

  學友のCDや演唱会のDVDなどももっと欲しかったのですが、9月半ばに華仔のお誕生会で香港に行くことが決まっていたのでそれまで日本で買うのは我慢しました。香港に行った私は、ホテルのチェックインを済ませると即CDショップに向かいました。それまでは見向きもしなかった(笑)張學友コーナーに並ぶCD、DVD、VCDを見ると私はニヤーッと笑い、手当たり次第に買い漁りました(^_^;)。このとき買ったCD、VCD、DVDは下の写真です。

  帰国後は買って来たCDを毎日聴き、暇さえあればVCD、DVDを見続けました。「ポップアジア2002」も見に行き、わずか9曲とはいえ學友のステージを楽しみました。「ポップアジア2002」での學友はコンサートの時とは違ったギャルソン風の衣装がキュートで素敵でした(*^_^*)。

  その後も學友にどっぷりと浸かり、気が付くと2ヶ月以上、華仔のCDを聴いていませんでした(^_^;)。1999年や1995年演唱会のDVDを見ながら私は「2003年1月の香港演唱会も絶対行くぞ!」と心に誓っていました。11月末に香港演唱会のチケットが発売されると、私はすぐに購入しました。
  香港の演唱会も2日連続で見ました。私の席はステージ右サイドのブロックでしたが、ステージ全体がよく見えてダンスの時のステップもよく分かりました。特に2日目は前の方だったので、學友の写真を沢山撮りました。しかし、ほとんどピンボケで(^_^;)、まともに写っていたのは数えるほどでした。下の写真は、上手く撮れた数少ない中の1枚です。學友の左手にご注目ください(笑)。

  演唱会の曲目はほぼ東京のときと同じでしたが、やはり香港なので広東語曲の比率が高かったです。特にアンコールでは昔の曲を歌うと場内がどっと沸く感じでした。香港のファンは最近の曲よりも、日本の曲をカバーしていた頃の學友の方が馴染みがあるし好きなようですね。私は昔の曲にも最近の曲にもそれぞれの良さがあってどちらも好きです。

  演唱会終了後は出待ちをしました。學友は約3時間の演唱会の後で疲れているにも関わらず、必ずファンの所に来て握手に応じたり、プレゼントを貰ったりしていました。入り待ちの時はサインやツーショット撮影にも応じてくれたそうです。私も入り待ちすれば良かったなぁ(^_^;)。
  出待ちのときは私も2日続けて握手して貰いました。學友は握手するときに相手の顔をジッと見つめてくれるのです(*^_^*)。學友の手はちょっと冷たくて柔らかくて、握手した瞬間に私は崩壊状態でした(爆)。

  香港から帰った後、しばらく私は呆けた状態でした(^_^;)。2日連続で演唱会を見ましたが、帰国すると「もっと歌っている學友を見たかったなぁ」という気持ちが募りました。これで最後という訳ではないですが、次の演唱会までまた何年か待たなければならないと思うと、寂しさまで感じました。

  學友の次の目標はミュージカル「雪狼湖」國語版上演、2005年には新作ミュージカルを上演のようです。ミュージカルも勿論ですが、個人的にはもう少し映画にも出て欲しいと思います。ビデオやVCD、DVDなどで學友の出演作を沢山見ましたが、學友はなかなかの演技派だと思います。「いますぐ抱きしめたい」では金像奨最優秀助演男優賞も取っているし、もっと俳優として評価されてもおかしくないですよね。學友自身は「脚本が良ければ考えるけど、自分から映画関係者に売り込むようなことはしない」と語っていますが、せめて2、3年に1本くらい主演作を取って欲しいと思います。

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