昭和28年10月東村山町立化成小学校、町立東村山中学校生全生分教室として認可され

小中学分教室に1名ずつ教諭が派遣された。

この頃の化成小学校全生分教室はひとつの教室の複式授業でした

昭和28年から昭和54年まで、この分教室を66名が卒業する。



少年少女の住まいとして昭和28年に少女舎「百合舎」ができ、翌年少年舎「若竹寮」が新築された