富山医科薬科大学 第3内科 渡辺 明治
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肝不全に対する栄養治療の目的は
栄養状態の維持・改善なくしては,どのような最新の薬物治療や外科的治療であってもその効果を十分に発揮できない。 肝機能と栄養代謝とは一体であることから,肝障害が重篤化すれば栄養代謝異常の是正も容易でなくなる。 そのために,どのような栄養障害がみれらるのかを早く的確に診断(栄養評価)し,適正な栄養治療を早期に開始することが大切となる。
肝不全という重症な肝疾患例に対しては,栄養治療することが逆に障害肝にとって代謝的負荷(metabolic stress)となり,医原的要因となることもある。代謝モニタリングを繰り返して行い,その結果によっては栄養治療を中断・変更しなければならないこともしばしばである。そのためにも,栄養治療に際して,肝不全時の栄養代謝異常の特徴を十分に把握しておくことが大切となる。
血糖の維持,グリコーゲン,アミノ酸や乳酸からの糖新生,脂肪酸からのケトン体の産生など,肝臓はエネルギー代謝に深く関与している。
間接カロリーメータによる安静時エネルギー消費量(resting energy expediture:REE)とその予測値(Harris-Benedict式によるbasal energy expenditure:BEE)からみて,肝不全例ではエネルギー代謝の亢進がみられる(hypermetabolic state)。とくに急性肝不全例などで多臓器機能不全(multiple organ dysfunction syndrome:MODS)を伴う場合には,安静時エネルギー消費量の1.5倍くらいのエネルギー量が必要とされる。
各臓器における細胞内エネルギー代謝の効率は著しく低下し,利用されるエネルギー基質も大きく偏倚して糖質よりも内因性脂質の利用率が増大するようになる。このような栄養代謝パターンは絶食時のそれに類似する。 慢性肝不全(肝硬変)例ではこれら栄養代謝の異常が長期間にわたって持続するため,早朝の絶食状態,耐糖能異常(顕性糖尿病を含む),低蛋白(アルブミン)血症,負の窒素出納,蛋白不耐症,多価不飽和脂肪酸の欠乏,脂溶性ビタミン(A,D,E,K)や微量元素(亜鉛,セレン)の欠乏など多彩な変化が生じることになる。
アミノ酸代謝では,分岐鎖アミノ酸(branched-chain amino acid:BCAA)と芳香族アミノ酸(aromatic amino acid:AAA)のインバランスを認め,Fischer比[BCAA(ロイシン+イソロイシン+バリン)/AAA(チロシン+フェニルアラニン):モル濃度比]の低下が特徴的である。
急性肝不全ではその極期にアミノ酸の不均衡が著しくなり,プロトロンビン時間(PT)が10%以下と重症になると血漿中の全てのアミノ酸の濃度が著増することになる。これは尿素回路を含む肝でのアミノ酸代謝能の強い障害を示している。 Fischer比の低下などアミノ酸の不均衡が持続すれば,障害肝での蛋白合成能が低下する。
脂質代謝の異常としては,肝における脂肪合成能の低下を反映して,血液中のリン脂質濃度や総コレステロールとくにエステル型コレステロール濃度の低下することがよく知られている。また,肝から全身に供給されるリポ蛋白の合成・分泌も障害される。肝硬変例では脂質の摂食不足,胆汁酸合成の低下や多価不飽和脂肪酸の欠乏などが観察されている。
肝不全例でみられる栄養異常の程度,特徴,持続期間などを正しく客観的に評価することは,栄養治療の必要性,緊急性やその効果判定などに欠かせない。
まず,栄養不良のリスクのある症例を拾い出すために栄養チェックリストを用いてスクリーニングを行う。さらに病歴と理学所見に基づいた自覚的包括的評価(subjective global assessment:SGA)を試みる。 なかでも体重の変化は重要で,最近の2週間に2%以上あるいは6カ月間で10%以上の体重減少の有無を聴取する。さらに,上腕三頭筋部皮下脂肪厚(triceps skin-fold thickness:TSF)や上腕筋囲(arm muscle circumference:AMC)などの基本的な身体計測を行い,窒素バランス(出納),内臓蛋白(アルブミン,プレアルブミン)や免疫指標(末梢血リンパ球数,遅延型皮膚反応,リンパ球幼若化反応)などを評価する。
肝不全例に的確な栄養管理を行うのに欠かせないのが,体液管理のための体液評価である。血管内と血管外,及び細胞内と細胞外の水分量を知ることが必要となる。最近では,細胞内液(ICF)と細胞外液(ECF)を非侵襲的に測定することができるようになった。 さらに,個々の症例のエネルギー投与量と三大栄養素の酸化(代謝)量などをリアルタイムに算出するために,間接カロリーメータが使用されるようになった。
栄養素の過剰投与は肝不全例にとって代謝的負荷を強いることになり,逆に必要量以下の投与では期待する治療効果は得られない。
強い肝障害や低アルブミン血症のために腹水貯留や皮膚の浮腫による体重の変化がみられると,TSFやAMCの測定も概して不正確となる。さらに肝細胞障害によるアルブミン合成能の低下,アルブミンの血管外濾出やアルブミン半減期の延長などのために,血清アルブミン濃度も肝不全例ではよい栄養指標とはなり難い。 さらに,障害肝での尿素回路の活性低下のために,窒素バランスの測定には尿中尿素に代えて尿中総窒素排泄量を測定する必要がある。
欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN)の基準ガイドラインによると,臨床的に安定している肝硬変例では,体構成成分を維持するための望ましい栄養摂取量として 1.3×REEまたは非蛋白エネルギーとして25〜35kcal/kg/日,蛋白は1.0〜1.2g/kg/日としている。感染,消化管出血,腹水などの合併症を伴う肝硬変例では,さらに積極的な栄養補給が必要となる。
一般に低蛋白食では食蛋白量が30〜60g/日の範囲内にある。その基準となるのは日本人の栄養所要量であり,成人では次式によって蛋白所要量が算出される。
0.64g/kg/日×100/85×1.1×1.3=1.08g/kg/日
すなわち,エネルギー供給が維持されている条件下では,内因性窒素代謝量(不可避窒素損失量:58mgN/kg/日)を維持し得る良質蛋白(卵,牛肉,カゼイン,魚肉蛋白)の必要量は0.64g/kg/日となる。 最近の日本人の日常食の蛋白利用効率は良質蛋白の85%とみなされ,ストレスなどに対する安全率(10%)と個人での変動係数の2倍値(30%)を加えて1.08g/kg/日が所要量となる。所要量を下回るものが低蛋白食とみなされるが,内因性窒素代謝量の維持に必要な0.64g/kg/日が下限値となる。
肝硬変例では肝細胞機能の低下を反映して尿素合成能が低下することが報告されている。健常人では高蛋白食の摂取後には血中アミノ酸窒素が上昇するにつれて尿素合成が著しく増加するが,肝硬変例ではこのように高蛋白食後の尿素合成の増加はみられない。また,アラニンを用いた測定では,肝硬変例の尿素合成速度は対照の50%にまで低下している。
肝硬変例の血中アンモニア濃度は低蛋白食によって低下する。とくに蛋白不耐症のみられる症例ではその効果が著しい。しかし,低蛋白食は同時に窒素出納を負に傾け,蛋白栄養状態をさらに悪化させることは明らかである。
分岐鎖アミノ酸の豊富な肝不全用経腸栄養剤は蛋白不耐症を有する肝不全例に安全に投与できる蛋白源となる。低蛋白食に肝不全用経腸栄養剤を併用すれば,主食(米)からの蛋白摂取量を減少でき,副食を豊かにすることが可能となる。
空腹時のエネルギー供給系として重要なのは,肝臓に貯蔵されたグリコーゲンの利用であるが,肝硬変ではグリコーゲン合成系の異常によりその貯蔵量は著減する。グリコーゲン分解による糖新生が円滑にできない条件下では,筋蛋白を分解して得たアミノ酸からの糖新生が必要となり(血糖の維持のため),その結果として骨格筋量が減少し窒素出納は負に傾く。
これを防止するには,肝硬変例に対して,夕食から約10時間が経過した起床時の強い絶食状態(健常人の2〜3日間の絶食に相当)を防ぐ(軽減する)ために,早目の夕食を摂取した数時間後に,消化のよい,非刺激的な就寝前(夜)食(4回目の食事:栄養学的にバランスのよいもの)を摂取することが考えられる。これによって朝起床時の絶食状態を回避できるのではないかという仮説から生れた試みである。
23時に1日全エネルギー給与量の17%,全蛋白量の20%に相当する食事を給与すると,窒素出納が有意に改善したと報告されている。従って,この食習慣が長期間にわたって続けば大きな栄養効果が得られることになる。
肝における蛋白合成は主として夜間に行われること,肝硬変例の蛋白合成の律速段階が分岐鎖アミノ酸の不足であることから,分岐鎖アミノ酸を含んだ肝不全用経腸栄養剤を就寝前に摂取することが合理的といえる。
最近,慢性肝不全例に対する液状流動食品が開発され,夜間食にも応用できる。これには,分岐鎖アミノ酸の他に,エイコサペンタエン酸(EPA),ドコサヘキサエン酸(DHA),アラキドン酸(20:4n-6),さらに難消化性オリゴ糖を配合したもので,栄養状態の改善と肝性脳症の予防効果が得られる。同系2種の薬品の同時使用は保険診療で問題となることから,薬品と食品の組合せによる利用法も考えられる
頻回食の目的はエネルギー補充食ではなく,欠乏する分岐鎖アミノ酸など三大栄養素をバランスよく給与することである。早朝にエネルギー欠乏に陥るのではなく,強い絶食様の代謝パターンが生体にとって代謝ストレスとなることを回避するためである。
また,忘れ勝ちなのはよい朝食を早朝に摂取することであり,それによって直ちに呼吸商は増加して絶食状態が回避される。また内視鏡検査のために1〜2食の禁食を必要とするような場合にも窒素・エネルギー源を含む栄養補給を行うことが必要となるのは言うまでもない。
さらに,肝硬変例の身体構成に応じた栄養指導が必要である。
すなわち,BMIが22以上で体脂肪率が24%以上の肥満傾向の肝硬変例では早朝空腹時の遊離脂肪酸,ケトン体やノルアドレナリンが増加する絶食パターンを示す。このような例には頻回食(朝,昼,夕食,就寝前食)のそれぞれの給与量を減らすことと,除脂肪体重を減少させないための適度の運動が必要となる。逆に,やせ型の肝硬変例(BMIが20以下)では遊離脂肪酸は高値とならず,アルブミンや総コレステロールが低下する低栄養状態を強く示すことが多い。従って頻回食のそれぞれの給与量を増加させることが大切となる。
消化管の粘膜内には多くの内分泌細胞があり,それぞれ異なる消化管ホルモンを産生し分泌している。グルカゴン遺伝子の産物であるGLP-2とケラチノサイト成長因子(KGF)は,腸管の形態と機能の維持に重要な働きをしている。もちろん,ホルモンの他にも,亜鉛,グルタミン,グルタミン酸,食物線維,低級脂肪酸(酪酸)など,特定の栄養素も腸管の機能維持にとって必須なものである。
肝性脳症(昏睡)時の栄養管理は,急性肝不全例に準じ,グルコースを主体とし,血漿アミノ酸濃度を確認したうえで必要ならば分岐鎖アミノ酸(BCAA)輸液製剤(アミノレバン,モリヘパミン.効能・効果:慢性肝障害時における脳症の改善)を用いた静脈栄養を行う。
肝硬変例に分岐鎖アミノ酸を輸液すると,動脈血-頚静脈濃度較差の測定から脳内へのロイシンの取り込み量は輸液前の3倍となり,輸注したロイシン量の約9%が脳内に取り込まれる。輸液の前後で大脳機能が迅速に改善することから,分岐鎖アミノ酸は直接に中枢神経系,とくに神経膠細胞に取り込まれ同細胞内でのアンモニア代謝を促進することから,精神神経作用薬psychotropic drugとして機能するものと考えられる。
脳症覚醒後は低蛋白食とし,不足の蛋白は分岐鎖アミノ酸高含有の肝不全用経腸栄養剤[アミノレバンEN:半消化態(semi-digested)栄養剤.ヘパンED:成分elemental)栄養剤.いづれも薬品]を補充投与する。低蛋白食にすることによって始めてフェニルアラニン,チロシンやメチオニンの給与量を減少させることが可能となり,分岐鎖アミノ酸の脳内移行を促進することができる。
一般に慢性肝不全では,蛋白の過剰負荷により高アンモニア血症(蛋白不耐症)をきたすため,肝障害の重症度の判定と栄養評価を行うことが重要である。肝不全用経腸栄養剤の開始時期の目安として,血清アルブミン値3.5g/dl以下,Fischer比1.8以下,BTR3.5以下などがよく用いられるが,アルブミン濃度測定法の問題もあるためより早期の対応も検討されている。
一般的に,この種の経腸栄養剤の効能・効果は「肝性脳症を伴う慢性肝不全患者の栄養状態の改善」であり,脳症(蛋白不耐症を含む)の既往歴のある症例,脳症の覚醒後に経口摂取が可能となった症例あるいは低アルブミン血症や腹水のみられる低栄養状態の非代償期例が対象となる。また,長期にわたる栄養治療によって,脳症の予防,QOLの改善や累積生存率の改善が得られている。
肝硬変例では,食事として十分な蛋白量を摂取していても次第に低蛋白血症を含む低蛋白栄養(marasmus性kwashiorkor:蛋白−エネルギー−栄養障害)が進行し,腹水や浮腫などの症状が出現することが多い。
このような症例には食事指導とともに分岐鎖アミノ酸顆粒の適応(リーバクト.効能・効果:食事摂取量が十分にもかかわらず,低アルブミン血症を呈する非代償性肝硬変患者の低アルブミン血症の改善)となる。
長期投与により血清アルブミン濃度の維持・改善とともに自・他覚症状と累積生存率の改善がみられる。とくにSF-36(Medical Outocome Survey Short Form-36)による主観的健康度を数量化した指標(疾患特異性はない)で,肝硬変例のQOLをアミノ酸顆粒の投与前後で評価した成績は興味深い。血清アルブミン濃度が0.2g/dl以上増加した例では,身体機能障害による役割制限,社会機能の制限と精神機能障害による役割制限の向上が得られている。
臨床外科や術後集中治療の進歩により,一般手術や肝葉切除など肝硬変例に対しても手術がよく行われるようになった。術後には蛋白異化が亢進し,免疫機能は低下し,肝葉切除後の肝修復(再生)能力も弱い。従って,肝硬変例の手術に際しての栄養治療の主眼は,蛋白の異化を抑制しその合成を促進し,免疫能の低下を改善し,代謝・呼吸・循環状態を維持し,肝修復(再生)を活性化して肝機能の改善を企図することにある。肝葉切除後には耐糖能異常が生じるため,過剰なグルコース投与は内因性脂質酸化を抑制し,エネルギー産生能を逆に低下させることになる。
膨大な研究データの蓄積にもかかわらず,癌予防における食物因子の究明はいまだ十分とはいえない。特に,肝細胞癌と食物摂取との関連性に関する疫学的あるいは実験的研究は少なく,現時点でその因果関係を指摘することは極めて難しい。
分岐鎖アミノ酸,非環式レチノイド,ω-3系多価不飽和脂肪酸,食物線維や多種のビタミンを含む野菜などを慢性肝炎や早期肝硬変の時期から投与し,肝細胞癌の発生を抑止できるのか否かの検討が行われている。
分岐鎖アミノ酸のなかでもバリンが肝内リンパ球の賦活に役立ち,ラットの化学肝発癌を抑制することが報告され,臨床的にも肝不全用経腸栄養剤が肝細胞癌の根治的切除後の再発を防止しうる可能性が示された。また非環式レチノイドによる同様の二次発癌の防止効果についても提示されている。
さらに食物線維については,B型肝炎ウイルス・キャリアで野菜を食べる習慣に欠ける例では,野菜を日常的に摂取するキャリアに比較して肝発癌率が4倍高いとの報告もある。
食品から薬品の開発(創薬)の具体的な例として,前述したように,分岐鎖アミノ酸,例えばロイシンという栄養素が肝細胞の蛋白合成系のシグナル伝達経路を刺戟して肝でのアルブミンを含む蛋白合成能を促進することが分子レベルで明らかにされている(pharmacological nutrition)。 同様のことは,グルタミン,アルギニン,ω-3系多価不飽和脂肪酸や核酸などが生体防御能を高めるとしてすでに臨床応用(immunonutrition)されるとともに,栄養素による免疫機能の活性化のメカニズムの解明が進んでいる。
栄養治療の有効性,安全性,対費用効果などが質の高い臨床研究(RTCs)で確認され,今後さらにどのような肝病態時にどのような栄養剤を投与すべきかについての検討が望まれる。と同時に,これまではどちらかというと効果面ばかりが強調される傾向があったが,これからはDNAチップやoxidative stress profileなどを用いて副反応についても十分に検討しなければならない(「おいしく食べる栄養学」の推進)。
静脈栄養より経腸栄養がより生理的とされるものの,食事摂取と比較すればなお非生理といわなければならない。固型食に比し,液状の経腸栄養剤に含まれる各栄養素の吸収は非生理的に早く,今後はそれらを遅らせる工夫も必要となる。また,今日の経腸栄養剤は味が悪く,飲用することが困難であるためチューブ栄養法(nasoenteric feeding)となる。しかし,経鼻チューブを用いた強制栄養補給は非人間的であり,また嚥下性肺炎を防止することもできない。
栄養は本来「おいしい」という大脳を介する生理的行為であるはずであり,生理的な咀嚼・嚥下により味わえる変化に富んだ食型が追求されなければならない。また,「ゆめごはん」のように米粒の含有蛋白質を1/3に減少させた新しい食品,大豆(蛋白)からフェニルアラニンやチロシンを選択的に除去する新しい技術の開発などが期待される。
上記は 社団法人 日本肝臓学会 雑誌「肝臓」42巻12号,641-650 (2001)に掲載されました。