第39回「肝寿会」肝臓教室

講演1:肝臓病の進歩
-ウイルス肝炎から代謝疾患へ-

2020.12.5

要旨

 長年お世話になった富山大学第三内科を2019年3月に定年退職し、現在は富山大学の寄付講座に所属しています。一区切りとなりましたので、第三内科で携わってきた肝臓病の歴史を振り返ってみたいと思います。なお、診療に関しては、現在も引き続き第三内科に勤務していますのでよろしくお願いします。

1.肝疾患の変遷
  私が大学を卒業した42年前はA型、B型肝炎が知られていましたが、慢性肝疾患の多くは非A非B型肝炎と呼ばれていた時代です。また脂肪肝はアルコール多飲が原因で、現在問題になっている非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は病名自体もなかった時代です。平成元年(1989年)にC型肝炎が発見されてから、日本の肝硬変の原因を詳しく調査したデータでは、61%がC型肝炎、14%がB型肝炎、その他が24%と報告されています(2008年)。その他の内訳としては、アルコール性が約60%を占めますが、最近の傾向では、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が増加していることが特徴です。つまり慢性肝疾患の疾患構造はB型、C型肝炎が依然主流ではありますが、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)へのシフトが起こっています。直近の予想では、2030年にはNASH肝硬変は50%増加するとされており、ウイルス肝炎が減ってNASHはますます増加する予想です。

2.B型肝炎:発見と克服の歴史
  B型肝炎は1964年に米国ブランバーグ博士がオーストラリア原住民の血液中に免疫反応を示す特殊な抗原を見つけ、のちにそれがHBs抗原であることが証明されてその功績で1976年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。現在も世界中で3億5000万人〜4億人がB型肝炎ウイルスキャリアであるといわれています。ウイルスの研究が進んで、ウイルス遺伝子型が10種類もある事、それぞれで経過や治療効果も異なることがわかっています。初期の抗ウイルス薬(核酸アナログ製剤)が出て20年になりますが、現在では治療法は確立されており核酸アナログ製剤を内服すると肝炎の鎮静化が得られ発癌率も抑制できることが解かっています。残る問題点は、多くの患者様が一生核酸アナログ製剤の内服が必要な事で、完全にウイルスが排除できる新薬が現在開発中です。将来に期待したいと思います。

3.C型肝炎:発見から終息へ
  日本のC型肝炎は太平洋戦争前の駆虫剤の注射やヒロポン注射、戦後の売血や輸血医療が原因となって爆発的に増加したといわれています。当時は非A非B型肝炎として各国がしのぎを削ってウイルス探しの競争をしていましたが、1989年(平成元年)にカイロン社のホートン氏らがウイルス断片の遺伝子配列を発見してC型肝炎と命名し一気に研究が加速しました。このC型肝炎ウイルスの発見は、その後の治療の開発へとつながり、インターフェロン治療から経口の直接作用型抗ウイルス薬(DAA)へと進化して現在はほぼ100%の方がウイルス消失できる現在に至っています。世界保健機構WHOでは2030年には世界中からC型肝炎は終息すると予想しています。2020年にはC型肝炎発見の研究者にノーベル医学生理学賞が贈られています。ウイルス発見からウイルス克服まで平成の全時代が必要であったわけですが、肝炎治癒後も肝がんになる危険性は消えていませんので、定期的なフォローが必要です。

4.世界中で増加する代謝性肝疾患
  世界の科学者によって発見された肝炎ウイルスは治療へと結びつきノーベル医学生理学賞へとつながったわけですが、一方で、増加しているのが代謝性肝疾患です。中でも肥満・過栄養等による非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)が増加しています。日本の検診の実に30%は脂肪肝です。最近の世界中の研究から、NAFLDの発症過程が詳しく報告されています(Gastroenterology, 2020)。人種や遺伝的素因、胎児期の環境の違いが基礎にありますが、不健康な食事(脂肪過多、低線維食)が長期間継続すると、腸内細菌叢が変化する事により脂肪組織に炎症を引き起こすようになります。さらに体内時計の調節障害が加わって代謝関連脂肪性肝疾患が生じます。これが現在のNAFLDに該当します。肝臓は代謝の中心であり、NAFLDが全身の代謝臓器にも炎症を引き起こして進行していき最終的に肝硬変、心血管障害、認知症等を引き起こします。つまり脂肪性肝疾患こそが全身代謝臓器の炎症を引き起こす大きな原因です。一方で、健康的な生活習慣を取り入れることにより改善がみられます。現在、非常に多くのNAFLDの治療薬が新規に開発されており、近い将来新規薬剤が出てくると思いますが、生活習慣にかかわる部分はいつの時代でもわたくしたち自身が努力すべきものと思います。

5.最後に
  大学病院に勤務してから約30年経過しました。その都度、最良の医療を提供するように心がけてきました。この間、たくさんの患者様に出会い、多くのことを学ばせていただきました。専門知識を持ちつつも独りよがりになることなく、患者様やその家族の方の本当のお気持ちに寄り添いながら医師患者関係の構築に努めてきたつもりです。時には時間に追われたり、力量不足であったりしたこともあったと反省していますが、これからも患者様に学ばせていただきながら、さらに医師としての研鑽を続けたいと思っています。大変お世話になりました。

スライド

目次

ページ 1 肝臓病の進歩 -ウイルス肝炎から代謝疾患へ-

ページ 2 本日の内容

ページ 3 1.肝疾患の変遷

ページ 4 肝硬変の成因別頻度の推移

ページ 5 肝硬変の成因別頻度

ページ 6 非B非C肝硬変の成因別頻度の推移

ページ 7 非B非C肝硬変の性差

ページ 8 2.B型肝炎:発見と治療の歴史

ページ 9 B型肝炎ウイルス

ページ 10 HBVキャリア数(世界)

ページ 11 肝炎ウイルスキャリアの臨床経過、

ページ 12 肝炎ウイルスの遺伝子型の世界分布B型

ページ 13 HBV 遺伝子型別の臨床像

ページ 14 B型肝炎ウイルス(HBV)の形態

ページ 15 核酸アナログ製剤使用時は

ページ 16 日本におけるB型慢性肝炎治療の歴史

ページ 17 経口抗ウイルス薬(核酸アナログ製剤)

ページ 18 Knodell 線維化スコアの推移(3年)

ページ 19 エンテカビルによる肝癌の発現率の低下

ページ 20 HBs抗原量と累積発癌率

ページ 21 B型肝炎の治療目標

ページ 22 3.C型肝炎:発見と撲滅まで

ページ 23 日米におけるHCV感染者の推移とその要因

ページ 24 C型肝炎ウイルス:1989年に発見

ページ 25 HCVの発見が2020年ノーベル賞

ページ 26 非A非B肝炎ウイルスの存在を証明

ページ 27 HCVを発見

ページ 28 HCV遺伝子が実際に肝炎の原因となることを証明

ページ 29 インターフェロン治療の壁

ページ 30 C型肝炎治療関連因子

ページ 31 ウイルス粒子形成まで

ページ 32 治療は進歩し、治る時

ページ 33 2030年までにウイルス肝炎を撲滅

ページ 34 非代償性肝硬変でも ウイルスを排除すると、肝機能がよくなる

ページ 35 平成に発見され、令和に撲滅

ページ 36 ウイルス排除により得られる発癌抑制効果

ページ 37 4.代謝疾患へのパラダイムシフト

ページ 38 日本人に増加する脂肪肝

ページ 39 脂肪肝の分類

ページ 40 NAFLD/NASH 診療フローチャート

ページ 41 非アルコール性脂肪性肝疾患NAFLFDの疫学

ページ 42 腹部超音波検査

ページ 43 Two-Hit Theory

ページ 44 2016年から2030年のNAFLD患者の発症予測

ページ 45 NASHではALT正常でも線維化進行例がいる!

ページ 46 Gastroenterology

ページ 47 NAFLD の病態(腸内細菌の関与)

ページ 48 NAFLDと体内時計

ページ 49 NAFLDが代謝臓器の炎症を起こす

ページ 50 Gastroenterolog

ページ 51 患者中心の医療技法

ページ 52 患者中心の医療 (Moila Stewart)

ページ 53 ご清聴ありがとうございました

作成者:高原照美

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