第33回「肝寿会」肝臓教室
2017.4.22
講師:峯村 正実
肝臓は沈黙の臓器と言われ、病気が進まないと症状が現われにくいと考えられています。では、病気が進んで肝硬変になってしまったら、どんな症状が現れてくるのでしょうか?今回の肝臓教室では、『肝臓病の症状に効く薬 −かゆみ・むくみ・こむら返り−』と題して、肝臓の病気の時によくみられる“かゆみ”“むくみ・腹水”“こむら返り”が、どのようにして生ずるのか、それに対してどんな薬が効くのかについてお話します。
肝臓の病気や症状を考える時には、肝臓の役割を理解するとわかりやすいと思います。肝臓の主な役割は、@アルブミンなど体に大切な物質を作ること、Aビリルビン(黄疸のもと)やアンモニアなど不要なものを解毒することです。この役割ができなくなると“むくみ”がでたり、“黄疸”がでたりします。
肝臓の病気の4人に1人の方(26.2%)が、“かゆみ”で不快な思いをされているようです。かゆみの原因には末梢性と中枢性があると言われていて、蚊に刺されたりしてその部分がかゆくなるのは、末梢性のかゆみです。肝臓病の場合には、?受容体作動性の内因性オピオイドが増加してかゆみを感じる中枢性のかゆみも関与していると考えられています。そのため、通常のかゆみ止め(抗ヒスタミンなどの薬剤)では治まらない“かゆみ”があるとされています。中枢性のかゆみと聞いてもピンと来ないかもしれませんが、赤くなるなどの皮膚に異常がないにも関わらず、かゆくて眠れない、掻いてもかゆみが治まらない場合は、中枢性のかゆみの可能性があります。医学が進歩し、中枢性のかゆみの機序が徐々に解明され、かゆみを抑える側(k受容体)を刺激することで中枢性のかゆみを抑える薬が開発されました。その薬剤名はナルフラフィン(レミッチR)といい、1日1回の内服で効果が期待されますが、肝臓の専門の先生に相談してから処方してもらってください。
次に“むくみと腹水”についてですが、慢性の肝臓病の約2割の人が“足がむくむ”、1割以上の人が“おなかが張る”と感じているとの報告があります。先にも述べましたが、肝臓はアルブミンを作り、アルブミンは血管の中に水を保持する作用(膠質浸透圧の保持)があります。肝臓が悪くなるとアルブミンの産生が低下し、アルブミンの血液中の濃度が低下すると血管の中に水分を保持することができなくなり、足がむくむのです。また、むくんでいるにも関わらず、血管の中の水分量が減ったように体が受け止め(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化)、塩分や水分を体に保とうとして、悪循環が生じます。つまり、尿の量が減って、益々“むくみ”が悪化するのです。それに加え、肝臓が肝硬変になり硬くなると、腸からの血液の流れが悪くなり(門脈圧の亢進)、腹水が溜まるようになり、おなかが張るのです。肝臓が悪くなってくると普通の人よりも非常に水が溜まり易い状態ですので、まずは塩分の制限と水の制限が重要です。むくみや腹水が生じた場合は、抗アルドステロン剤(スピロノラクトン:アルダクトンAR)と呼ばれる利尿剤を内服して頂きます。それでも腹水やむくみが改善しない場合は、ループ利尿剤(フロセミド:ラシックスR)を併用することが一般的です。利尿剤で腹水やむくみが良くなることが多いのですが、肝臓がさらに悪くなると腎臓も悪くなり、これらの利尿剤では間に合わなくなることもあります。そんな状態になる前に使える素晴らしい薬が開発されました。その薬剤はバゾプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン:サムスカR)と呼ばれ、腎臓の集合管で水の再吸収を抑制して尿を増やすものです。この薬剤は非常に有効で今後益々広く使用されると思われますが、最初に使用する場合だけ、数日間入院する必要がありますので、外来の先生と相談してみてください。
最後に骨格筋の有通性痙攣、いわゆる“こむら返り”について述べます。肝臓の病気でない人もこむら返りになったことがあるように、こむら返りは肝臓の病気に特有のものではありませんが、肝臓や腎臓の悪い人によく生ずる症状です。肝臓疾患では分岐鎖アミノ酸が不足したり、カルニチンが不足することで、こむら返りが起こりやすくなるようです。 症状が生じた時には、芍薬甘草湯という漢方薬が非常に有効ですが、長期に内服すると血圧が上がったり、カリウムが低下したりする副作用があることも知っておく必要があります。また、不足した分岐鎖アミノ酸を多く含む製剤(リーバクトRやアミノレバンENR)で補充することや、不足したカルニチンをエルカルチンRなどで補充することもこむら返りの予防に有用であることが知られています。日頃からこれらの成分の補充に努めることが重要です。
今回は肝臓の病気になった場合の症状に効く新しい薬のことを中心にお話しました。肝臓の病気の原因である肝炎ウイルスを駆逐し、飲酒を控えることが最も重要ですが、症状が出てしまった場合は主治医の先生と相談して適切な治療を受けることで、皆さんの生活の質(QOL)の改善を図りましょう。
目次ページ 1 肝臓病の症状に効く薬 ページ 2 本日の内容 ページ 3 肝臓の病気の基礎知識 ページ 4 いろいろな原因で肝臓が傷みます ページ 5 適切な治療をしないと肝疾患は進行 ページ 6 肝硬変の原因 ページ 7 肝臓の力が低下すると ページ 8 肝硬変の重症度分類 ページ 9 肝臓が悪くなった兆候 ページ 10 肝硬変が進行した時の身体所見 ページ 11 クモ状血管腫 ページ 12 手掌紅斑 ページ 13 女性化乳房,腹壁静脈怒張 ,腹水 ページ 14 肝硬変・腹水のCT検査所見 ページ 15 肝硬変・肝不全の症状 ページ 16 肝疾患患者の自覚症状 ページ 17 かゆみ ページ 18 肝疾患患者の自覚症状 ページ 19 肝臓病とかゆみについて ページ 20 かゆみのメカニズム ページ 21 肝臓病に伴うかゆみ対策 ページ 22 生活指導のポイント@ ページ 23 生活指導のポイントA ページ 24 抗ヒスタミン薬・鎮痒性外用薬 ページ 25 かゆみのメカニズム ページ 26 中枢性のかゆみは、内因性オピオイドによるかゆみ誘発系とかゆみ抑制系のバランス異常が原因です。 ページ 27 肝疾患患者とμ受容体作動性の内因性オピオイド ページ 28 中枢性のかゆみは、内因性オピオイドによるかゆみ誘発系とかゆみ抑制系のバランス異常が原因です ページ 29 ナルフラフィン塩酸塩よるかゆみの抑制 ページ 30 かゆみの改善効果 ページ 31 慢性肝疾患に伴うかゆみ治療 ページ 32 肝疾患のかゆみ ページ 34 むくみ・腹水 ページ 35 肝硬変による足のむくみ ページ 36 肝硬変による腹水貯留 ページ 37 肝疾患患者の自覚症状 ページ 38 肝硬変によるむくみ・腹水貯留 ページ 39 利尿剤の作用機序 ページ 40 利尿剤の作用機序 ページ 41 肝硬変診療ガイドライン2015 ページ 42 肝硬変の腹水に対してループ利尿薬はスピロノラクトンより有効か? ページ 43 肝硬変の腹水の治療の順番 ページ 44 利尿剤の作用機序 ページ 45 バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン)の作用機序 ページ 46 肝硬変患者における体重変化量の推移 ページ 47 トルバプタン(サムスカ)の投与の注意点 ページ 48 トルバプタン(サムスカ)の投与の注意点 ページ 49 肝硬変による腹水の治療戦略 ページ 51 こむら返り ページ 52 肝疾患患者のこむら返り ページ 53 肝硬変患者での“こむらがえり” ページ 54 肝硬変患者のこむら返りメカニズム ページ 55 肝硬変患者のこむら返りの治療 ページ 56 肝硬変に伴うこむら返りに対するTJ-68 芍薬甘草湯の効果 ページ 57 芍薬甘草湯の作用機序 ページ 58 芍薬甘草湯の副作用 ページ 59 肝硬変患者のこむら返りのメカニズム ページ 60 肝硬変患者のこむら返りの L-カルニチンによる治療 ページ 61 肝硬変患者の有痛性筋痙攣発生頻度に及ぼすL-カルニチン内服(8週)の効果 ページ 62 肝疾患のこむら返り ページ 63 肝疾患のこむら返り ページ 64 最後に |