新しい年に世界と日本を見る@

 「赤旗」日曜版の新年合併号とその次の号に不破議長と緒方国際局長の対談が連載されました。世界の政治の流れに沿っている日本共産党と、アメリカ追随の日本の政治の対比がよくわかる内容です。
 十三日からは日本共産党の第二十三回大会が開かれました。不破議長の綱領改定についての報告は圧巻でした。これに学んで、今週から「世界の政治の流れと日本のこれから」を私なりに整理してみたいと思います。

「二十一世紀」を見極めよう
 ベトナム戦争当時、というよりも私たちが青年時代は大ざっぱにいえばソ連や中国の代弁者のような役割を日本社会党がはたし、アメリカの側に立っていたのは主として自民党でした。日本共産党は43年前に「自主独立」の綱領を決めて以来、どんな大国にたいしても主体性をつらぬいていました。
 その後、ソ連が崩壊し、日本の政党は離合集散を経て、今は「日米安保を機軸とする」立場にたつ自民党・公明党、それに民主党があります。社会党の流れはソ連崩壊で拠(よ)って立つ「機軸」をなくした結果、自民党と連立を組んで「安保」を認め、北朝鮮の拉致問題では北朝鮮の言い分を鵜(う)呑みにするというような迷走を続け、影を薄くしました。
 こうした状況をみると、ソ連が崩壊し、中国と日本が国交を樹立したいま、日本はアメリカとの友好関係を保つことだけを考えればよいというふうにみえます。最近のマスメディアは、まさにこうした考え方で報道を続けているようです。はたしてそれでいいのか、現実の世界はどうなっているのか、日本の進路はどうあるべきか、そして日本の国内政治のあり方との関係は、などを、掘り下げて考えてみることが必要ではないかと思います。

ベトナムとイラクの違い
 ベトナム戦争が当時の世界の各国の政治的立場を象徴したように、いまは「イラク」がその象徴になっています。
 ベトナム戦争当時、東南アジアにはSEATO(東南アジア条約機構)というアメリカ主導の軍事同盟がありました。そのもとでアメリカの経済援助と引き換えにタイ、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドがベトナム攻撃に加わっていました。韓国も派兵していました。
 今はどうでしょう。ベトナム戦争が終わり、SEATOは解散しました。代わってASEAN(東南アジア諸国連合)十カ国が結束して、大国のいいなりにならないで、「アジアのことはアジアで決める、紛争は武力でなく話し合いで解決する、地域のなかで覇権はいっさい認めない」「平等・対等・互恵・平和友好」というスローガンをかかげて経済、文化交流が活発に行われています。その間に東南アジアからアメリカの基地は一掃されました。
 アメリカが参加するNATO(北大西洋条約機構)もアメリカの思うとおりにはなっていません。03年6月のEU首脳会議にはEUの安全保障の文書が提案され、近々正式決定される予定ですが、そこには「国際関係の基本的枠組みは国連憲章である」「ルールに基づく国際秩序を確立するためには、法の支配に基づく発展が重要である」、こういう新しい内容が提案されています。(つづく)