1番
(バルトーク1881〜1945)
先生が選曲。
<森のかなた>という意味のトランシルバニア地方の民謡をもとに1915年に作られた作品で、神秘的な感じがする。全部で6番まであるが、わたしのレベルで弾けるのは4までらしい。バルトークという名前は知ってはいたが、決して縁のないものと思っていた。譜読みは楽だが、意外なところにアクセントがつく曲で弾きにくそうである。この曲によって、指が強くなるらしい。
| 2003年 | |
| 12月10日 | お正月用にと楽譜をいただく。 |
| 12月17日 | シュミット、ツェルにーそして、チャイコフスキーの<悲しい歌>、時間ぎりぎりまで一生懸命教えていただいた。<ルーマニア舞曲1番>はわたしがまだ譜読みの段階(だらだらと弾いて時間がかかる)ということを察してか、最後に先生が弾いてくださった。聴き慣れないメロディだが、さすが先生の演奏はすばらしい。 |
| 1月7日 | 2004年初めてのレッスン、最後にこの曲をみていただく。変わったリズムで弾きにくい。どんな曲を弾く時もテクニックは必要、JS先生を信頼し、好き嫌いは主張しないことにしよう。 |
| 1月14日 | ツェルニー、<悲しい歌>の後、<ルーマニア舞曲1番>のレッスンを受けた。楽譜としては簡単なのに、左手の音が飛んでいるのでようやく弾いた。最終的には今日の2倍の速度で弾けるようにしてほしいと言われた。そしてきょうの私の速さと、本来の速さで弾いて下さった。 |
| 1月21日 | 楽譜を良く見ていたつもりなのに、スタッカートを無視して弾いていた。言われて初めてスタッカートに気がつく。たくさんついていた。とにかく弾きにくい。<悲しい歌>はきょうが最後だった。 |
| 2月4日 | 今日もあっという間の30分だった。わたしは基礎ができていないので先生も教えることがたくさんあって大変そうである。ツェルニーでは遠くの音を弾くときに手だけではなく身体を少し傾けて弾く練習をした。たしかに、弾きやすくなった。また、ルーマニア舞曲の左の伴奏(テヌートとスタッカートの両方がついている音)では手は離さずにすくい上げてと、立ち上がったりして練習した。いろいろな練習法があるものだ。 |
| 2月18日 | 練習曲の音がどうもふにゃふにゃしているらしい。原因は腹筋を使わないでいることと、肩の力が抜けていないからということらしい。腹筋を使うなんて、考えてみたこともなかった。でも、腹筋を使えば、good shapeにもなるし、一石二鳥である。ただし、使えればである。腹筋を使って弾くだなんて、どうしたらよいことやら... <ルーマニア舞曲>の方は、速く弾けるようにしていったのだが、所々乱暴なかんじになったようだ。ゆとりのなさが伝わってしまった。もう少しきめ細かな演奏ができるまで、前の速度で練習に励むように言われた。 |
| 2月25日 | 以前はツェルニーの練習法を知らなかったせいか、適当にしていた。それぞれの曲に<あるテクニック>が生徒に身につくように考えられて作曲されているのである。この頃はツェルニーの練習も楽しく感じている。何事もそうであるが、知れば知るほど奥が深いものだ。 <ルーマニア舞曲>は少しめりはりのある演奏になってきたそうだ。問題は速さである。次の曲は少しのんびりしたいので、以前トップページのBGM にしていた<ドヴォルジャークのシルエット>をお願いした。 |
| 3月3日 | ツェルニーを20分以上教えていただいた。遠くて弾きにくい音もほんの少し身体を傾けるだけで弾きやすくなった。肩や手首の力を抜けば、もっともっと速く軽やかに弾けるようになるそうだ。このことは前にも教えていただいたことである。脱力である。 <ルーマニア舞曲1番>はもう一息と言われた。2ページの短い曲で譜読みも楽なのに、伴奏の音が飛んで弾きにくく、戦いながらがんばっている状態だったので、先が見えてほっとした気分である。 |
| 3月10日 | JS先生は主に音大生や講師の先生の指導者らしく、今までの先生たちと違い、基本を重視している。今日も指の訓練とツェルニーで時間がなくなってしまった。JS先生にとって、、最初のH先生が選んだ<ツェルニー 8小節の練習曲>は初めてだそうだが、初見でどの曲も弾きながら教えてくださる。練習曲も上手な人が弾くと素敵な曲になるから不思議である。<ルーマニア舞曲1番>は弾きにくいところは暗譜が必要ということがわかった。この曲で、ずいぶん指が強くなったと思う。もう一息である。 |
| 3月17日 | 左手の4,5の指が思うように動かないので、速く弾こうとすると右手に左手がついていかないことがある。左手の脱力がまだできていないからだそうだ。<まだ>ということは、これからできるようになる可能性があるということかな?<ルーマニア舞曲>は、舞曲らしい楽しさが伝わらないので、もう少しということである。楽しくと言われても...ようやく弾いているのである。ゴールが<森のかなたへ>消えてしまったようだ。 |
| 3月24日 | <ルーマニア舞曲>の左手の伴奏は脱力のいい練習になるらしく、脱力がうまくなれば、もっと優しく柔らかい音になるらしい。どうも私の音はまだまだ乱暴で硬い音のようだ。<シルエット>の他に発表会の曲の練習も加わったにもかかわらず、<ルーマニア舞曲>は弾き続けるようにということである。発表会の曲は自分の実力のなさを思い知ったので、いままで練習した曲で弾きやすかった<樅の木>をお願いした。 |
| 4月7日 | 発表会の曲が増えたので、ようやく、<ルーマニア舞曲>から開放された。私には最後までむずかしい曲だった。 |