Profile

出身地/福岡県
生年月日/1961年4月
血液型/A型
現住所/東京
仕事/楽器を演奏したり音楽を作ったり
家族/妻&子供2人

とまあこんな感じです。それで趣味はというと若い頃は車と音楽だった訳ですが、音楽は職業になってしまいましたので今は車弄りです。
車弄りの始まりは18才の時に手に入れたTOYOTA スプリンタートレノ(TE61)からで、すべてはここから始まりました。
まずはホイール&タイヤから手を着け、当時インチアップなど考えられない環境だったので、太いホイールと太いタイヤの組み合わせで満足出来ました。
何故インチアップが考えられなかったというと、普通に買える60扁平のタイヤが出たばかりで
50偏平はレース用のスリックタイヤしかなかったからです。ちなみに205/60/13inchでした。
それでも50扁平をインチキープのまま履いてる友人が居ましたが、ちょっとでも雨が降ると危なくてまともに走れるもんじゃありませんでした。(笑)
次はと言うと、当時の国産車はフェンダーミラーだったので車のデザインから考えて、かなりかっこ悪く見える訳で、ドアミラーに付け替えることは車好きの間では当然のカスタマイズでした。
となると次はLOWDOWNですが、当時LOWDOWN用のスプリング等売ってる訳が無く、皆当然のように切って車高を落としてました。
またこれが荒技でジャッキアップしてタイヤをはずし、そのままサンダ−で2巻きとか適当な落ち具合を計算してスプリングを切るというもので、たまに失敗するとタイヤハウスにタイヤが当たってしまうという情けない事も有りました。
フロントはまだ良かったのですが、リヤはいわゆる”板バネ”でこれを落とすには、そのままひっくり返すというとんでもない事をし、車高を落としたものでした。一応ショックはカヤバ製のガスタイプに替えてましたが当然乗り心地等あった物では無く車は跳ねるし今考えるとかなり無茶な足回りでした。
マフラーは触媒を外して直管にし、なんとまあ凄い音を立てて走ってました。
とまあ凄い改造ですがこれがスタートだったのです。
えっ?今も対して変わらないだろって?そうかもしれませんね!(爆)