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「千葉の自然環境に思うこと」後編

東金市在住  松本道子
2006年9月1日

千葉に住みついて、毎年初夏になると楽しみでワクワクする事があります。それは、自らが「夏の使い」と呼んでいるサギの到来なのです。
サギといっても様々なサギがいるらしい。
らしいというのは、私が鳥の専門家でもなく、バードウォッチャーでもないので、こういう言い方しか出来ないからです。

私が目にしただけでも、小サギ、冠のあるサギ、普通のサギ、青サギ・・・と、他にも多種いるのではないでしょうか。特に冠をつけたサギや青サギは美しく、思わずうっとりと見とれてしまうほどの姿形をしています。
おそらく、昔の日本においては、何処にでもこのようはサギの姿が見られたのであろうと思います。
そして多くの芸術家達は、その美しさにうたれ、絵にしたり、彫り物にしたり、作品作りのモデルにしたのであろうと想像しています。

しかし、なぜか千葉県民は、この貴重な財産を大事にしないばりか、絶滅させようとしているのではないかとさえ思えるふしがあります。
せっかく営巣しているサギの巣に火をつけたり、という話を聞くと「えッ」と驚くのは私だけだろうか。「サギのフンはくせえからよ」というが、そのサギの生息する場所を奪い、餌である、昆虫やミミズ、タニシ、小魚を農薬で減少させ、生きづらくさせている。
そんな権利が私達人間にあるのだろうか?

昔、サギや水鳥は自然に出来た沼や池で生きていました。それを人間が勝手に水田にしたり、埋め立てて住宅地にしたりした。
サギにしてみたら、人間が急に不法侵入してきて、生息の場を奪われ、追い出されたという立場です。

しかし、私は2005年、毎日新聞の報道で、日本では絶滅したとされるコウノトリが、兵庫県豊岡市で、ロシアから幼鳥を取り寄せ、人口繁殖させているという事を知って、日本もまだ捨てたもんじゃないと思いました。
野生復帰計画も進んでいると聞き、久しぶりにほのぼのとした気持ちになりました。誤解してほしくないので言いますが、私は只サギやコウノトリが貴重だと言っているのではないのです。

人や自然界にとって、彼らの存在は目に見えるだけではない、大きな無形のメリットがあるという事を言いたいのです。
彼らは、害虫を食してくれる、そのフンも肥やしになる。そして、その姿は共生しているという安堵の気持ちを人に与えてくれる。
自然の偉大さ、不思議さ、本当の豊かさとは何かを、知らない内に子供達に教えてくれる事でしょう。その子供達がこの世界に羽ばたくのです。

経済効率にばかり目を奪われていると、いつしか、心がカラカラに乾いた人間しか住まない日本になってしまうだろう。
千葉の宝である、サギたちよ!私は、生き残ってくれた君たちにありがとう!と言いたい。千葉県民よ、この宝を守らなければ、後で後悔する事になるのは必至であると思います。

 

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