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千葉の自然環境に思う

東金市在住  松本道子
2006年7月1日

千葉に移り住んで14年になります。この東金やその近辺を見て思う事は、千葉の自然の雄大さと動植物の豊かさ、そして平地面積の広さです。
農業の盛んな事も、平地が多い事からきているのかもしれません。
小学生の頃、関東平野の広さに驚いた事があります。しかし昨今、愛すべきこの千葉で気になる事があります。

農薬や除草剤の使用についてです。農薬は一見、人目にはふれない事が多いが、それゆえに恐ろしい毒物です。この世界の命あるものすべてが、お互いにかかわりを持ち、切っても切れない関係にあるということは、多くの人が知っている事であろうと思います。
しかし農薬という存在は、その命の循環の輪を断ち切っているという事を認識すべきであると考えます。
最近ベストセラーになった新谷弘実氏の著書「病気にならない生き方」サンマーク出版。の中でも取り上げられています。

《農薬を使った作物に生命エネルギーはない》

自然界にあるものはすべてつながりを持ち、互いに影響しあいながら微妙なバランスを保っています。そのため、人間から見たら「不要」なものでも、自然界にとっては「必要」なものもあるのです。

農作物を育てるとき、害虫被害を防ぐために農薬を使う、という言い方がされることがあります。 しかしこの害虫という言い方も、人間が自分たちの都合で勝手に名づけただけで自然界に害をなす虫など存在していません。

人間は農作物に虫がつくことをとても嫌いますが、じつは害虫であれ益虫であれ、「虫」が作物にとまることによって増える栄養素があるのです。それは「キチンキトサン」です。

キチンキトサンというと、カニやエビの殻に含まれているものとして知られていますが、虫の体を覆っているかたい組織もキチンキトサンによって構成されているのです。そして、虫が作物など植物の葉っぱにとまると、葉っぱから「キトナーゼ」や「キチナーゼ」というエンザイムが出て、昆虫の足先や体からほんの少しの、それこそ何億分の一とかナノグラムという微量なのですが、キチンキトサンを吸収して植物はみずからの栄養としていたのです。

こうして虫から植物に取り込まれた栄養素は、その植物を食べた動物の生命維持に貢献していたのです。

しかしこの栄養のチェーンは、現在は農薬というハサミで断ち切られてしまっています。そしてキチントキトサンではなく、今度は防虫に使われた農薬が野菜に取り込まれ、それを食べる人間の健康を害しているのです。

農薬はさらに、農作物のエネルギーの根源である土壌生物たちの命をも奪っています。農薬を定期的にまいている農地には、ミミズもよい土壌細菌もいません。そんなやせて生命エネルギーを失った土地では作物が育たないので、そこに化学肥料がまかれます。化学薬品の力で作物は出来ますが、それは形だけのエネルギーのないものになってしまいます。日本の農作物に含まれる栄養素の量が年々減っているのもこのためです。

私達は、便利、効率、コストがかからない。という事で農薬や除草剤を用いる事がままあります。しかも除草剤に至っては、テレビCM等で「毒性の弱い」という、うたい文句までつけて売り出されています。
“しかし、まかれた土地を見るがいい!”命萠える春だというのに、秋かと見まがうばかりの枯れ草色の荒れ地になり果てています。
そこには虫一匹住めない死の大地がある。

私達は後に続く子供達の為にも、この事を真剣に考えなければならないはずです。なぜなら、自分自身もこの自然の恵みと共に生かされ、何よりも自分の存在そのものが、自然の一部であるという事実は疑いようもない真実だからです。

 

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