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新米社長奮戦記
千葉県千葉市在住  佑月
2004年5月1日
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「宮城地震に学んだ事」

2003年7月26日、マグニチュード6.2の宮城県北部地震で、義姉の家が全壊しました。
ようやく今年の2月4日より、義姉邸の新築工事が着工となり、月に1〜2回工事の打ち合せを兼ねて、現場を見に帰郷しています。
当時は1,250棟の全壊と、600人以上の負傷者が出たそうです。
震源地が12Kmと浅かった為、揺れの最大加速度は、あの阪神大震災の倍以上で、観測史上最大の地震となりました。
不幸中の幸いは一人も死者が出なかった事でした。
それは、今まで何回も大きな地震に遭遇した経験があったからこその、土地の方々の知恵だと思います。
やっと連絡が取れた義姉の話では「玄関から見た外の植木が、凄い高低差で上下にボコボコ動いた」
「まるで遊園地の乗り物のようだった」
とか・・・
私は電話口で「上下にボコボコ?・・・はて?松の木がボコボコ動く?・・・」
自分の頭の中で色々想像していたら、ちょとおかしくなって笑っちゃいました。
やっとホッとした時でした。
目の前にある仕事を片付け、私達3人が現地に向かったのは、余震もだいぶおさまった5日後でした。
途中車の中から見る限りでは、何ら変わる所はなく、「やっぱり田舎はいいなあ〜」と・・・
その心地よさが一変したのは、義姉の家までは15分位の所でした。
夜でもないのに、急に周りが薄暗い霧状の白いもやに包まれ来て、すぐ隣を流れる川からも白い湯気の様なものがユラユラ・・・至る所から何本も立ち昇っています。
ここの町だけがかかって見えました。この周辺だけがドライアイスをたいている様で,異世界の感じ。
そして、シーンと静まり返って不気味な静寂でした。
この時初めて、何ともいえない恐さを感じました。
今でもこの時の風景を一生忘れられないと私は思っています。
何故か”大地が壊れてしまったんだ”という気持ちでいっぱいになりました。
大きな日本家屋の屋根瓦も飛び散り、むき出しの下地、ブルーシートで覆われた家並み、道路の陥没、見るも無残な光景です。
大自然の前では人間の力なんて無力に等しい。
直接震災を経験していない私でも、一生忘れる事の出来ない、得体の知れない恐怖感は脳裏に焼き付いています。
この教訓を基に、火災に強い建物も勿論の事だけれど、ただ単に建築法・規制を守れば良いというだけではなく、見た目の出来栄えだけにこだわるのでもなく、これから必ず来るであろう巨大地震にも、より細かな配慮をして行きたいと思いました。
皆が安心して暮らせて、思い出をいっぱい詰めて、何代も愛し続けてもらえる家造りをしたいと、改めて自分が進めて行きたい道を確認させてもらった様な気がしました。
今回の事は私に、基本中の基本の大事さを教えてくれました。
この気持ちがどこまで、お客様や、手伝ってくれる下請けの皆さんに伝わり、仕事に反映されていけるか解らないけれど、今はひたすら走らなきゃいけないな・・・と思います。

 

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