みよちゃん通信 人に。。自然に。。やさしい気持ち。。千葉からあなたへ
ホーム 農業 介護 趣味 手記 日記
 
 ホーム > 介護 > レッツ!老人介護
 
義母を看取って
ある訪問介護
介護保険のしくみ
老人ケアセンター見学 
様々な在宅サービス
介護ヘルパー資格
オアシスいちごがり
利用者さんと一緒に楽しい遠足
高齢者向け料理教室
2006オアシス文化祭
「福岡地区福祉ネット」1周年を迎えて
簡単な介助の仕方
介護保険の上手な利用法
いとちゃんばぁばの「リハビリ体験記-1」
いとちゃんばぁばの「リハビリ体験記-2」
認知症予防の健康麻雀
皆と歩んだふれあい
料理講習高齢者向けバランスの取れた食事
家庭で出来る簡単介助
利用者さんの夢を乗せてバスツアー
レッツ!老人介護
男子厨房に入る
在宅で出来る「洗髪・足洗い」
男子厨房に入る-2
男子厨房に入る-(3)
 

メール

 
レッツ!老人介護

東京都在住  のんちゃん
2009年4月1日

介護イラスト高齢者介護の仕事は、いわゆる「3K」きつい・汚い・給料が安い・おまけに結婚できない・と散々なまでの言われようをしている。
確かに楽な仕事ではない。体力は使うし、気も遣う。サービス残業も当たり前だし、利用者間・職員間の人間関係も密になる分、責任も重くなる。
しかし、人と接する仕事は毎日同じでなく、日々変化する。
それだけに楽しくやりがいがある仕事だと思っている。

私は高齢者介護の仕事に携わって約10年になる。在宅介護のホームヘルパーを経験した後、特別養護老人ホーム(特養)に移った。
特養も2ヶ所、一斉介護の従来型の施設に6年、現在は一昨年新しく建ったユニットケアの施設で働いている。

私がこの仕事を始めたきっかけは、人と直に接する仕事がしたいと思ったからであった。以前小さい広告代理店の営業事務として働いていた。
そこではひたすらパソコンと向かい合う毎日で、営業で仕事を持ち帰ることもなく、物を作っているわけでもない自分がとても寂しく感じられた。
「もっと直接人と関われる仕事がしたい!」と思い、会社を辞めて勉強を始めた。

半年の勉強で、ホームヘルパーの資格を取り、アルバイトを始めた。
「さあ頑張るぞ!」と、いざ在宅のお年寄りの家へ向かったら、ほとんどの業務が下の世話であった。
テレビのCMでは、老人介護といっても、折り紙を折って笑っていたり、おしゃれをした老人の車いすを押したりと、きれいな部分ばかりが目に入ってくる印象があるが、実際はもっと「生活レベル」の介護がほとんどで、ひとり暮らしで寝たきり、という人がとても多かった。

こんなことを書くと、孤独な老人・・・悲壮感漂っているという風に見えるかもしれないが、おむつ交換が終わってさっぱりすると、たとえその人がしゃべれなくても安心した表情を見せて「この人の役に立ったんだ」と思えた。
自己満足かもしれないけれど、「来てよかった!」って、思った。
この仕事をしていると、こうした「小さな日常」に喜びを感じることが多い。
それがモチベーションにつながっているのだと思う。
地味ではあるし自己満足かもしれないけれど、そんな風に思えれば、辛い仕事も楽しく感じると思う。

この仕事は、ある意味見送る仕事でもある。お別れをしに行くといつも思う。「私はこの人に何をしてあげられたのだろうか?」「この人のどれだけを知っていたのだろう?」「もっと優しくすれば良かった・・・」
そんな後悔をしないためには、毎日を一生懸命お世話することなんだなあといつも思う。
小さな日常をどれだけ大切に感じられるか、これが私の課題でもある。

人は年を取ると、自力で出来なくなる事が多くなる。誰でも人の手は借りたくないという気持ちだと思う。
誰もが「老後はゆっくりと穏やかな生活を送りたい」と思うだろう。
特に、特養というところは、集団生活である。
希望して入った人、住環境や介護の手の問題など様々な理由で入らざるを得なくなった人、それぞれ事情は異なるが、なぜ自分はここ(特養)にいるのか?理解していない人も実際多い。

考え方や生活習慣も全く違う見知らぬ人たちとの共同生活になる。
特養は「家」ではない。その中で「その人らしい生活」をどう送ってもらうか、介護職はそれをどう援助していくか、施設を「家」に近付けていくにはどうしたら良いのか、日々仕事をしていて考える。

ユニットケアとは、高齢者介護において新しい考え方で、寄り添いのケアと呼ばれている。一斉介護ではなく、集団生活においてもひとりひとりの生活リズムを尊重し、本人の出来ないところを介護職が補う、必要なところを必要なだけ寄り添う、といった考え方である。そのため、ユニット(小集団)に分け、1ユニット平均10名に職員5〜6名の形をとっている。

私の働いている施設は、完全個室のユニットケア造りの建物である。
10人1ユニットで、1フロア4ユニット、それが3フロアある120人の大所帯である。それぞれのユニットに個室10室、リビングダイニング、キッチン、ひとり用浴室がある。
少人数といっても、そこには立派な「地域」「社会」がある。当然人によって、考え方やとらえ方の違い、隣人との付き合い方が存在する。

その人らしさとはどういうことか。
以下はある日常風景である。
4人テーブルで食事をしているとき、Mさんは目の不自由なNさんに「ほれほれ」とお皿を手渡していた。Nさんは自分でお皿の位置を頭に入れてマイペースに食事をしている方であるが、Mさんの好意を嫌とも言えず、「ありがとう」とお皿を受け取っている。
しかしNさんにとってはありがた迷惑である。職員が間に入って説明しても、失語症であり理解力も低下しているMさんは「何が悪いの?」という態度を崩さない。

またMさんは茶碗を片付けるのがとても早い。食べ終わると間髪を入れずにみんなのお皿を片付けようとする。
時には食事中の人のあいたお皿にまで手を伸ばす。それは今までの習慣なんだろうなと予想がつくが、慌ただしい雰囲気になってしまい、食後はゆっくりしたいという人の思いを無視する形となってしまう。
どうすればお互いが気持よく食事が出来るのだろうか。
習慣や考え方の違いは良くあるが、その人らしさを否定せずに集団生活を気持ちよく送っていただくにはどうしたら良いのだろう?・・・難しい。

その人らしさとは。
韓国出身のBさんは、毎日お手製のキムチを食べていた。施設で出されるメニューは栄養バランスやカロリーが計算されている。
しかし、長年食べているキムチはBさんにとってなくてはならないものである。そのため、家族に材料を持ってきてもらい、野菜を塩漬けにし、大量のとうがらしと混ぜていた。かなり塩分過多である。
たまに寿司が出ると、マグロを相当濃い「づけ」にして食べていた。
「そんなにしょっぱくすると健康によくないですよ!」と言いたくなるが、その時すでに90歳を超えており、Bさんは十分なご長寿であった。
その人らしさと、いわゆる常識をどう上手く相手に伝えるか、そもそも説得する必要があるのか。・・・難しい。

もうひとつ日々思っていることは、集団生活の中での個別ケアをどのようにしていけば良いのかということである。
その人らしさを失わないために、できる限り個人の希望に沿った対応をして行きたいと思うが、やはり十分な時間と人員が確保できない。
要望の多い利用者のみ関わりが深くなるようなことはしたくないが、なかなか折り合いをつけるのが難しい。
この人にこれをしてあげたい、と思ってもその時間が取れないことが多々ある。

理想を追っても実現不可能なので、ある程度で妥協をせざるを得ない。
理想と現実のギャップで苦しむ職員が多い。
例えば、ある人のトイレ介助の仕方について、二人の職員が関わったほうが安全であるし、本人も安心する場合があったとする。
しかし「二人介助」と決めてしまうと、職員が二人いる時間でないとトイレに行けない。
本人に我慢してもらうことは難しいため、トイレに行ける人でもポータブルトイレの対応になってしまう、ということが起こる。
そんな事例は他にも沢山ある。
また、気が向いた時に散歩に行きたい、職員付添で、と希望する利用者がいるが、どうしても職員の都合で「今は無理です・・・」と言ってしまいとても切ない。出来ないが多くなると、職員も気持ち的にへこむ。

人員だけの問題ではないが、職員に心身ともに余裕がなければ人を支えて行くことは難しい。職員の精神的ケアも重要な課題であると思う。
従来型の一斉介護の造りであると、もっと「生活レベル」に介護が必要な利用者がいることが多い。
介護職がいつも慌ただしく駆け回る状態である。

ある従来型の特養に勤める友人の話では、風邪を引いて一日休んだだけでも白い目で見られる、咳込み・鼻水をたらしながら仕事をしても迷惑そうな顔をされる、親が危篤であっても休みがもらえない、など本当に人員に余裕がない現場も実際に存在する。
それでは働き手が逃げて行くのも仕方がない。
これらはどうしたら解決出来るだろうか・・・切実な問題である。

介護される側もホントは人の世話になりたくないというのが本音だと思う。高齢になって失われた様々なものを、私たち介護職が手伝って補うことによりもらえる「ありがとう」の一言で、やりがいを感じて生活している人もいる。いつまでもお互いが元気を与え・元気をもらえる良い関係を築くことが出来れば良いなあと日々思っている。

以前、ある先生から「いい加減」が大事だよと教わった。
悪い意味でのいい加減ではなく「良い」加減であまり頑張り過ぎないようにという意味である。
きつい仕事、理想とのギャップなど様々な「しんどい」こともあるけれど、それをいかに楽しく前向きに考えるか、気持ちひとつで「楽しい」に変えていけるような人でありたいと思う。
介護の仕事も捨てたもんじゃない、って、思いながら日々過ごしている。

 

前へ
このページの先頭へ
次へ

 

| ホーム | 農 業 | 介 護 | 趣 味 | 手 記 | 日 記 | サイトマップ | メール |
Copylight© 2004 miyotyan-tushin All rights reserved.