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第4回すいとんを食べよう!

東金市在住  みよちゃんレポート
2009年10月1日

すいとん8月15日(土)の終戦記念日、福岡地区福祉ネット主催の「第4回すいとんを食べよう!」のイベントが、地元の公民館で行われました。
地元の親子連れ、お年寄り、途中から小学校の野球部の子供たちも参加して50人が集いました。
午前10時、主催者の挨拶の後、レイモンド・ブリックス作「風が吹くとき」のビデオを鑑賞した後に、戦争体験者のお話がありました。

Oさんのお話
昭和19年当時、大阪にすんでいた。空襲警報が鳴ると防空壕に入った。爆弾が落ちて多くの人が死んだのを見た。
やがて集団疎開が始まり、お寺に疎開した。当日は玉子ご飯が出て遠足気分だったが、次の日からは米粒が8〜9粒ぐらい入っただけのおかゆで、食べる物が無く毎日の空腹が辛かった。
服にいっぱいしらみが湧いて、石で潰したり釜で服を煮たりした。
戦争は失う事ばかりで、得るものは何もない。絶対戦争はやってはならない
Iさんのお話
終戦の時は6歳だった。大きな電気屋さんの前に大勢集まっていた。
ラジオから流れる言葉は難しくて分からなかったが、戦争に負けた事を知った。戦争は失うばかりで、得るものは何もない。
大網の女性のお話
農村地帯であり、警防団が組織されていた。空襲警報が鳴ると、防空頭巾をかぶってその場に伏せて目・耳・鼻を覆った。
夜、警戒警報が鳴ると電気に黒い布をかぶせて、空襲警報が鳴ると電気を消した。
警防団が小学生を送り迎えしてくれた。空襲警報が鳴ると林の中に逃げた。小学3年の時に「ほたるの墓」と同じような体験をした。

まもなく地元のお母さんたちが作ってくれたすいとんが運ばれてきました。煮干で出しを取り、人参・ごぼう・大根・かぼちゃの入った具沢山のすいとんです。戦争当時とは比べ物にならないほどの味ですが、この地域は、海も近く農村地帯でもあり、煮干も野菜も手に入ったので当時からこのようなすいとんが食べられていたそうです。

子供たちはすいとんをお替りしながら、戦争の写真や体験話を熱心に聞いていました。
「毎日すいとんが主食だったら嫌だ」「戦争は絶対に嫌だ」などという、子供たちの声が聞こえてきました。また、ある参加者からは「もっと地元の人たちの戦争体験が聞きたい」という意見もありました。

皆ですいとんをいただきました
皆ですいとんをいただきました

子供達に戦争の写真の説明
子供達に戦争の写真の説明

" すいとんを一緒に食べながら、平和の尊さと戦争の悲惨さを若い世代に語り継いでいこう" という大人たちの思いが、子供たちにどのように伝わったのでしょうか・・・。

午前11時半を過ぎて、希望者だけ近くの飯島寺に集まりました。ユネスコ協会の呼びかけによる「平和の鐘を鳴らそう」の行事です。
終戦記念日式典に合せて、午前12時に参加者全員で1分間の黙とうをした後に、一人ずつ平和の鐘をついてイベントは終わりました。

平和の鐘を鳴らす子供たち
平和の鐘を鳴らす子供たち

雲ひとつない青空で暑い日です。
64年前の終戦の日も暑い日だったと聞いています。
尚、朝日新聞・千葉日報の記者の方々も熱心に取材をされておりました。

 

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