(1)
学校の中庭に、アガサとフレイは到着した。柔らかな芝生が風になびく。さすがに天空にあるだけあって、地面を揺する風も容赦がない。
広々としているわりに、回廊がまわりを包んでいて、少し圧迫感を感じる。いや、それはアガサの緊張感かもしれない。
さらに、アガサを地面に下ろしたとたん、フレイは急に真っ赤な炎に包まれて、アガサを驚かせた。
しかし、炎は熱く感じることもなく、あっという間に小さくなった。そして、後に残ったのは、いつもの掌サイズのフレイだった。
「あ? 驚かせてしまった? おいら、これが等身大の大きささ。アガタをここに連れてくるために、学校の先生に魔法をかけてもらったんだ」
「ア・ガ・サ」
すかさず修正。本当に物覚えが悪い精霊だ。
いつものように、アガサの目の前をくるくると飛び回りながら、フレイは鼻の下をさすった。
回廊に切り取られたような空を見上げる。足元は芝生だけれど、その下はやはり空なのだ。
なんだか、急に心細くなってしまった。
いつまでたっても名前を正しく呼んでもらえないように、自分がすっかり薄くなってしまったような不安。
そして、小さくなってしまったフレイ。
いつものようにアガサの目と鼻の先をひらひらと飛び回りながら、こっち……とアガサを呼ぶ。アガサは、なんともおぼつかない足取りで、フレイの示す方向へと歩いていく。
このような見知らぬ世界で、いったい何が起きるのだろう? 頼れるものといえば……。
空を飛ばせてくれたフレイの腕は、力強くて頼りがいがあったのに。
「ねぇ、さっきの大きさになることはもうないの?」
「いや、あるよ。でも、勘弁さ」
フレイはいたずらっぽく笑った。
「今度、その力を使うときは、ねーさんが学校を卒業するときか、バカンスで帰る……ことはないか? あと、退学になるか、だからね。退学になっちまえば、相棒のおいらだって、この世界からおさらばなんだからさ」
退学という言葉に、アガサはドキリとした。
「なぁに、心配ないぜ! おいらを使っていたソーサリエで退学になったやつはひとりだけしかいねぇ。まぁ、たった15年で火に還元されて、散々だったけどな」
アガサは、フレイに導かれて芝生の上を歩きながら聞いた。
「フレイって、私だけじゃなく、たくさんのソーサリエについていたんだ……」
「そりゃあね。おいら精霊たちは、ソーサリエなしでは生きてはいけないんだ。相棒が死んだら、おいらたちも火に戻る。そして、また新たなソーサリエが誕生したら、この世に新たに生まれ変われるんだ」
「へぇー。それじゃあ、なんだか寄生虫みたい」
さりげなく言ったアガサの言葉に、フレイは大真面目に答えた。
「うん、そのとおりだ。精霊は、ソーサリエの頭を食って生きているからね」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
「え? えええええ???」
頭を食べる?
アガサは驚いて頭を抱えた。
しかし、今更というものだろう。フレイはケタケタと大きな声で笑い出した。
「頭を食うって、本当に頭をガリガリするわけじゃないさ。もうすでに、おいらは何度もねーさんの頭を食ってきたぜ」
「でも、ちゃんと私、頭あるわよ!」
頭を何度も抱えなおしながら、アガサはその存在を確かめた。
「おいらたち精霊は、想像力を食って餌にしているってことさ。子供の頃はまだいいんだけれども、人間って大人になったら想像に栄養分が足りなくなるんだ。だから、学校で勉強して精霊の使い方・飼い方を学ばないとね」
ふう……と息をつき、アガサはやっと頭から手を離す。その様子をみて、フレイが大真面目に言った。
「ソーサリエがソーサリエであるためには、1%の能力と99%の努力が必要なんだ。そして、努力するのは、ソーサリエとして生まれてきたものの義務ってもんなんだ」
じゃあ……。と、アガサは思ったが声には出さなかった。
――さっき、もしも私が下界に戻ると言い切ったら?
「まさか言わないさ! おいら、ねーさんの心をある程度は読めるんだ。だから、ねーさんがちゃんと決心することを信じていたんだ」
「え、ええええ???」
アガサはおもわず真っ赤になった。
確かにフレイはアガサの心を読んでいるらしい。ということは、さっきの少年を見てときめいたのも、見抜かれたかもしれない。
初恋を悟られたかしら? と、アガサは焦った。
このときすでにチャネリング少年への淡い想いは、アガサの中では勘違いのレッテルが貼られていた。
しかし、フレイは初恋については触れなかった。
「精霊はソーサリエの頭を食う。ソーサリエは精霊を手足として使う。いわば、おいらたちは共存関係にあるわけさ。ねーさん、がんばってくれよな。もしも、ねーさんが退学になったとしたら……」
「どうなるの?」
何か非常に嫌なことだったらしく、フレイはぶるっと震えた。
「おいらは飢えて弱って火に戻るしかない。また、新しいソーサリエを見つけるまでは、この世界ともおさらば……ってわけさ」
そこまで話したところで、重厚な扉が現れた。
精霊のレリーフの他に、おそらく属性のシンボルなのだろう、不思議な模様が刻まれている。
「さぁ、そこを開けて。中にいる人は、この学校の学長でマダム・フルール。一応面接試験だけど、今まで落ちたソーサリエはいないから安心してね、ねーさん」
「え? ええええ! 入試ですって!」
そこでアガサは叫んでしまった。