(3)
「なんでおいらが、このいけすかねー水のソーサリエにつかなければなんねーんだよ?」
フレイがゆらゆらしながら、ゆっくりと言った。まるで、精霊の幽霊のようである。
「それは……マダムの意向ですね」
ファビアンは、落ち着き払って言った。
「マダムは、僕を無のソーサリエとして、後継者にしたい。だから、フレイに恩赦を与えて、僕にくれると……」
「おいら、マダムとは長いつきあいだけれど、その話には、どこか陰謀を感じるぜぇ?」
恨めしそうな顔で、フレイがぼそっと漏らした。
何やら元気がない分、火力が弱いのか、余計、背後におどろおどろした空気の流れが見える。ぶすぶすくすぶっているようである。
「ちょっと! フレイ。あなた、ホラー映画みたい!」
思わずアガサが声をあげたが、透き通ったフレイは、くるり……と、首を180度曲げてみせた。
「そ、それって……。ちょっと不気味だから、やめてよね」
やっと現れてくれたフレイに、何となく素直に喜べないアガサであった。
アガサの希望を聞き入れることなく、フレイはにったり不気味な微笑みを浮かべた。
「読めたぜ、てめー。おいらの力を利用したくて、マダムと何か取引したな?」
「取引なんて、する材料もないね」
ポーカーフェイスで、ファビアンも笑い返す。
何やらピリピリした空気の中、アガサとイミコはなす術もない。が……。
「ああ、もしかして? そういうこと?」
突然、イミコが言い出した。
「え? 何? 何よ?」
アガサが、小さなイミコの声を聞き取った。
「あのね、私、とても不思議だったの。だって、ファビアンがわざわざここに来て、アガタを諦めさせようとするわけがわからないじゃない?」
イミコは、そこまで言って、口をつぐんだ。が、カエンが続きを言ってくれた。
「どう考えても、アガタが火をつけられて入学許可がおりるとは思えません。今のままだと、間違いなくファビアンの思いのまま。なのに、わざわざ、ブローニュ殿がアガタを諦めさせようと、こんな危険を冒してここに来るのは不思議です」
「ずーん……」
アガサは、思わずうなだれた。
確かに、今のままでは、どう考えても入学許可は降りそうにない。火がつけられるはずもないし、マダム・フルールだって、アガサの入学を許可したくないはず。
「でも……もしも、マダムがアガタを入学させてもいいって考えていたとしたら?」
イミコの言葉に、一瞬、ファビアンの眉がピクッと動いた。それを、フレイが見逃すはずはない。
「へ? そうか。マダム・フルールは、テメーとの取引を嫌って、アガタの入学を許可する可能性がある。だから、テメーは念には念を入れて、アガタを諦めさせようと、必死に工作しているってわけだ」
「考えすぎもいいところだ。マダムは、純粋に僕を後継者として、買ってくれている……」
と、言いつつも、ファビアンの顔色は、みるみる青くなった。
「へ、図星だろ? ポーカーフェイスもそこまでだぜ!」
フレイはすっかり元気になって、腰に手を当てて、ファビアンを見下ろしていた。そう、見下ろしていたのだ。
「そ、そうじゃない!」
ファビアンは、ますます慌てた。
氷の王子と言われる彼が、すっかり動揺している姿にも、アガサはちっとも同情をおぼえていなかったのだが……。
「アガサ!」
急に名前を呼ばれて、思わずきょとん。
それどころじゃない。ファビアンは、突然アガサのほうへ駆け寄り、いきなり肩をつかんだ。
「やめろ! 止めるんだ!」
熱っぽい目に一瞬どきん。でも、本当にそれどころではなかった。
「アガサ! 君が抑えないと、フレイが爆発する!」
「え? ええええ!!!」
気がつくと、フレイは元気を取り戻した……を通り越して、アガサたちの三倍は大きくなっていたのだ。
今や、フレイの髪の毛は逆立って天井に付きそうだし、先ほどの恨めしそうな顔の隈は、真っ赤に妖しくつり上がっている。しっかり床に着いた足下からは、既に煙がぷすぷす上がり始めていた。
「きゃあああ! 大変!」
イミコが悲鳴をあげた。
「えええ??? 私、できない! ファビアン、助けて!」
アガサはすっかり動揺して叫んだ。
このままでは、この間、アリを焼き殺した時のように、大爆発だ!
それでなくても、図書館のような火事になってしまう!
……と思いつつ、アガサは少しだけほっとしていた。
ファビアンがいる。彼は、フレイの力を押さえ込むだけの力があるソーサリエだ。
万が一、アガサのことを何とも思っていなかったとしても、自分が焼け死ぬような真似はしないだろう。
だが、ファビアンはシリアスな顔をして叫んでいた。
「アガサ! 君しか止められない! 僕の力は使えない!」
「はぁ?」
「レインが、ロウに封じ込められている!」
「ぎゃああああ!」
思わず叫んでしまった。
たしかに、先ほどカエンがレインをロウで固めて封じ込めて、そのままだ。
これでは、いかにファビアンが優れたソーサリエであっても、力を使うことはできない。
道理で、冷静なファビアンも、動揺して青くなるはずだ。
「で、で、でも! 私には無理よ! 何度やってもダメだもの!」
「ダメでも、根性でなんとかしろ!」
「そ、そんな!」
……と言いつつ、アガサは本当にそれしか方法がないと感じた。
私がなんとかしないと!
ファビアンもイミコも……いや、もしかしたら、この寮ごと爆発するかも知れないのよ!
やるのよ! がんばるのよ! アガサ!
「フレイ! 爆発しないで! 落ち着いてよ!」
アガサは力一杯叫んだ。
だが、命令するソーサリエのほうが落ち着いていないのだ。精霊が落ち着くはずがない。
フレイは、既に天井を突き破りそうなくらい、膨張している。いつ自爆してもおかしくない。
「だめだ! 伏せて!」
ファビアンの声が響いた。