ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第4章
 フレイの憂鬱


(3)


「どうして私の髪が赤いと、フレイが生きているの?」
「君は、もともと金髪だからさ」
 誰もが、えーーー! と、声をあげたが、先ほど金髪碧眼の自分に会っていたアガサは、驚かなかった。
「アガタは元々金髪だった。でも、ついた精霊の力のせいで、赤毛にすり替わったんだよ。つまり、フレイの力がアガタを赤毛にしている」
 ジャン‐ルイは、アガサの髪の毛をくるくると指先に絡めた。
「つまり……フレイの力は、アガタにいまだ及んでいる。フレイはどこかにいるってことだ」

 そういえば……。
 フレイと離れた時、金髪だった。フレイが現れたとたん、赤毛に戻った。
 それって、ファビアンの魔法かと思っていたけれど……。

「ソーサリエのマントには、かすかだけど別属性の力を遮断する働きがある。いくら制御ができるといっても、いざという時のためにね。だから、ファビは君にマントを貸してフレイの力を遮ったんだと思う」
「それで私、金髪になったんだ」
「ああ、黄金の髪のアガタ姫も美しいかも……」
 アリの言葉を無視して、アガサはジャン‐ルイに詰め寄った。
「ねえ、じゃあどうして? どうしてフレイは消えちゃったの?」
「おそらく、フレイはマダム・フルールの指摘を信じていなかったんだろうと思う。自分は、アガタにつくべき精霊だったと信じてここまで行動していたんだ。でも、アガタが金髪だったと知って、その自信が覆ってしまったんだ」
 アガサは目を丸くした。
 確かに、フレイは『自分が間違えた』と言われてショックを受けていた。だが、その後は比較的元気に、一生懸命、アガサと火をつけることを研究していた。
「ソーサリエじゃないって確信していたら、フレイほどの精霊が、そんな無駄な努力をするはずがない。フレイは、ずっとアガタを自分のソーサリエだって信じていたんだ」
 アガサも、妙に心が沈んでいった。
「……ってことは……やっぱり違うってこと?」
「残念ながら……違うんだろうな」

 ――すべてが、否定された気分。
 アガサはソーサリエではなく、この学校にいるべきでも、フレイといっしょにいるべき存在でもない。
 何もかもが消えちゃって……。

「だから、フレイは消えちゃったんだよ」
「……私も消え去りたいくらいだわ」
 アガサはしょげた。
 でも、うつむいた瞬間に、燃えるような自分の髪が目に入った。そして、先ほど見た黄金の髪も思い出した。
「でも、私は消えない。だって、本来がどうであれ、今の私は、赤い髪をして、この学校にいるの。そして、フレイといっしょにいるんだわ!」
 誰もがおとなしく黙り込んでいたが、アガサの言葉に思わず顔を上げた。
「だいたいね、たったひとつの間違いを気にして、くよくよしていたら、何もできなくなっちゃうわ! 間違ったら間違いをいい方向に持っていくよう、正しいことをしている時よりもがんばらなくちゃいけないのよ!」
 アガサの中に、メラメラと闘志が湧いてきた。
 ファビアンの考えにはついていけなかったけれど、彼の考えを聞いたおかげで、自分の気持ちもはっきりしたのだ。

 ――ソーサリエじゃなくたって、私は負けない!

「フレイったら、出てきなさいよ! 間違っていたっていいじゃない! これからそれを修正すれば! それとも、そこでいじけて留まって、消え去りたいの? それならそれでも、私はかまわないわよ!」
 アガサは部屋のあちらこちらに向かって叫び始めた。
「あなたが私に教えてくれたんじゃない! そこで留まっても何も解決しないんだって! それは嘘だったの!」
 怒鳴り散らすアガサに、さすがに気になったのか、イミコが止めに入った。
「ねえ、アガタ。もういいじゃない。フレイは、ショックだったのよ。自分がとってもイカす精霊だと自信を持っていて、それが全然自分だけがそう思っていただけで、実はおっちょこちょいで、大きな間違いをして、それに気がつくこともなくて、人に指摘されて、それでも信じることができなくて……。そんな中で、やっぱりあなたが間違っているって、本当のことを突き付けられたら? 自信過剰のフレイなんだから、ショックで死んでしまっても許してあげなくちゃ……」
 とても優しいイミコである。
 大真面目に、うるうる涙で、フレイのことを心配してくれているのである。
 だが、その内容は、さすがのアガサも申し訳なくて言えないような、きつい内容だった。
 思わず近くにいたジャン‐ルイが苦笑した。
 しかし、その瞬間。
「バカヤロー! おいら、そんなんじゃねー!」
 突然、火が着き損ねたロウソクに火が灯り、フレイがその上に現れた。
 かなり弱い光で、ゆらゆらしている。
「おいら、おいら……そんな、情けない精霊じゃないぞ! だがな、おいら、もう、アガタに責任はもてねーんだ! バカヤロー!」
 フレイは泣き叫んだ。
 そして、そのとたん、再びパッと火が消えて、姿が見えなくなってしまった。