ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第4章
 フレイの憂鬱


(1)


「ぎゃああああ!」
 いきなり悲鳴が響いた。
 かなり甲高いが……間違いなく男の声である。
「ああ、なんてことを! バッラーの神よ! この私に何て試練をお与えになるのでしょう? あなたは!」
 大げさな悲鳴は、アリのものだった。
「ア、アガタ?」
 次の声は、イミコだった。
「ファビ? 何で僕の部屋にいる?」
 さらにジャン‐ルイ。
「しかも、ちゅっちゅですかいのー」
 イシャムの声だった。

 アガサは、思わず目を丸くした。
「え? みんな、どうしたの?」
「どーしたの、だってぇ? みんなで、アガタを捜していたでしょう!」
 怒鳴り声が見事に揃った。

 怒られても当然だろう。
 フレイがアガサを見つけられないと知って、誰もが汗をかいた。
 このままでは、フレイが弱って死んでしまう。そうなれば、入学のテストどころの話ではない。
 イシャムとアリは上空からソーサリエの学校中をくまなく捜した。
 イミコは火のソーサリエの寮を、トイレのひとつひとつまで蓋を開けて捜した。
 ジャン‐ルイは、ホール・パスを使ってあらゆるところを……ただし、中央食堂では微妙にすれ違ったようである。
 結局、散々皆で捜したあげく、見つからないので、ジャン‐ルイの部屋で作戦会議を開くこととなった。
 そこに、アガサがいて、しかもファビアンもいっしょで、何と、おでこにチューときたものだから、アリが絶叫してしまったのだ。
「キスじゃない。おでこから血が出ていたから……」
「そのような治療法は、あまりよろしいとは思えませんね。ブローニュ殿」
 カエンが余計な一言を語り、レインの水鉄砲で打ち落とされた。だが、誰も同情するものはいなかった。ただ、優しいバーンだけが、カエンの着物に火をつけてあげた。
「ところで……僕の部屋で、いったい何をしていたのか、説明願いたいね」
 ジャン‐ルイが聞くと、ファビアンはくすり……と笑った。
「キス」
「ぎゃあああ!」
 今度の悲鳴はアガサである。
 おでこのチューが信じられず、やはり夢かと思っていたのだが。
「ごめん。ふざけただけ」
 あっけなく氷の王子はアガサの妄想を打ち砕いた。
「ただ、偶然のなりゆきで……あ、キスが、ではないよ……この部屋に飛び込んできてしまったんだ。フレイが爆発しそうになってね」
「フレイ?」
 ジャン‐ルイがあたりを見回した。しかし、姿が見えない。
「あら? そう言えばどこにいっちゃたの? フレイったら」
 アガサもきょろきょろしたが、見当たらなかった。
「心配はいらないよ。精霊はそれほどソーサリエから離れていることはないから。じゃあ、僕は失礼するよ」
「おい! ちょっと! なんの説明にもなっていないだろ!」
 ジャン‐ルイの声を無視して、ファビアンは窓から飛んでいってしまった。
 プラチナの髪に埋もれながら、レインが思い切り手を振っていた。

「あーあ……」
 ジャン‐ルイは、またもや逃げられたとばかりに、両手を腰に当ててため息をついた。
 アリは、ショックなのか、ずっと座り込んで影で暗くなっている。
 イミコだけが、アガサに質問してきた。
「ねえ、アガタ。何があったの?」
「何があったって……もう、あんなヤツ!」
「……あんなヤツ! って言いながら、どうして顔がにやけているの?」
「え? に、に、にやけてないんていないわよ!」
 アガサは慌てて言い返した。
 だが、ちょっと今日は顔が洗えないかもしれない。おでこに防水用のバンドエイドでも張らなくちゃ。
「も、もちろん、それは、おでこを切ったからよ!」
「あの……脈絡ないんですけれど」
 イミコが聞いている限り、アガサがにやけているのはおでこを切ったからになってしまう。もちろん、アガサはそんなマゾではないだろう。
 ただ、少なくてもアガサの頭の中は、ファビアンに対する複雑な思いでいっぱいだった。

 素敵な王子様……と、うっとりする部分。
 よくわからない人だと、いぶかしむ部分。
 本当は優しいんじゃないかな? と期待する部分。
 気が合わない嫌なヤツだ! と、腹がたつ部分。

「とにかく! 私は青い目でも金髪でもないってことよ!」
「??? ???」
 ますますイミコは頭をひねった。
「アガタ。もしかして、頭を打っておかしくなったんじゃない?」
「それを言うなら、フレイのほうがもっとおかしいですよ」
 カエンがやっと乾いて飛び上がった。
「え? フレイ?」
 アガサが最後にフレイを見たのは、レインの水玉から解放されたときだった。
 だが、その場所にフレイはいなかった。
 代わりに、何やら小さな精霊がいた。
「え? ええええ! フレイ???」
 思わずアガサは叫んでしまった。

 フレイは、頭の大きさが半分になっていた。
 それもそのはず、いつも元気に跳ね上がっている髪の毛は、まるでぬれねずみのようにぺったりとなっている。
 しかも、チョウチョのようにピンと伸びた四枚の羽も、まるで、蛹から抜け出したばかりのように、しなしなになっていた。
 色も心無しか黒ずんでいた。
 全然、いつものフレイではない。みんなが別の精霊だと思っても、仕方が無かった。
「ちょ、ちょっと! フレイ! あなた、どうしちゃったの?」