ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第4章
 ファビアンとデート


(4)


 普通の女の子でいること――。
 それは、アガサの長い間の夢であった。
 でも、今のアガサは、胸を張って……あまりまだ成長していないのだが、はっきり言うことができた。
「私は、フレイといっしょにいて、はじめて本当の私なの。金髪で青い目の『アガタ』は、私じゃないわ」
 ファビアンの表情にゆとりが無くなった。アガサの反応が意外すぎるほど意外だったのだろう。
「アガサ、それは違う。間違ったままの状態は、とても不自然で危険なんだ。君はフレイと別れるべき、普通の女の子だ。水は高いところから低いところに流れるのが自然なように、君も自然に身を任せなければ……」
「流れないようにだって、がんばればできるじゃない! ほら、こんな風に……」
 アガサは、紅茶のカップを持ち上げてみせた。確かにその瞬間は、紅茶という液体が高いところに持ち上がっているのであるが……。
「一生、持ち上げてはいられないよ」
 ファビアンの言葉に、アガサは紅茶を飲み干した。そして、立ち上がった。
「ファビアン、色々いいことを教えてくれてありがとう。私、すっかり落ち込んでいたけれど……私でいるために、努力することを諦めない。それじゃあ」
 ちょっと大きめのマントを、ガバッと、アガサは脱いだ。裏地が青の『水のソーサリエ』のマントである。
 とたんにファビアンが慌てた。
「だめだ! ここでそれを脱いでは!」
「は?」
 アガサはすっとんきょうな声をあげたが、すでに遅かった。

 突然、まぶしい光が走った。

「ひやっ!」
 しゃがみ込んだアガサに、ファビアンがすぐにマントをかぶせた。
 あたりのソーサリエたちも、ざわざわと騒ぎ、一気にあたりに緊張が走った。
 ――何がおきたの?
 アガサの疑問に答えたのは、とても聞き慣れた声だった。
「じゃああーーーん! ねーさん、発見! とってもイカす火の精霊、フレイ登場!」
 ファビアンの腕越しに見上げると、フレイが楽しそうに空中を躍っていた。

 アガサがほっとしたのは、ほんの一瞬だった。
 回りの属性の違うソーサリエたちが、精霊の力を抑えようと必死になっている。どうにか抑え切っている中で、ただ一人だけその力を持たない者は……。
「アガサ! だめだ! 爆発する!」
 ファビアンが叫びながら、フレイを睨んだ。
「へ? おいら、呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーんだっただけだぜ?」
 と、呑気に言っているフレイは、どんどん力を溜め込んで大きくなりつつある。
 逆にアガサのほうは、頭がマヒしそうだった。
 精霊は、ソーサリエの頭を食べているという。長い間、距離を置いていたので、フレイは飢えているのだ。
 一気に飛んで来た場所が、アガサには禁断の中央食堂だと、フレイは気がついていないのだ。
 ファビアンの呪文が飛んだ。
 とたんに、レインから水の大きな玉が飛び出し、大きくなりつつあるフレイを包み込んだ。
「うわっ! 何だ? 何するんだよー!」
 一気に水玉に閉じ込められたフレイは、ばたばたと暴れた。
 ファビアンの手が、アガサを抱き起こした。
「だめだ! ここではもう、抑えきれない! 飛ぶよ!」
 いきなり、ファビアンはアガサを抱いたまま、走り出した。しかも、出口なんかではない。
 窓。一番近い外に向かって。
「きゃ! ちょ、ちょっと……あぶな……」
 窓は開いていない。ガラスがあった。
 だが、ファビアンに気にするようすはない。そのまま、窓硝子に激突した。

 ――ガシャーーーーーン!

 窓硝子は粉々になって飛び散った。
 同時に、ファビアンとアガサは、窓の外に身を投げ出していた。
 空を飛ぶことなく、自由落下。芝生がものすごい勢いで近づいていた。
「ひ、ひやーっ! 落ちる!」
 思わずファビアンにしがみつき、アガサは目をつぶった。
 だが、地面すれすれというところで、ファビアンとアガサの体は平行移動を始めた。それは、まるで芝生の上を高速で走る動物のように。
 今度は目の前に石の建物が迫ってきた。
 このまま進めば、間違いなく激突。
「ぎゃあああーーー!」
 アガサは、今度は目を剥いたまま、悲鳴を上げていた。
 だが、今回もすれすれのところで、今度は壁を駆け上るかのように移動し始めた。
 もう、驚きすぎて、何が起きても声が出ない……と、アガサが思った時、ふたりの体は、開いている窓から部屋の中に飛び込んでいた。

 誰もいない。
 だが、この部屋は……。

「ジャンジャンの部屋だわ」
 あたりを見回して、アガサは呟いた。
「どこでもいいから、火のソーサリエの場所へ……と思ったけれど」
 ファビアンが小さなため息をついた。
 その横で、レインが水玉乗りをして遊んでいた。
 その中で、フレイがころころしながら、何かを叫んでいた。
「レイン」
 ファビアンの声とともに、水の精霊・レインは、細長い手足でちょこんとお辞儀をし、水玉の上から飛び上がった。
 とたんに水玉がはじけて消えた。
「……………ビアンのバカヤロー、アガタのアホー! 早く出せよ、この……あ」
 叫びながら、ぺちょんと床に落ちたフレイ。
 その姿はいつもの様子。言葉は爆発していたが、本人の爆発の兆しはない。
 ふと、部屋にある鏡を見て、アガサは自分の姿が、もとの赤い髪に戻っているのに気がついた。
 フレイが自分のもとに戻ったからだ。

 ……と、いうことは?

「ちょ、ちょっと! ファビアン!」
 あることに気がついて、アガサは真っ赤になって怒鳴った。
「な、な、何が本当の私よ! このマントに秘密があったのね? フレイを寄せ付けないようにして、私を変身させる何かが!」
「確かにフレイを君を断絶させる働きがあったけれど……他は何もないよ」
「し、信じられない! いったい、何を企んでいるのよ!」
「何も……」
 またまた、いつものポーカーフェイス。ファビアンの考えが全く読めない。
「……と、と、とにかく! 私とあなたじゃ、残念ながら考え方が違うみたい。目標も違うから、協力を求めるほうが馬鹿だった! って気がついただけでも、今日はありがとう!」
 ぷん! と怒って立ち上がろうとしたが、足腰が立たない。
 せっかく話をしめたつもりなのに。
 アガサは、うーん、うーんとうなりながら、体を動かそうとした。
 その様子を見て、ファビアンがくすくすと笑い出した。
「なっ! 何がおかしいのよ!」
「君は……まったく僕の思いも寄らないことを考えるから……」
 何を考えているのかわからないヤツに、思いも寄らないと言われるのは心外である。よほど気が合わないのだろう。
 ファビアンは、水色の美しい瞳をアガサに向けた。
「ジャンジャンは、頭脳派だけど……僕には、彼の考えそうなことが想像できる。でも、君にはお手上げだよ、アガサ」
 すっと伸びた手が、おでこに触れた。
「あたっ!」
 思わずヒリッとした。
「さっき、ガラスで切ったんだね。血が出ている」
 すっと、ファビアンの胸元が近づいて見えた。そのとたん……。
 額に温かな感触。

 え? ええ? えー!

 何をされたのか、すぐに気がつかなかった。
 おでこにキス。
 まさか、まさか。
 でも、間違いなくプラチナ・ブロンドの髪が、アガサの目の前を往復した。