ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第3章
 ファビアンの陰謀


(1)


 ファビアンが去った後、元気なのはイシャムだけだった。
 空飛ぶ絨毯の上で耳障りな鼻歌を歌っている。
 そのせいなのか、ファビアンに去られたせいなのか、今回も失敗に終わったせいなのかわからないが、ジャン‐ルイはずっとおとなしかった。
 失敗だけでもガッカリ、ファビアンに去られてガックリ、その上、ジャン‐ルイにまで無言になられると、さすがのアガサもショックを隠せない。
「アイツの助けを借りるくらいなら、死んだほうがマシだぜ!」
 などと、フレイまでやけくそなことを言っているから、ますます落ち込む。
「何を言っているのよ! 死ぬだけじゃないんでしょ? 一万年も復帰できなくなるんだよ!」
「ねーさん、千年だ」
「似たようなものでしょ!」
 千年と万年では、十倍も違う……ということを、誰も突っ込まなかった。
 だたし、今までずっと考え事をしていたジャン‐ルイだけが、ぼそっと呟いた。
「……やっぱり、何かが違う」
 鼻歌を歌っていたイシャムが、節を付けてそれに答えた。
「いいの、いいの、違っていても。我が輩、わかったもんね。ちょん切ってちょん切ってバラバラにすれば、どうにかなるってことがね」
 確かにイシャムの言う通り、ファビアンはヒントをくれたかも知れない。だが、バラバラにしたフレイをテストが終わるまでの間、合体させない方法はあるだろうか?

 ――君には無理。ソーサリエじゃないから。

 アガサの耳に、ファビアンの声が蘇ってくる。
 彼は、見事なまでにアガサの希望を打ち砕いてくれる。
 だが、同時にこうも言っていた。

 ――出来ないことで、落ち込んだりしないで……。

 ファビアンは、はじめからアガサには無理だと確信している。
 でも、それはアガサのせいじゃない……とも言っているように聞こえないだろうか?
「確かに私のせいじゃなく、フレイの間違いのせいよね。だとしたら……フレイが覚悟を決めたなら、私、これ以上がんばって出来なくて、落ち込む必要なんてないじゃない?」
 ふっとため息とともに、独り言が出た。
 慌てたのはフレイのほうだ。
「ねーさん、おいら、間違ってないって! おいら、完璧な精霊だぜ!」
 ……どこが? と言いたい。
「やっぱり、違う」
 ぶつぶつとジャン‐ルイが繰り返した。
「違わないやい! おいら、完璧な精霊だっちゅーの!」
 フレイが真っ赤になり、火を吹きながら力説した。
 バーンが慌ててバリアーの魔法を使わなければ、ジャン‐ルイはやけどしていたかも知れない。
「ごめんよ、フレイ。違うっていうのは、そうじゃなく……。ファビアンのことだよ」
「あのいけ好かない冷血漢の鉄仮面のかわいくない気障な野郎の、どこが違うっていうんだよ、むがっ!」
 とたんにアガサの手がフレイを握りしめた。
「それって……どういう事?」
「つまり……ファビアンは、もともとアガタがソーサリエの能力ゼロだって決めつけている。ってことは、練習なんて意味がないことだと思っているはず」
 イシャムが、ほほーんとヒゲを撫で付けた。
「無駄って知っていて、手を貸しますかな? あの坊ちゃんが」
「他に目的があるんだよ。たとえば……フレイの力のほどを確認したかった、とか」
 イシャムが大げさに手を叩いた。
「そーよ、そーよ。ファビアンは、火の魔法を習得したがっていたけれど、苦労しているのよ。フレイほどの完璧で力があってイカす精霊を研究することって、とても彼のためになるのよ!」
 アガサの握力が緩んだところで、フレイが元気よく飛び出した。
「えへん! おいらもそれは認めるぜ!」
「そ……そうなの……かな? 私にはそうは思えないけれど」
 ファビアンが手伝ってくれたのは、フレイゆえだった――なんて、アガサは思いたくない。
 その気持ちを察したわけではないだろうが、ジャン‐ルイはさらに続けた。
「それに、彼には何か秘密がある。それを僕に知られたくないから、協力することにした」
「秘密?」
 全員の声が揃った。
「だって、アガタには不思議がいっぱいだ。もしも本当にアガタがソーサリエでないとしたら……」
「おいらのせいじゃないぜ!」
「としたら……誰のせいだよ」

 ――誰のせい?

 部屋に帰ると、いきなりイミコに泣きつかれた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のせいなんです!」
 そう。今日の練習の失敗は、イミコのせいである。
「はい、イミコのせいです。開けてはいけないパンドラの箱を開け、この世に悪という悪をばらまき……」
「カエン! テメー! 誰が悪なんだよ! 誰が!」
 フレイが怒鳴る中、カエンは取り澄まし、イミコは泣き続けた。
 このままだと、次に起こるのは……。
 イミコが「私、死ぬ!」とか言い出して、窓辺に向かって走ることである。
 仕方がないので、アガサは思い切りイミコを抱きしめ、大声で言う。
「イミコ! それを聞いてホッとしちゃった! だって、ということは、イミコが蓋を開けなければ成功していたってことでしょう? 希望が見えてきたわ」
 そう。パンドラの箱には、希望も残されていた。
「常に希望はある」
 ジャン‐ルイが微笑むと、イミコの涙も止まった。

 マダム・フルールの許可した仮入学期間は、徐々に終わりに近づいていた。