ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第3章
 夢の超特訓


(2)


 待ちに待った水曜日がきた。
 アガサとイミコに部屋に集まったのは、前回と同じ人数。ただし、アリが抜けていた。
 まだ体調が悪いからだが、もしも強力ライバル登場と知ったならば、その場で憤死していたかも知れない。アリのためにはよかった。
 本当に来るだろうか? と思っていた水のソーサリエ・ファビアンは、堂々とマントの青い裏地を翻しながら、ドアから入ってきた。
 パスを持っているとはいえ、水のソーサリエが火のソーサリエの寮を訪ねてくることは滅多にない。
 赤毛の多い火のソーサリエたちの中、彼の色の抜けた美しいブロンドは妙に目立った。
 途中、女性の黄色い声が響いたが、それは一瞬だった。水色の瞳の一瞥は、この声を許さなかった。
 さらに、彼の姿がアガサたちの部屋の中に吸い込まれたとたん、今度はがっかりという低いため息が響いた。
 そのため息と合わせたわけではないが、ファビアンの姿を見て、アガサもついため息を漏らしてしまった。

「そ、粗茶でございます」
 イミコが震える手で、お茶を差し出した。
「ありがとう」
 柔らかな微笑みでファビアンは答えた。
 イミコの心はジャン‐ルイのものだったけれど、それでもファビアンという少年は、どこか女性をどきどきさせるような、不思議な魅力があった。
 それは、緊張ともいう。イミコはカチンカチンになって、右手と左足を同時に出しながら、奥へひっこんでしまった。
 アガサはもっとカキンコキンになって、ファビアンの真向かいに座っていた。フレイが叩いたら、本当に「キーン」という音が響いたくらいだ。
 ファビアンのほうは、ここが初めてとは思えないくつろいだ様子で緑茶を飲んでいた。
 初めて緑茶を飲んだ時のジャン‐ルイのように吹き出す事もなく、優雅な手つきで茶碗を置いた。
「さて、本題だけど……」
 いきなり、ファビアンは言い出した。
「今までの練習では、とても一ヶ月で火をつけられるようになるとは思えない。諦めるか……切るしかない」
「はあ?」
 意味が分からず、みんなの声が揃った。

 諦めるか、切るか?
 どちらも同じような気がするけれど……。

 アガサは恐る恐る聞いた。
「それって……私じゃダメってこと?」
「アガサは、ソーサリエじゃない。その能力はほとんどない」
「がーん!」
 あまりにもずばりと言われて、つい、アガサの口から鐘のような音が飛び出した。
 しかし、ファビアンは気にせずに話を続けた。
「まだ分析が済んでいないから、正確な数字はわからないけれど、おそらくアガサが火をつけられるとしたら、フレイの力を指一本くらいで留めなくてはいけない」
 イシャムが、空飛ぶ絨毯の上であぐらをかき、腕を組みながら、ふむふむとうなずいた。
「それは、我が輩の計算以上に正確な見積もりと見ましたぞ」
 やっと生えたヒゲを、イシャムは撫で付けた。
「ファビアン。それでどうやってフレイの力を抑えるつもりだ?」
 ジャン‐ルイが真剣に聞いた。
 ファビアンは、空手のようにスカッと掌を振り下ろした。
「だから……。切るのさ」

 切る? 斬る? 伐る?

 アガサは、一気に緊張状態からほどけた。
「ま、まさか! フレイを切る……って事じゃないわよね?」
「そのつもりだけど?」
 ファビアンは、白金の髪を耳に掛けながら正面のアガサを見つめた。
 一瞬、ふにゃふにゃ……と崩れそうになったアガサだが、ここはフレイのためにも踏ん張らなければならない。
「そ、そんな! フレイを切るなんて!」
 アガサとジャン‐ルイの声が揃った。が、微妙に内容が違った。
「無理だ! 切ったところで意味はない!」

 へ? 

 アガサは驚いてジャン‐ルイの顔を見た。
 彼は、いたって真面目だった。
「フレイを切り落としても、すぐに呼び合って復元されてしまう! 力をそぎ落としたままにはならないよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私のフレイを切らせないわよ!」
 アガサは叫んだ。
 が、同時にフレイも文句を言っていた。
「おいら、水の精霊に切られるのは嫌だからな! たとえ、一瞬でもあんな気持ち悪いのは嫌だ!」

 へ?

 何だか自分一人だけ、話が違っているような気がして、アガサはきょとんとした。
 それに気がついたのか、ファビアンが説明した。
「精霊は、人の形をしているけれど、人ではない。だから、切ったり貼ったり伸ばしたりできる」
 切ったり、貼ったり、伸ばしたり?
 それって、まるでゴム人間みたいではないか?
 ――そういえば。
 この学校に来る時、フレイは人間大になっていた。それは、引き延ばされていた……ってこと?
 それに、アガサは今の説明をどこかで聞いていた。
 そう、カエンが頭に刃物をぶつけてしまって、突き刺さってしまった時だ。
「つまり、精霊って、半分にしたりできるってこと?」
「もちろんさ、ねーさん」
 偉そうにフレイが咳払いした。

 なかなか信じないアガサのために、イシャムが実験してみせた。
 キッチンから包丁を持ち出して。
「あらよ!」
 フレイをまっぷたつにした。
 すると……。あら不思議。
 フレイは一瞬二人のフレイになり、再び交わって一人になった。
「嫌だーってことを、何でやるかなー?」
 ぶうぶう文句を言いながら、フレイは屈伸運動をし、少しずれた体を矯正した。

 たしかに精霊は何ともないようだが……。
 横でイミコは気を失っていた。