(1)
フレイの名誉のため、明らかにしておかねければならないことがある。
アガサをいたずらに驚かせるために、彼は一時的な別れに神妙だったわけではない。
ただ、行くのが嫌だったからだ。
フレイの持つ壮大な記憶が、預かり所という場所に【ユウウツ】という名前をつけてしまうのだ。だから、死んだような気分にもなる。
精霊預かり所は、あまり居心地のいい場所ではない。
なんせ、硝子容器という身動きの取れない場所に入れられて、能力のすべてが封じられている。
これは、人間で言うと、棺桶に入れられているような気分だ。
目が回るような管の中をしゅるるーんと移動してきて、地下にある保管所にすぽんと落ちる。
それを、保管所担当の用務のおじいさんが、きれいに選り分けてくれるのだが。
「おい! おいら、火の精霊! 土じゃない、火!」
ちょっと力が弱っていて赤黒いフレイは、ややもうろく気味のおじいさんに勘違いされ、土の精霊の中に入れられてしまった。
容器に入っている限り、声が届かない。まぁ、力も届かないから、あまり問題もないのだけれど……。
「あーあ、気分が落ち着かねーな。早くアガタが呼び出してくれねーかな?」
フレイはため息をついた。
預かり所は薄暗い。
飛び回っている精霊は、この用務員のおじいさんの精霊一匹で、風の精霊だ。エア・シューターの管理もしている。
仕事のために飛び回っている姿は、緑がかった炎にも見える。並んだ容器を墓石に例えると、まるで人魂のようである。
ふと見ると、なんと向かいにレインがいる。
「ちぇ! じーさん、もーろくし過ぎだぜ。火の精霊の近くに水の精霊を置くなんて、最悪だぜ!」
しかも、フレイはなぜかレインが嫌いだった。
レインだけじゃない。その主のファビアンも嫌いだった。
「何で嫌いかと言われても……説明つかないんだけどな、でも、嫌いは嫌いなんだよな……」
容器の中で、フレイはゴロゴロしながら考えていた。
――どこかで出会っていて……すんげー嫌なことされたような気がする。
だが、それは生まれ変わる前のことかも知れない。
なんせ、精霊はソーサリエが死ぬと、一度それぞれの属性に分解してしまうのだが、新しい相棒の誕生とともに再生する。
物忘れとかはするけれど、記憶力は人間よりもずっと確かだから、ものすごい記憶量なのだ。
どこかでトラウマになるほど嫌な事をされていたとしても、記憶を引き出すのは難しい。
しかも、レインはフレイに嫌われていることを知っているのか、うっふんとばかり、細い体で悩殺ポーズを取って挑発してみせる。
「ホント、やーなやつ!」
フレイがぷいと横を向くと……。
今度は、隣の容器に入っていた土の精霊と目が合った。なぜか、悲しげな顔をしている。
その原因はすぐにわかった。
土の精霊は、フレイの目の前で崩れ落ち、土に還ってしまったのだ。
「う、ううう……」
ここは、救急医療センターの精霊預かり所である。
ソーサリエだって命がある。
先生、生徒、用務員たち。みんな若者とは限らない。運ばれてきても間に合わず、ぽっくり死ぬヤツだって、たまにいる。
そうなると、預けられた精霊だって、ソーサリエの命とともに消えてなくなるのだ。
「ちくしょー! 目の前で死ぬなよなーっつ! アガター! 早くしてくれよーーー!」
……こんな日もある。
火の寮に戻ってきた時、アガサは上機嫌だった。
いや、すでに精霊預かり所にフレイを迎えに来た時から上機嫌で、まるで人が変わったかのようである。
フレイを頭に乗せたまま、その存在を忘れているかのように、時々むふふ……と笑う。
手には、白い包帯を巻いたまま……。
そのケガが自分のせいだと知って、フレイはしょげた。
だが、アガサときたら、いいのいいの、笑うだけだった。
「ねーさん、ごめんよー。確かに勘違いさせたおいらが悪かった。でも、そのにへらーって顔、やめよーぜ!」
と、話しかけても、目が向こうへ行ってしまっている。
ソファーの上にごろんと横になり、クッションを抱きしめてニマニマしている。
「いったい、どーしちまったんだよ、ねーさん!」
頭の上から転げ落ちそうになり、ふわふわ飛びながら、フレイは怒鳴った。
イミコがお茶を入れながら言った。
「どうやら、次回の訓練から、ファビアン・ルイが加わるみたいなの」
フレイはもう少しでお茶の中に落ちそうになった。
「げーーー! 真面目にか?」
イミコがこくこくうなずいている。
「それだけではありません。ヴァンセンヌ殿の話によると、水曜日でなくても時間が許す限り、協力すると言ったそうです」
カエンが付け足す。
フレイの火の気は引いてしまい、一瞬髪の毛が青白くなってしまった。
「ところで、アガタさん。その手ですが」
大真面目にカエンが話しかけてくる。
「エア・シューターに吸い込まれてはれ上がったのならば、包帯を巻くよりも冷やしたほうがいいと思われますが?」
「ああ、そうよ。アガタ。冷やしたほうがはれが引くわよ」
珍しく、カエンとイミコの意見が一致した。
だが、アガサは聞く耳を持たない。
――だって。
この手よ。この手を、ファビアンが握ってくれていたのよ。
絶対今日は洗えない!
そう思って、再びにまにまするアガサであった。