(3)
アリの鼻血もどうにか止まり、小さなテーブルで簡単な朝食をとる。元々が二人用なので、かなりキチキチである。が、明らかにテーブルの一角だけが暗かった。
そう、アガサの一帯だけが暗いのである。
だが、テーブルに山済みされたマカロンの山は、明らかにアガサの面だけ勢いよく減っていた。
それを見て、ジャン‐ルイは微笑んだ。
「調教していない猛獣は調教すればいい。ニトログリセリンはダイナマイトにして原子炉は改修、原子爆弾は使わせない」
「え? それは何のたとえですの?」
ジャン‐ルイの言葉にうっとりしながらイミコが聞いた。どうやら、彼女は自分の発言を覚えていないらしい。
ジャン‐ルイのかわりにアリが答えた。
「つまり、アガタ姫を教育・改造・指導して、力を抑止できるようにするってことですね? でも、それは可能でしょうか?」
なんせ、アリはイシャムのヒゲを焼き払ったフレイの力を知っている。アガサにイシャム以上の力があるとは思えない。
「ここはどこだと思う? 学校だよ。学校というのは、学びの場だ」
ジャン‐ルイは、妙に自信ありげだった。
「でも……。私。受けられる授業は体育くらいなんだけれど……」
どんより暗いアガサの声。
しかし、声が籠っているのは、口の中のマカロンのせいでもあった。
「だから、個人授業だよ。アリの絨毯を見ていい事を思いついた」
火をつける訓練。
アガサの場合、念じれば火がおきることはわかった。
問題は、その火力である。調整が利かず、とても危険である。
しかも、今回のように、何かのきっかけで念じるのと同じような効果が発動し、アガサの意思とは関係無しに爆発が起きてしまう場合もある。
「ようは、アガサの力が爆発したときに被害を被らない場所と、その力をセーブできる人がいれば、火をつける訓練ができる」
「でも……あの。訓練ができる場所なんてあるのかしら?」
悲観的なイミコの意見。だが、ジャン‐ルイは微笑んだ。
「たくさんあるさ。行けさえすればね」
「でも……私。ホール・パスを持っていない」
パスを持っていない一年生は、学校での行動範囲が限られてしまう。
うっかり他の属性のソーサリエと精霊に会い、爆発してしまう危険性があるので許可されていないのだ。
「アリの絨毯がある」
そうだった。
アガサは、アリの絨毯のおかげで学校上空を飛び回ったのだ。
パスがなくても、とりあえずどこにでも行ける。できるだけ人が行かないような場所に行って、そこで訓練をすればいいのだ。
アガサの回りの暗い空気は、一気に明るい空気と入れ替わった。
「そしてジャンジャンが、手伝ってくれるのね?」
まるでストロベリー味のマカロンをほっぺたに付けたような顔をして、アガサは歓喜の声を上げた。
だが。
「僕はダメ。自信がない」
がーん。
「え? でも? さっきは……」
「さっきは、本当に奇跡的だよ。きっと生死がかかっていたからできたんだと思う。今まで一度も成功したことがなかったもの」
ジャン‐ルイができないのならば、アリもできない。当然、アガサと同じ一年生のイミコもできない。イシャムも失敗している。
「じゃあ、私。訓練のたびに焼け死ぬの?」
それともどこからか消防士の服でも盗んでくるか? としか、アガサの頭は考えつかなかった。
だが、ジャン‐ルイにはいい人材が思い浮かんでいたのである。
「あいつに頼んでみる。ファビアン・デ・ブローニュ」
えええええええーーーーー!
と、アガサは心の中で叫んでいた。
でも、実際には声にならなかった。
「ファビならば、巻き戻し魔法も使えるし、水と火でも抑える力がある。それに、水だから当然火を消せる。頼んでみないとわからないけれど、彼も火の魔法には苦労していて学びたがっていたから……きっと断らないと思う」
なんと! 王子様と個人授業ですか!
手取り足取りご指導ですか!
王子様とお姫様は、噴水のある薔薇の庭のテーブルで、小さなろうそくに火をつけたり、消したり、つけたり、けしたり……あら、いやだ。
ウエイターがあきれた顔をして見ている。
「ワインはお決まりですか?」
「それよりも食べるものは何がいいのかしら?」
――いや、ディナーじゃなくて訓練よ。訓練。
だが、どうしてもアガサの想像は、火のつけ方ではなく、デートになってしまうのだ。
――落ち込んだ分舞い上がったような、すごい気分の温度差。
フレイがぐったりとローソク風呂で休んでいなければ、また爆発したかも知れない。
ふと、アガサの手にイミコの手が触れた。
「アガサ、よかったわね」
「え? あ? う? い?」
声にならないアガサの様子を見て、アリが食事の手を止めた。
「私には、なぜか恋敵が現れるような、とても嫌な予感がします。でも、これが唯一アガタ姫を助ける方法であれば……耐え忍ぶしかありません」
「そうと決まったら、今日にでもファビに話してみるよ」
ジャン‐ルイも、まるで時間がもったいないとでもいうように立ち上がった。
まずアリが窓から、その後、ジャン‐ルイはドアから出て行った。
その時、思い出したように彼はアガサに囁いた。
「元気になってほっとしたよ。マカロンは無駄にならなかったね」
アガサは真っ赤になってしまった。
落ち込んでいた勢いでやけ食いしたことに気がついたのである。
ちなみに、十個あったマカロンのうち、一個はイミコが食べた。だが、ジャン‐ルイとアリには残っていなかった。
「ご、ごめんね。私、甘いものに目がなくて」
「いや、それでこそアガタだよ。また、マカロンを買ってくるね」
「いや、その、えーと」
アガサはもじもじと指をいじった。
「何も遠慮することないよ」
「……モンブラン」
一瞬、ジャン‐ルイの目が点になった。
だが、すぐにくすくす笑いながら、アガサに背を向けた。
「わかった。次回はモンブラン」